色食う鳥も好き好き

RBB47

文字の大きさ
14 / 41
遊男の恋物語

第六話

しおりを挟む


次の日、昼見世の前。

「…桃に見られてしまったの。」

「えっ、何を?」

鏡の前で身だしなみを整える立夏の部屋で、紅葉と雑談を楽しんでいた。


「…旦那様に抱かれている所。」
「あら…。」

「…まぁ、桃も後にそれが仕事になるから…良いんだろうけど。」
「そうね。…何か言ってなかったの?」
「……特に何も。でも、ずっと目の焦点が合っていなかったの。ぼうっとして。」
「…頭に焼き付いてしまったんじゃない?」
「…かもしれないわ」

鏡の前で髪を整える立夏。その横で、手鏡を見ながら紅を引いている紅葉。

「……立夏。鏡、ありがとう。」
「はぁい」

紅葉は手鏡を立夏に返した。花魁の二人は仲が良い。

「……ところで」
「?」

「立夏、昨夜の客はあの役者だと聞いたわ」
「……藤十郎さん、」
「そうそう、……どうだったの?」
「どうって…」
「…やっぱり、二枚目?」
「えぇ、とっても。」
「まぁ!素敵。」
「もう、紅葉ったら!」

二人の姿は、まるで男であることを忘れてしまうようだ。可愛いらしい笑い声が部屋に響く。

「…二枚目というか、色男、の方が似合うわ」
「やだ、本当?」
「…だって……恥ずかしいけど、しまったわ…」
「立夏が?」
「…だってぇ!あの人、すぐに人の弱いところを攻めるのよ!?」
「つまりは、上手なのね」
「参ったわ…」


夜の経験も豊富な花魁が、初めて抱かれた客にいかされて。立夏は恥ずかしいことだと思った。


「あっ紅葉姐さん、ここにいらしたのですね」
「瓶覗。」

そこに瓶覗がやって来た。

「紅葉姐さんにお手紙が。丁度良かった、立夏姐さんにもお手紙が届きましたよ。どうぞ」
「ありがとう。」

花魁の二人に届く手紙はほとんど客から。

あからさまに二人を口説くような手紙ばかりで、思わずくすっと笑った。

「…私はこれで。何かあったらお呼びください」
「ありがとう、瓶覗。」

瓶覗は微笑み会釈して部屋を出た。


「……紅葉。まだ瓶覗を謹慎させているの?」
「えぇ。暫くの間は駄目。」
「…厳しいわね」
「仕方ないわ、掟破りですもの。」
「掟破りが一番嫌いな紅葉に付いてしまった瓶覗が可哀想だわ」
「何よ、」
「ふふっ、冗談よ。紅葉が育てたから、瓶覗はとても素敵な子になるわ」
「…そう?なら良かった。自慢の子よ。」
「えぇ。とても上品で、紅葉の好きそうな。」
「何よその言い方」

「……でも…」
「ん?」


立夏は手紙を机に置いて、静かに話した。

「…花が咲いているのは、今だけよ」
「どういうこと?」
「…私は二十四にもなって、花は散る一方。瓶覗はこれから咲き始めるのよ?」
「…またそんな消極的になっているの?」
「…事実よ。鶴姫様にも励まされたけど、きっと事実を受け止めなければいけないと、私は思ってる。」
「……だから?」
「だから…瓶覗の謹慎も、客に抱かれてはならないのも、やめたら?」
「……。瓶覗が格子に出るまではね。」

「厳しい。」
「いいから、行くわよ」

二人は立ち上がり、部屋を出た。


「……あら、胡蝶?」
「……」

部屋の前にいたのは胡蝶だった。立夏の前に立ちはだかった。

「…ど、どうしたの?」
「……」

「…胡蝶?」
「…藤十郎に指名されたのは、あんたなのね」
「そうだけど…何?」
「…なんで!」
「えっ」

胡蝶は立夏に掴みかかった。

「ちょっと!胡蝶やめなさいよ!」
そばに居た紅葉が止めた。

「……なんで…あんた なんかと……!」
「あんた ってやめなさい、胡蝶。立夏は貴方より位も年も上よ?」
「紅葉は黙っててよ!」
「……っ?!」

立夏は胡蝶の話を黙って聞くだけだった。

「……」
「…藤十郎さんが…あんたを指名するなんて…」
「私達は客を選べないわ。藤十郎さんが私を選んだのよ」

「何よ!偉そうに!女装なんてこれっぽっちも似合ってない大男なのに」

すると立夏が呆れたように言った。

「……胡蝶が私のことをそれだけ嫌ってるのは、よく分かった。」
「……」

立夏は胡蝶の手を下ろして、颯爽と去っていった。


「…胡蝶、言葉を慎みなさい。」
紅葉もそれだけ言い放って立夏の後を追った。


「…はぁ…」

胡蝶は鼻をすすった。


「…胡蝶姐さん?」
「……藤菫。」

近くを通りかかった藤菫。胡蝶を心配そうに見つめた。

「…これで私たち、似た者同士ね。」
「…?」
「昼見世、出てくる」
「…はい、いってらっしゃいませ……」




「…困った子だわ。立夏にあんな態度をとるなんて…!」

紅葉は礼儀がなってない胡蝶に嫌悪感を抱いた。一方で立夏は冷静だった。

「負けず嫌いなのは分かってたけど、あそこまでとは知らなかったわ。」
「負けず嫌いというより、嫉妬かしらね。それにしても、何処からあんな度胸が…」
「…藤十郎さんのこと余っ程好いていたのね。」
「色男だから?」

