詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています

プラネットプラント

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アライアス

オスカーの機嫌は急激に変わるようです

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 馬車が止まり、オスカーは私を抱きかかえたまま馬車を降りた。それから地面に降ろしてもらうが、右手はしっかりオスカーにつかまれている。

「迷子にならないように手を繋いでおくから、離すんじゃないぞ」
「うん。わかった」

 この歳で迷子と言われるとそんな馬鹿なことあるわけないと思うけど、周りを行き交う人の数が多くて、手を繋いでいてもらっていてよかったと安心する。一族の棟の裁縫部屋にいる人数よりは少なくても、見知らぬ人だというだけでなく、金や白金、銀などの馴染みの薄い頭しか見えないのは心細い。

 キョロキョロと見慣れない辺りを睫毛で重い目を見開いて見ていたら、オスカーの笑う気配がした。

「なんで笑うの?」

 オスカーの顔を見上げて睨んだら、笑顔(目は髪に隠れて見えないけど、口の端が上がっているから多分そうだ)で頭を撫でられた。

 もしかして、馬鹿にされている?

「なんで撫でるの?」

 責めるような口調でそう言ったら、また撫でられた。

「リーンネットの反応が可愛くて。つい、撫でたくなるんだよ」
「・・・。どこが可愛いっていうの?」

 可愛いと言ってもらえるのは嬉しいんだけど、馬鹿にされているような気がする。
 周りを眺めていたことのどこに可愛いところがあったのかわからないから、オスカーの言ってることが理解できない。

「リーンネットは全部可愛い」
「・・・」

 オスカー・・・。
 本当に兄は大丈夫だろうか?
 突然シスコンになったかと思ったら、心配になるくらいデレ始めたんだけど・・・。
 私が心配していても本人が幸せそうなので、このことからは目をそらしておこう。





 市場(マーケット)はすごかった。馬車を降りたところとは比べものにならない。見渡す限り、人、人、人。歩くのも大変なくらいだった。手を繋いでいなかったら、絶対に迷子になる。

「うわー」

 開いた口が塞がらない。

 布を天井に張った店が軒を連ねていて、野菜や果物、肉や魚などから、布や装飾品まで、色々なものを売っていた。
 しかし、近寄って、買い物客の波に入ってしまうと、子どもの身長では周りの人間が大きすぎて、何のお店か見えない。
 お菓子を売っている店もあったけど、人び流れがすごすぎて、それをかきわけていくことも、立ち止まることもできなかった。

 そんなこんなでお店に行けないのを見たオスカーが目についたお店を教えてくれるようになった。

「串焼きがあるよ」
「串焼き?」

 言われても思いつかない。
 串焼きとやらをオスカーは食べたことがあるのかな?

「肉や魚介類を串に刺して焼いたものだよ」

 説明を聞いて、ようやくそれが何かわかった。
 お菓子を買いに来たけど、それはおかずだよね?

「それはいいよ」

 お菓子じゃないから、串焼きはいらない。

 ケーキに似た香ばしい匂いが漂ってくると、オスカーは少し離れた店を見ながら言う。

「じゃあ、ドーナッツは?」
「ドーナッツ?」

 また知らないものが出てきた。

「揚げもののお菓子だよ」

 お菓子ならこう言うしかないでしょ。

「食べる!」

 私の返事を聞いて、オスカーは人混みをドーナッツとやらが売っている店のほうに移動していく。手を繋いでいるから、私も一緒だけど人が多くて大変だった。

 そんなことを何度か繰り返したら、私が好きそうな店に近付くとオスカーが手を引いて、店の傍にいけるようにしてくれた。

「この髪飾りなんか似合うんじゃないか?」

 薔薇を模した精巧な木彫りの髪飾りに目を留めたオスカーが言った。一族の棟の若い女性たちが好きそうな一品だ。
 私にはちょっと大人っぽいような気がする。付けるとしたら、あと10年は宝石箱かチェストで寝かせておくしかない。

「綺麗だけど、私にはまだ似合わないよ。そっちの小さな花の付いたものはどうかな? 似合いそう?」

 中庭や前庭にも咲いている小さな花を模した素朴な髪飾りが目についたので、聞いてみる。
 淡いイエローに着色された花がいくつも付いていて可愛い。
 オスカーには悪いけど、こっちのほうのがいい。
 色違いで作られたものもあって、アイリーンやマリーンとお揃いで付けてもいいかもしれない。

「リーンネットの可愛らしさを引き出すデザインだね」

 オスカーは私を引き合いに出さないと評価できないのか?

