64 / 74
深まりいく秋
「んー・・・」
しおりを挟む
「・・・。・・・まさん。秋山さん」
名前を呼ばれて、ハッと我に返る。名前を呼んでいたのは品出しをしていたパートの佐木さんで、私は今がバイト中で、レジの前にお客さんがいることに気付いた。
「あ。すみません。お預かりします」
慌てて、お客さんに謝って、レジを打ち始める。
お客さんはちょっと嫌そうな顔をしたけど、何も言わなかった。よかった。
ドラマやニュースで些細なことで喧嘩が起こるのが信じられなかったけど、バイトをしてみてそれがどんなによくあることか知った。
目が合っただけで喧嘩になるのだ。目が合っても、目をそらして終わりでしょうが。恋に落ちた時は別として。
どこのヤバい人だよ。ドラマに出てくるチンピラか。と思う。
おかげで、何も言われなかっただけでもホッとする。
「次のお客様、こちらでどうぞ」
佐木さんがカウンターの中に入って来て、別のレジを開けて並ぼうとしていたお客さんを誘導してくれた。それで、レジ前にいたお客さんいなくなる。
「秋山さん。バックヤードにある新商品持って来て」
会計が終わった佐木さんから言われて、私はバックヤードに下がる。新商品の棚はまだ品出しが必要に見えない。心あらずな状態の私を店に出しておくわけにはいかないという判断だろう。
バックヤードには冬野さんがいて、佐木さんや私でも品出ししやすいように商品の仕分けをしてくれていた。冬野さんは時間があると、こんなふうに重い物を持たなくてもいいように下準備をしてくれているのだ。
「どうかしたのか、秋山?」
人目がないバックヤードは休憩で休んでいてもいい場所だけど、私がいきなりやって来たから冬野さんは驚いたようだ。
「ちょっと、ボーとしていて、お客さんに気付かなくて、佐木さんにバックヤードから商品持って来てって言われた」
今は目の前のことに集中しなけりゃいけないのに、どうしても頭の中に別のことが浮かんできて、そっちのほうが気になってしまう。
だから、佐木さんに強制的に休憩に入るように促されたんだけど。
「なら、佐木さんの言葉に甘えたほうがいい。忙しくないんだろ?」
「うん。でも、佐木さんが品出しの途中だったし・・・」
佐木さんが与えてくれた口実だけでもして、足を引っ張った分を挽回しないと。
「俺がやってくるから、秋山は休んでいろよ。元気ないけど、何か心配事でもあるのか?」
「あるというか、ないというか、関係ないというか、気にしすぎっていうか・・・どう言ったらいいのか、わからない」
自分でもどうしてこんなに悩んでいるのか、それ自体に悩んでいる。もう関係ないことだし、そんなことを気にすることじゃないのはわかってる。
だけど、ここで無関係だからと無視してしまうのは人としてどうかと思う。薄情すぎるような気がして、口を出したらいいのか、それとも口を噤んでいたらいいのか・・・。
「一人で悩んでいないで、話してみ?」
誰に相談していいのかすらわからなかったから、事情を聞こうとしてくれた冬野さんの言葉に胸のつかえが降りたような気がした。
だからといって、冬野さんに相談するのも違うような気がする。
「んー・・・」
「事情をまったく知らないから言えるってこともあるよ」
話すことを促され、これ以上悩んでいるのも嫌だから、相談までして巻き込むようなことじゃないし、冬野さんに参考意見を聞くことにした。
「ありがとう。でも、参考にしたいから、ちょっとだけ意見聞かせて」
「ああ、いいよ」
冬野さんが安請け合いしてくれたので、私の口も軽くなる。
「元カレのことなんだ」
「元カレ? 夏川先輩?」
そっちも元カレならよかったんだけど、今現在も彼氏ということになってる。
「いや、そっちじゃなくて、その前のほう」
「まだ別れてなかったんだ。――じゃなくて、その前の彼氏がどうしたんだ?」
はじめのほうは小さな声で聞き取りにくかった。
「え? 何?」
「なんでもない。で、秋山の前の彼氏がどうしたんだよ?」
本人がなんでもないって言っているから、気にしないことにした。冬野さんの今の言動より、早くこの悩みをどうにかしたい。
「新しい彼女ができたみたいなんなんだけど、相手がちょっと気になって」
「前の彼氏の付き合っている相手なんか、気にする必要ないだろ? というか、その前の彼氏に振られて未練があんの?」
そうなんだけど、それを無視していられないんだよね。言われたみたいに未練はまったくないし。
「振られたわけじゃないし、こっちが振ったわけだし。未練なんかないよ。ただ、ちょっとね・・・」
「気にしなくていいんじゃない。前の彼氏だって、小学生じゃないんだから、そこまで秋山が気にかけてやる必要なんかないよ。振ったんなら、振るだけの理由があったわけだし、仲の良い友達でもないんだったら、気にする必要ないじゃんん」
答えは単純明快とばかり言う冬野さんに詳しい事情を説明できないのがもどかしい。
でも、説明してしまっていいものか、あいつの馬鹿さ加減を無関係な冬野さんに伝えてしまっていいものかどうか、悩む。いくら冬野さんがいい人でも、細かい事情をすべて打ち明けられるほどは親しくないし。
「ああ、うん・・・」
悩みは解決されないまま、私は曖昧な笑みを浮かべて歯切れの悪い返事をするしかなかった。