「そうかも。」
立夏のお陰で少し笑えた紅葉。




「立夏さん、紅葉さん手を見せて!」
すると、陽凛と鶯が寄って来た。

「手を?」
「手相ですよ、手相。」

皆で手相を見合った。占いが好きな陽凛と鶯は遊男たちの手を見て回っていた。

「やっぱり!紅葉さんと立夏さんはこの線があるわ!!」
「どれのこと?分からないわ」
「これです…!」

花魁二人の手相を見る陽凛と鶯。手相を指でなぞられて少しくすぐったい。

「この線があると、誰もが憧れるような魅力的な人なんですって!」
「花魁の二人は違うのね!ふふっ」
陽凛と鶯は楽しそうに笑っていた。


「………」
立夏がふと顔を上げて、格子の隅にいた胡蝶が目に入った。気の抜けた様子だった。


「…立夏?」
「…あぁ、手相だっけ。」

紅葉も胡蝶の様子を見た。

「……胡蝶のことは後で私が言っておくから。」
「大丈夫よ。胡蝶も全部吐き出してすっきりしたんじゃない。」
「…うん…?…それにしてはすっきりし過ぎね。もはや、げっそりしてる。」
「紅葉。」
「ごめん」

紅葉は冗談を言って肩をすくめた。

「………。」
立夏は、胡蝶と藤十郎のことが気になった。

「聞いてみてもいいのかしら…?」








別の日、藤十郎がまた立夏を指名した。


「……旦那様、」
「ん?」

今日は酒が一段と進む藤十郎。酒を飲み込む度に上がる、男らしい喉仏に目がいってしまう。

「…胡蝶とは、親しい間柄で?」
「胡蝶?あぁ、紫苑のことか…」
「…?」

藤十郎は酒を片手に考えた。

「…片想いを…な」
「それは……」
「俺が、ね。」
「まぁ…。」

この二人は両片思いなのね、そんなことを思った矢先、藤十郎は立夏の大腿を触った。

「だが……」
「……?」
「今は立夏を好いている。君について、知りたいことが山ほどある。」
「……まぁ」

飽きやすいのか、浮気性なのか。
立夏の顔を覗き込んで、何処か妖しげに笑う彼。その微笑みだけで誘惑されている気分になる。

「誰でもいいってこと…」
「……?」
「あっ……ち、違います…!」

立夏が思わず口に出た言葉に、藤十郎は引っ掛かった。しかし、彼は声を出して笑った。

「あははっ、……よく言われるよ」

「えっと」
「…この顔のせいでな。」
「お顔…?」

「美男と言われて嬉しい反面、恋は全く上手くいかない。私の想いは、どうせ上辺だけだ と勝手に判断される。」

藤十郎は立夏から手を離し、顔を逸らした。その顔は何処か哀しげで、立夏は少し申し訳なくなった。

「旦那様、ほんとうにごめんなさい…」
「…いいよ、いつもの事だ。…俺は美人に弱いから、そう言われるのかもな」

藤十郎は笑った。

「…私はそういうのに弱いんです」
「?」

立夏は藤十郎の手を握った。

「私に同情を買わせるおつもりですか?」
「……そんなつもりはなかったよ。」

「本当は、私の事はどうも思っていないでしょう?」
「そんなことはない。好いているのは誠だ。」

「…胡蝶は、良いのですか?」
「……。」
「胡蝶は寂しがっておりました。旦那様が、胡蝶ではなく私をお選びになったから。…胡蝶は待っていたんだと思いますよ。」
「…やめてくれ。」
「……私達は客を選べませんから。お選びするのは、旦那様ですよ。」
「……。」


胡蝶の気持ちも、藤十郎の気持ちも、立夏には分かる気がした。胡蝶が感じた行き場のない寂しさと、藤十郎の感じた何かはっきりしない劣等感。


立夏は想像した。

格子を挟んだ二人の手が触れるような光景。

いつか、格子が無くなればいいんだけど。



「…旦那様。よろしければ、お琴を一曲弾かせてください」

立夏は二人を想って、優しく微笑んだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

無口な愛情

結衣可
BL
 『兄の親友』のスピンオフ。    葛城律は、部下からも信頼される責任感の強い兄貴肌の存在。ただ、人に甘えることが苦手。  そんな律の前に現れたのが、同年代の部下・桐生隼人。  大柄で無口、感情をあまり表に出さないが、実は誰よりも誠実で優しい男だった。  最初はただの同僚として接していた二人。  しかし、律が「寂しくて眠れない」と漏らした夜、隼人が迷わず会いに来たことで関係は大きく動き出す。   無口で不器用ながらも行動で示してくれる隼人に、律は次第に素直な弱さを見せるようになり、  日常の中に溶け込むささやかな出来事が、二人の絆を少しずつ深めていく。

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

処理中です...