うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント

文字の大きさ
7 / 7

それでも、わたくしは彼を愛するわけにはいかない

しおりを挟む
「エドウィナ」

 優しい声でわたくしをそう呼ぶ彼の愛には一片の疑いもない。
 信じて、すべてを委ねてもかまわない。
 心まで捧げても、喜びこそあれ、悲しみを与えることなどない。
 安全だとわかっている。
 わかっていても、彼を愛することはできない。
 わたくしの婚約者は――クラウス様は、自分の意志を捻じ曲げられて、あの女を選んでしまったのだから。元婚約者が自分の意志で裏切っていたのなら、わたくしは躊躇うことなどなく彼を愛せたでしょう。

 けれど、クラウス様は、何者かに身体を乗っ取られて婚約破棄した。
 身体を乗っ取った者が誰かはわからない。
 ただ、彼の義妹も同じように何者かに身体を乗っ取られていた。
 彼の義妹はあの女から物理的に距離を置くことで、元に戻ることがきた。
 でも、クラウス様はそれができない。
 学園の異変を突き止めようとして、あの女に近付いた為に乗っ取られてしまったクラウス様。
 操られているとはいっても、王太子であるクラウス様と新進気鋭の商人である彼では権力は違いすぎる。クラウス様は王のただ一人だけの子ども。王位争いもなかった。
 宰相家だろうが、騎士団長家だろうが、公爵家だろうが、敵対している勢力もあれば、寝首をかこうとしている勢力もあった。しかし、王家と、現王と敵対する勢力も表立ってはなかった。
 宰相家と騎士団長家、公爵家を没落させて力を削いでも、それでも彼が立ち向かうには強大すぎた。



 ◆◇◇◇



 それはまだわたくしが婚約破棄される前――
 前とはいっても、婚約破棄されたパーティーの数週間前。

「レディ・エドウィナ。このままでは貴女の身が危ない」

 飄々としている普段の彼からは想像できない真剣な声音。

「何をおっしゃっているの?」
「貴女は婚約破棄され、家からも除籍されるだろう」
「そんな! まさか、そんなこと――」

 わたくしは声を失った。
 お母様もお父様も子煩悩な人だ。クラウス様に婚約破棄されたとしても、除籍などするはずがない。
 ズキンと胸が痛む。
 クラウス様に婚約破棄されることは既に覚悟していた。
 もう、アレはクラウス様ではない。
 クラウス様の身体を乗っ取った何者かだ。
 すべてわかっていて、婚約破棄されることを覚悟していても、胸が痛む。
 わたくしが愛し、わたくしを愛していたクラウス様はアレの中で苦しんでいる。婚約破棄するのは、クラウス様の身体を乗っ取った何者かだ。
 わかっていても、クラウス様を愛しているわたくしの胸は痛む。

「貴女のご両親も乗っ取られる可能性がある」
「なんですって――!! あの女に近付いていない、わたくしのお母様とお父様も乗っ取られるというの?!」
「ああ」

 彼は眉根を寄せて、やや低い声で言った。

「嘘よ。嘘だわ。そんなこと、あるわけ――」
「悪役令嬢は婚約破棄されて、家からも追い出される。最悪、処刑されるそうだ。何らかの刑が実行されそうなら、助け出す。だから、心構えをしていて欲しい。追い出されても、逃亡生活が始まっても良いように」
「アクヤクレイジョウ? 追い出される? 処刑? 何、それ・・・」

 知らされた内容が理解できない。
 知らない単語があるからかしら?
 それとも、処刑されると言われたから?
 ・・・だめだ。わからない。
 わからないのに、身体だけが震えてくる。

「今回は俺の動きより奴の動きのほうが早かった。レディ・エドウィナ、家を放逐されたら、すぐに回収する。ただ回収しても、何らかの罪を捏造して貴女に危害を加えらるかもしれない」
「放逐・・・、捏造・・・」