名前を呼ばれて、ハッと我に返る。名前を呼んでいたのは品出しをしていたパートの佐木さんで、私は今がバイト中で、レジの前にお客さんがいることに気付いた。
「あ。すみません。お預かりします」
慌てて、お客さんに謝って、レジを打ち始める。
お客さんはちょっと嫌そうな顔をしたけど、何も言わなかった。よかった。
ドラマやニュースで些細なことで喧嘩が起こるのが信じられなかったけど、バイトをしてみてそれがどんなによくあることか知った。
目が合っただけで喧嘩になるのだ。目が合っても、目をそらして終わりでしょうが。恋に落ちた時は別として。
どこのヤバい人だよ。ドラマに出てくるチンピラか。と思う。
おかげで、何も言われなかっただけでもホッとする。
「次のお客様、こちらでどうぞ」
佐木さんがカウンターの中に入って来て、別のレジを開けて並ぼうとしていたお客さんを誘導してくれた。それで、レジ前にいたお客さんいなくなる。
「秋山さん。バックヤードにある新商品持って来て」
会計が終わった佐木さんから言われて、私はバックヤードに下がる。新商品の棚はまだ品出しが必要に見えない。心あらずな状態の私を店に出しておくわけにはいかないという判断だろう。
バックヤードには冬野さんがいて、佐木さんや私でも品出ししやすいように商品の仕分けをしてくれていた。冬野さんは時間があると、こんなふうに重い物を持たなくてもいいように下準備をしてくれているのだ。
「どうかしたのか、秋山?」
人目がないバックヤードは休憩で休んでいてもいい場所だけど、私がいきなりやって来たから冬野さんは驚いたようだ。
「ちょっと、ボーとしていて、お客さんに気付かなくて、佐木さんにバックヤードから商品持って来てって言われた」
今は目の前のことに集中しなけりゃいけないのに、どうしても頭の中に別のことが浮かんできて、そっちのほうが気になってしまう。
だから、佐木さんに強制的に休憩に入るように促されたんだけど。
「なら、佐木さんの言葉に甘えたほうがいい。忙しくないんだろ?」
「うん。でも、佐木さんが品出しの途中だったし・・・」
佐木さんが与えてくれた口実だけでもして、足を引っ張った分を挽回しないと。
「俺がやってくるから、秋山は休んでいろよ。元気ないけど、何か心配事でもあるのか?」
「あるというか、ないというか、関係ないというか、気にしすぎっていうか・・・どう言ったらいいのか、わからない」
自分でもどうしてこんなに悩んでいるのか、それ自体に悩んでいる。もう関係ないことだし、そんなことを気にすることじゃないのはわかってる。
だけど、ここで無関係だからと無視してしまうのは人としてどうかと思う。薄情すぎるような気がして、口を出したらいいのか、それとも口を噤んでいたらいいのか・・・。
「一人で悩んでいないで、話してみ?」
誰に相談していいのかすらわからなかったから、事情を聞こうとしてくれた冬野さんの言葉に胸のつかえが降りたような気がした。
だからといって、冬野さんに相談するのも違うような気がする。
「んー・・・」
「事情をまったく知らないから言えるってこともあるよ」
話すことを促され、これ以上悩んでいるのも嫌だから、相談までして巻き込むようなことじゃないし、冬野さんに参考意見を聞くことにした。
「ありがとう。でも、参考にしたいから、ちょっとだけ意見聞かせて」
「ああ、いいよ」
冬野さんが安請け合いしてくれたので、私の口も軽くなる。
「元カレのことなんだ」
「元カレ? 夏川先輩?」
そっちも元カレならよかったんだけど、今現在も彼氏ということになってる。
「いや、そっちじゃなくて、その前のほう」
「まだ別れてなかったんだ。――じゃなくて、その前の彼氏がどうしたんだ?」
はじめのほうは小さな声で聞き取りにくかった。
「え? 何?」
「なんでもない。で、秋山の前の彼氏がどうしたんだよ?」
本人がなんでもないって言っているから、気にしないことにした。冬野さんの今の言動より、早くこの悩みをどうにかしたい。
「新しい彼女ができたみたいなんなんだけど、相手がちょっと気になって」
「前の彼氏の付き合っている相手なんか、気にする必要ないだろ? というか、その前の彼氏に振られて未練があんの?」
そうなんだけど、それを無視していられないんだよね。言われたみたいに未練はまったくないし。
「振られたわけじゃないし、こっちが振ったわけだし。未練なんかないよ。ただ、ちょっとね・・・」
「気にしなくていいんじゃない。前の彼氏だって、小学生じゃないんだから、そこまで秋山が気にかけてやる必要なんかないよ。振ったんなら、振るだけの理由があったわけだし、仲の良い友達でもないんだったら、気にする必要ないじゃんん」
答えは単純明快とばかり言う冬野さんに詳しい事情を説明できないのがもどかしい。
でも、説明してしまっていいものか、あいつの馬鹿さ加減を無関係な冬野さんに伝えてしまっていいものかどうか、悩む。いくら冬野さんがいい人でも、細かい事情をすべて打ち明けられるほどは親しくないし。
「ああ、うん・・・」
悩みは解決されないまま、私は曖昧な笑みを浮かべて歯切れの悪い返事をするしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる