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醜いアヒルの子はいらない子
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恋愛結婚など大それたことを考えたこともない美雪だが、中学生との婚約話になるとは思ってもいなかった。
後妻だと思っていた結婚が現在中学生とのものになりかかっている様は一種の滑稽さすらある。その理由も将来有望な少年を肉食獣たちの毒牙から守る牽制的なもの。
実際に結婚までは至ることはない、解消前提の婚約なのだ。
十歳ほども年下の少年との婚約も、相手が成人するまでのものだとすれば、三十路を迎えた頃に終えることになる。そんな歳ではやはり美雪は後妻にふさわしい年齢と言っても良い。
後妻となる運命からは逃れられないのだろうかと、美雪は心の中で溜め息を吐く。
在原の息子にしても、十歳も年上の女性と結婚したいとは思わないだろうから、後妻コースは確定しているとしか思えない。
それでもこれ以上、失言を重ねるわけにはいかない美雪は、目の前で自分の青写真が引かれて行くのを大人しく見ているしかなかった。
「だけど、美雪が一二三くんと婚約しても牽制にはなりませんよ。この子がそれほど役に立つと思っているなら、買いかぶりすぎですわ。美雪は私の後を付いて歩くことぐらいしか能がありませんからね。子どもだからそれで許していましたが、秘書の仕事なんかまだまだ半人前で、落合に迷惑かけてばかりいて、本当に使えない子ですよ」
使えないとの祖母の発言に美雪は息苦しくなる。
美雪としては一生懸命にしていることが、祖母から見ると未熟なのが辛かった。
秘書の仕事をさせてもらえるようになったのも、付き人としての仕事が認められたものだと思っていた。実際は祖母の秘書をしていた落合の負担を減らすどころか、足を引っ張っていたとは思いもよらなかった。
駄目すぎる自分。
両親に見捨てられ、祖母にまで見捨てられてしまったら、どうしていいのか美雪にはわからない。
「夕さん。そんな風に言ったら、美雪ちゃんが可哀想ですよ」
「在原様は他人だからそう言えるんですわ。実際に傍に置いたら、この子の使えないことといったら、忍耐の限界を幾度も越えますよ」
溜め息混じりで祖母の口から出てくる言葉が美雪の心を切り裂いていく。
頭から血の気が引くのが美雪にはわかった。よろめきかける身体を足を踏ん張ってどうにか押し留める。
美雪は祖母に褒められたかっただけだ。
日頃から「使えない!」といくら罵られていても、頭を撫でてもらったことがなくても、たった一度、褒めて欲しい、その一心で耐えてきた。
その為に祖母の言いなりになってきた。
友達を作ることがなかったのも、同年代との付き合い方がわからなかったからではない。祖母が「必要ではない」と言ったからだ。
祖母の為に尽くし、その邪魔になるようなことを不器用なお前はする必要はないと言われてきたからだ。
美雪の様子に気付いた在原が心配そうな顔をする。
美雪は小さく首を振って見せた。
「夕さん。家族だからと、言って良いことと悪いことがあるのはわかっていますか?」
「本当のことだから仕方がないとおわかりになりません?」
「夕さん!」
「両親にも捨てられ、私が拾わなかったらどうなっていたことか・・・。その感謝の念もないから可愛げもありませんし、使えないときたら、どこに愛着を持っていいかわからないものでしょう?」
同じようなことは何度も何度も言われてきた。
発言を許されないことが幸いだった。言われ慣れている筈なのに、美雪の心は未だに締め付けられるように痛んで、息を吸うのも辛い。
まるで水の中にいるかのように、重い身体と息苦しさが美雪を苛む。
祖母は何も間違ったことは言っていない。
全部、本当のことだ。
美雪が両親に捨てられたことも、祖母が引き取ってくれたことも。幼い頃の記憶の筈なのに、そこだけは美雪も覚えている。
「貴女は・・・。貴女の意図はくんでいるつもりでしたが、美雪ちゃんの前で言うことではないでしょう?」
在原は美雪の祖母の意図をわかっているようだが、今の美雪には関係ない。
美雪はこの会話が早く終わってくれることを祈った。
この会話が早く終われば、この苦しみも早く終わる。痛む胸も、重い頭や、自分のものとは思えない身体の不自由さも時間が経てば元に戻る。
「はっきり言わないとこの子にはわからないからのよ」
仕方がないとばかりに投げやりに言い捨てる祖母に在原の表情が険しくなる。
「言い方があります。そんな風に言わなくてもいいことです。貴女は自分の言葉が美雪ちゃんを傷付けていることをわかっているのですか?!」
「まだ傷付くような可愛らしいところがあったのね。泣きもしなければ、笑いもしない、鉄面皮だもの、わからなかったわ」
二人が何を言っているのか、美雪にはもう聞こえなかった。周りの音はもう耳に入らない。
美雪の状態は気力で何とか立っているだけだった。
「夕さん・・・貴女は・・・」
「お話は終わりましたかしら?」
「・・・」