 震えるわたくしに彼は言う。

「婚約破棄されたら、俺と結婚しろ。身寄りのないただの町娘と違って、王宮のパーティーに招待される商人の妻なら、簡単に手は出せない」

 思考停止して、言葉がすり抜けていく。



 ◇◆◇◇



 婚約破棄されたわたくしを彼が連れ出す。
 覚悟していたことでも、クラウス様が身体を乗っ取られているとわかっていても、胸が張り裂けそうだった。

「結婚してくれれば、王太子を取り戻してやる」

 泣き崩れたわたくしに彼はそう言って慰める。


 ようやく落ち着いて帰宅すれば、手荷物も何もなく、家を追い出された。
 彼の言った通りの展開だった。


 回収された馬車の中で彼が言う。

「奴を排除して、王太子を取り戻せたら、いつでも別れる。だから、俺と結婚してくれ」

 お母様やお父様から見捨てられ、もう、どうでもよかった。
 身体を乗っ取られたクラウス様。
 身体を乗っ取られたお母様とお父様。
 わたくしが心の支えにできる相手は、彼しかいなかった。
 信頼している人々に裏切られて、居場所を奪われて、一人で立っているにはあまりにも苦しくて、彼の手を取った。



 ◇◇◆◇



 すべては期間限定。
 愛していると、言ってくれる彼との関係は期間限定。
 子どもが生まれても。
 彼を愛するようになっても。
 終わる時がくる、期間の関係。


 わたくしは彼を愛してはいけない。
 愛していると言いながら、クラウス様があの女から解放されたら、わたくしは彼と別れる。彼を捨てて、クラウス様を選ぶわたくしが彼に愛を告げることは許されない。
 せめて、子どもが生まれる前にあの女を排除できていたら。
 せめて、婚約破棄される前にあの女を排除できていたら。
 わたくしは彼も、子どもたちも捨てることはなかった。

 けれど、婚約破棄される前は、彼は王太子の恋人を排除できるほどの力はなかった。
 宰相家や騎士団長家の力を削ぐ前に、あの女を排除できていたら。
 そうは考えても、クラウス様たちがおかしくなったのは、あの女が現れてすぐ。時を置かずに、排除できる存在ではなくなった。
 宰相家や騎士団長家、公爵家なら、政敵を味方に付けていくらでもやりようがある。
 でも、王太子たちが全面的に庇う恋人を排除するには、庇える権力者を一人一人排除していくしかなくて。
 彼もただの人で、暗殺などを考えられるような人ではなくて。
 一介の商人でしかない彼にはそれが精一杯だった。

 彼が宰相家のジェレミー様や騎士団長家のクレイグ様、公爵家のアレン様なら、あの女の排除は容易かったでしょう。
 彼は名高い商人でも、国王の信頼厚い貴族の一人の、庶子でしかなくて。
 貴族ですらなく、嫡子でもない、彼の力では微々たるもので。

 それでも、彼は王になれた。
 あの女のしでかしたことは、貴族には耐えがたいことで。
 あの女がしでかして犠牲になったのは、貴族よりも庶民がはるかに多くて。
 多くの良心のある貴族は領地の民や近隣の民の苦しみに心を痛めて、彼が王位を簒奪することに協力をした。国王も王太子も、あの女を止めず、民に苦しみを与えたから。
 それに、失敗しても、旗印である彼はただの貴族の庶子で、父親は爵位を返上していて国を出てしまっている。失くして困るものは何もない身の上だったから。


 わたくしは彼を愛さずにはいられない。
 無力な存在でありながら、獅子に立ち向かう彼を。

 わたくしは彼を愛さずにはいられない。
 わたくしがクラウス様を愛していると知っていても、わたくしを愛し続ける彼を。

 わたくしは彼を愛さずにはいられない。
 すべてを賭けて全身全霊でわたくしを愛する彼を。


 すべては必然。
 わたくしが婚約破棄されるのも。
 わたくしと彼が結婚したのも。
 子どもが生まれたのも。
 彼が王となって、あの女を排除するのも。



 ◇◇◇◆



 彼と子どもたちを捨てて、クラウス様と共に去るのは、身分を失い、居場所を失い、苦しむクラウス様を裏切れなかったから。
 クラウス様と彼に対する気持ちは以前とは大きく違う。
 国中の民の憎悪の対象はあの女だけではない。
 あの女のしでかしたことで、傷付いているクラウス様を憎悪する民の前に放り出すわけにはいかない。


 クラウス様。貴方が好きでした。
 貴方に残された時間が数時間なのか、数年なのかはわかりません。
 貴方を助けられなかったわたくしは、最後だけでもご一緒します。










 だから、わたくしは貴方を愛する資格がない。
 貴方だけは生きて、パーシー。




しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

悪役令嬢の大きな勘違い

神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。 もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし 封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。 お気に入り、感想お願いします!

処理中です...