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遊男の恋物語
第二話
しおりを挟む暫くの間瓶覗は接客を禁止され、憲慎に会うことすら許されなかった。
「…瓶覗、行くわよ。」
「はい」
この日は紅葉の接客へ同行した。瓶覗の謹慎期間が始まり、ここ数日誰が見ても悲しそうにしていた。
「ねぇ、聞いた?瓶覗のこと。」
「知らないわ」
「暫くの間は、客をつかせないって」
「えーっ、紅葉さんやり過ぎじゃないの?」
紅葉達を見送った胡蝶と陽凛がこそこそと噂話をしていた。
「相当怒っているのね。」
「瓶覗をそれくらい信頼してたし、期待もしてたってことでしょう?」
「それでもよ?…どうせ客なんて、やれれば良いって思ってるだろうに」
「そんなこと…言わないでよ。」
「だってそうでしょう?…私たちは、男の性欲の捌け口なんだから…。」
胡蝶はそう吐き捨てて店の奥へ入っていった。
「…そんなこと…無いと思うけどなぁ」
陽凛は呟いて追いかけた。
「…藤菫。」
「はい。」
胡蝶は新造の藤菫の元へ行った。その後ろに陽凛もちゃっかり付いて行った。
藤菫はずっと落ち込んでいる様子だった。無邪気な笑顔も無くなり、気力を失っている。
「…いい加減、その暗い顔やめてちょうだい」
「ごめんなさい。」
「…藤菫?貴方に何があったのか詳しく知らないけど、これだけは覚えておきなさい。」
「…?」
「…客と一線を引くの。客は恋人じゃないのよ? 所詮、恋人ごっこ に過ぎないの。分かる?」
「…はい。」
「客一人一人に恋心を抱いては、この世界やってられないわ。」
「…はい。」
「話したかったのは、それだけよ。」
「ありがとうございます。肝に銘じます」
胡蝶はさっさと部屋へ戻った。
「…新造を持つのは大変ね」
陽凛が 鏡の前に座る胡蝶の隣に座った。
「…早くあんたにも新造付けば良いわね」
「仕方ないわ、人が少ないんですもの。それに、私じゃ及ばないわ。鶯の方がきっと向いてるわよ」
「…うーん…それはそうね」
「皆、鶯に懐いてるんですもの。」
新造は藍花浅葱の双子しかおらず、禿は四人だけ。年下の遊男達は、穏やかな鶯を慕っているようだ。
「どうして花魁の立夏さんは、藤菫の姐女郎を断ったのかしら。」
「自分には出来ないって自己申告したそうよ」
「えーっ、そうかなぁ」
「でも、懸命な判断だと思うわ。」
「ちょっと、失礼よ?!」
胡蝶は数ある簪を選び始めた。
「…だって、ここの遊郭じゃ最年長よ?」
「……ん…だから何よ」
「正直、もうおじさんよ?」
「酷いわ!立夏さんあんなに可愛いのに!」
「最近客も減ってるみたいだし」
「そんなぁ…!!!」
胡蝶の言う事は事実だ。
この遊郭で最年長の立夏。顔も身体付きも、十分に男らしくなってしまった。男遊郭では二十歳を過ぎれば引退を考える頃だが、立夏は二十四にもなった。
「…増してや、いつも泣いてるし。目を腫らしては客も引けないわ」
「そんなぁ……」
「悪口聞こえてるわよ!!!!」
「「わっ!!!」」
胡蝶の部屋をどかっっと開けたのは立夏。
たまたま通りかかってしまったみたい。
「もぉ、おじさんなのは自覚してるわよ!」
「あぁ!いや!その、立夏さん!?これは違うんです!」
「違わないわよ!!…何よもう、二十四でおじさんって言われるのね…」
立夏は眉を八の字にした。
「そっ、そんなことないですよ立夏さん!?」
「うぅっ…」
「めそめそしないで、おじさん」
「あーっ!!おじさんって言われたぁ!!!えーーーん!!!女将に言いつけてやるー!」
泣きながら廊下を走り去った。
「……。」
「……可愛い、二十四歳…」
「高身長だし、体格いいから、尚更見苦しいわね」
「見苦しいなんて!!??酷すぎるよぉ…。もしかして、立夏さんが好敵手的な…?」
「別に。それなら紅葉を指名するわ」
「…う……」
「…さ、格子出るわよ」
「あーっ、ちょっと!私まだ準備出来てないのに!待ってよぉ!」
陽凛は髪を整えながら走って追いかけた。
「あら、胡蝶と陽凛だわ!…聞いたわよ、立夏さんに向かっておじさんなんて…度胸あるのね…ふふっ」
「あーっ!?鶯まで私をおじさんって言うのね!?笑わないでよ!」
「笑ってないですよ、ごめんなさい、ふふっ」
格子に出ていた鶯が立夏の話を聞いて、くすくすと笑っていた。
「それにしても紅葉、出るのが早いのね」
「お偉いさんのご指名ですって」
「お偉いさん?!将軍様とか!?」
「それは有り得ないわ。将軍様に呼ばれるなんて事あったら、きっと女将も鶴姫様も私達も総出だわ」
「…そうだよね…、」
「気になりますね!」
陽凛と鶯は目を合わせてうふふっと笑った。
「もう、子供じゃないんだから…」
胡蝶は鼻で笑った。
「…瓶覗、客をとるの禁止されたって聞いたけど…胡蝶はどうするの?」
立夏がこそっと聞いた。
「謹慎はさせない。私は紅葉ほど厳しくないわ。本来はもっと早くから身体を慣れさせるべきなのよ?」
「…そうだけど…」
「でも、ちゃんと弁えなければいけないことは教えこまないとね。」
「ひぃっ、怖い怖い…」
鶯がくすっと笑った。
「立夏、ご指名よ」
「…はぁい」
早速、立夏が指名された。
何処かの後家だった。男遊郭では、女の客も度々訪れる。
「……」
この遊郭で一番男らしい立夏が指名されやすい。
本当は可愛がられたいのに。
立夏は密かにそう思いながら後家に接していた。
「緑青松葉立夏にございます」
「まぁ、やっぱりいい男だわ」
「……ぁ…ありがとう…ございます…」
立夏は嬉しくも何ともない言葉を掛けられて戸惑いながら会釈した。
「夫を亡くしてから、いい男を探すのが面白くなっちゃって。夫には悪いんだけどね」
後家は笑っていた。
「……そうなのですね…」
立夏は愛想笑いしか出来なかった。
____ 女を抱くなんて、興味無い。
「…歳は幾つなの?」
「…えっ」
「年齢を聞くのは…失礼かしら…」
「…い、いえ…」
たった今、気にしていた年齢を聞かれた。
「…二十四になりました…」
「あら、若いわね」
「えっ…」
「えっ、って。何よ、二十四は若いわよ」
「ここでは年上ですから…、嬉しいです。」
「身体付きもいいわね…」
「……。」
立夏は目を逸らした。
__________
「こんなんでへばらないでよ、若いんだから」
「はぁっ…もう…出来ません…っ…んんっ…」
後家のような女客が来れば、想像以上に体力を奪われる。
本当は、女なんて抱きたくない。
立夏は、自分が男である以上仕方ない と言い聞かせていた。
行為が終わってから客を見送るのも、足に力が入らないくらいになっていた。
「ありがとうございました…、またどうぞ」
「また会いに来るわね、」
近くに居た女将が肩を支えた。
「立夏、大丈夫?」
「…っ…」
ふらついてしまい、その場に座り込んだ。
「ちょっと!大丈夫なの?」
「…ごめんなさい、足に力が入らなくて…」
「あらあら……」
すると、また客がやって来た。
「…立夏がこんな状態じゃ、俺の指名は通らないかな?」
「すみませんね…ちょっとだけ…」
女将が会釈していると、立夏は顔を上げて満面の笑みを見せた。
「ぁ…鳶之助様…!!」
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