話は終わったと締めくくる美雪の祖母に在原は何か言いたげな表情をしていた。
「ごきげんよう、在原様」
そう言って、在原を置き去りにする祖母に美雪は機械的に付いて行った。いつものように。
後妻だと思っていた結婚が現在中学生とのものになりかかっている様は一種の滑稽さすらある。その理由も将来有望な少年を肉食獣たちの毒牙から守る牽制的なもの。
実際に結婚までは至ることはない、解消前提の婚約なのだ。
十歳ほども年下の少年との婚約も、相手が成人するまでのものだとすれば、三十路を迎えた頃に終えることになる。そんな歳ではやはり美雪は後妻にふさわしい年齢と言っても良い。
後妻となる運命からは逃れられないのだろうかと、美雪は心の中で溜め息を吐く。
在原の息子にしても、十歳も年上の女性と結婚したいとは思わないだろうから、後妻コースは確定しているとしか思えない。
それでもこれ以上、失言を重ねるわけにはいかない美雪は、目の前で自分の青写真が引かれて行くのを大人しく見ているしかなかった。
「だけど、美雪が一二三くんと婚約しても牽制にはなりませんよ。この子がそれほど役に立つと思っているなら、買いかぶりすぎですわ。美雪は私の後を付いて歩くことぐらいしか能がありませんからね。子どもだからそれで許していましたが、秘書の仕事なんかまだまだ半人前で、落合に迷惑かけてばかりいて、本当に使えない子ですよ」
使えないとの祖母の発言に美雪は息苦しくなる。
美雪としては一生懸命にしていることが、祖母から見ると未熟なのが辛かった。
秘書の仕事をさせてもらえるようになったのも、付き人としての仕事が認められたものだと思っていた。実際は祖母の秘書をしていた落合の負担を減らすどころか、足を引っ張っていたとは思いもよらなかった。
駄目すぎる自分。
両親に見捨てられ、祖母にまで見捨てられてしまったら、どうしていいのか美雪にはわからない。
「夕さん。そんな風に言ったら、美雪ちゃんが可哀想ですよ」
「在原様は他人だからそう言えるんですわ。実際に傍に置いたら、この子の使えないことといったら、忍耐の限界を幾度も越えますよ」
溜め息混じりで祖母の口から出てくる言葉が美雪の心を切り裂いていく。
頭から血の気が引くのが美雪にはわかった。よろめきかける身体を足を踏ん張ってどうにか押し留める。
美雪は祖母に褒められたかっただけだ。
日頃から「使えない!」といくら罵られていても、頭を撫でてもらったことがなくても、たった一度、褒めて欲しい、その一心で耐えてきた。
その為に祖母の言いなりになってきた。
友達を作ることがなかったのも、同年代との付き合い方がわからなかったからではない。祖母が「必要ではない」と言ったからだ。
祖母の為に尽くし、その邪魔になるようなことを不器用なお前はする必要はないと言われてきたからだ。
美雪の様子に気付いた在原が心配そうな顔をする。
美雪は小さく首を振って見せた。
「夕さん。家族だからと、言って良いことと悪いことがあるのはわかっていますか?」
「本当のことだから仕方がないとおわかりになりません?」
「夕さん!」
「両親にも捨てられ、私が拾わなかったらどうなっていたことか・・・。その感謝の念もないから可愛げもありませんし、使えないときたら、どこに愛着を持っていいかわからないものでしょう?」
同じようなことは何度も何度も言われてきた。
発言を許されないことが幸いだった。言われ慣れている筈なのに、美雪の心は未だに締め付けられるように痛んで、息を吸うのも辛い。
まるで水の中にいるかのように、重い身体と息苦しさが美雪を苛む。
祖母は何も間違ったことは言っていない。
全部、本当のことだ。
美雪が両親に捨てられたことも、祖母が引き取ってくれたことも。幼い頃の記憶の筈なのに、そこだけは美雪も覚えている。
「貴女は・・・。貴女の意図はくんでいるつもりでしたが、美雪ちゃんの前で言うことではないでしょう?」
在原は美雪の祖母の意図をわかっているようだが、今の美雪には関係ない。
美雪はこの会話が早く終わってくれることを祈った。
この会話が早く終われば、この苦しみも早く終わる。痛む胸も、重い頭や、自分のものとは思えない身体の不自由さも時間が経てば元に戻る。
「はっきり言わないとこの子にはわからないからのよ」
仕方がないとばかりに投げやりに言い捨てる祖母に在原の表情が険しくなる。
「言い方があります。そんな風に言わなくてもいいことです。貴女は自分の言葉が美雪ちゃんを傷付けていることをわかっているのですか?!」
「まだ傷付くような可愛らしいところがあったのね。泣きもしなければ、笑いもしない、鉄面皮だもの、わからなかったわ」
二人が何を言っているのか、美雪にはもう聞こえなかった。周りの音はもう耳に入らない。
美雪の状態は気力で何とか立っているだけだった。
「夕さん・・・貴女は・・・」
「お話は終わりましたかしら?」
「・・・」
話は終わったと締めくくる美雪の祖母に在原は何か言いたげな表情をしていた。
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