 可愛らしい髪飾りを見つけてはしゃいでいた気持ちが一気に冷めた。
 つい、オスカーを見る目が胡乱になる。

「・・・。アイリーンやマリーンにも似合うかな?」

 色違いのものを上げたいので、呆れた声で意見を聞いてみた。

「それはハルスタッド一族の子だよね? なら、似合うんじゃないかな」

 いい加減。
 いい加減すぎる。
 相槌にすらなってないよ、オスカー。

 心の中で嘆きそうになったけど、オスカーがアイリーンやマリーンを知らない可能性を思いつく。私とオスカーは年齢が離れすぎているし、性別も違う。そんな私の友達であるアイリーンやマリーンと兄の接点がないのだ。
 ハルスタッド一族の子どもは一定の年齢までは一緒に勉強する。その後、性別ごとに別れて勉強するので、オスカーが姉ならなんとかアイリーンやマリーンとその勉強で接点が持っていたかもしれない。
 ちなみにその女の子の勉強が裁縫などの手芸で、私も遊びに行くついでに一緒に受けさせられている。このところ、仲間はずれにした二人に腹を立てて、顔を合わせづらくて行ってないけど。

 だから、オスカーが髪の色とか睫毛の重さで半分閉じた目とか、そういった一族の特徴で判別するのもわかる。

 それにしても、髪の色やか目付きとかハルスタッド一族って、特徴強すぎ。一族外との婚姻が本家しかしないからって、みんな特徴が出てしまう。
 母が別の家の出身なのに私もオスカーも一族の特徴が出てるし、母の家の特徴はどこ行ったんだろう?
 それに本家から一族に入った過去の人々だって母方の特徴を持ち込んだはずなのに、一人としてハルスタッド一族の特徴がない人物がいない。私が知らないだけかもしれないけど、ハルスタッド一族の女が全員揃っている裁縫部屋でまったく見たことがない。男だけ一族以外の特徴が出るなんてこともないし、母方の特徴はしぶといハルスタッド一族の特徴に掻き消されてしまったのだろう。
 ここまで来るとハルスタッド一族の特徴は呪いだ。

 睫毛が長くて重くて目が開かないのって、やっぱり呪いだったか・・・。

「この鳥のネックレスはどうだ? 可愛いリーンネットによく似合いそうだ」

 私の返事が遅かったからか、オスカーが同じ店の別の商品を手に話しかけてきた。
 木彫りの鳥のペンダントトップは兄が言う通り可愛い。お揃いで持っていても服の中に隠しておけるから、髪飾りより髪型や服装を選ばない。

「それいいね。何個か同じものはある?」

 私では店の中が全部見えないけど、背の高いオスカーは違う。さっと見回して全商品を見ることができる。

「鳥は何種類かあるけど、同じものはないな」

 同じものがなくてお揃いにできないと思ったら、攻略対象であるディランみたいにチャラそうな若い男の店主が口を挟んでくる。
 このディランという人物はヴァイオリンの奏者としてはまともだが、演奏していない時は非常にチャラい男だ。気安く誰にでも声をかけるし、女生徒を引き連れて歩くなんてことも当たり前。序盤の攻略対象固有のイベントではヒロインなんかその他大勢の女生徒と同じように、彼の演奏を聞くことになっているくらい、どんな女生徒にも平等のナルシストである。
 ナルシストだからチャラいのか、チャラいからナルシストなのか、そこはわからないが、この店主のように商人だったら愛想が良いと好印象な人物だ。

「お嬢ちゃん。こっちには全種類出しているだけだから、鳥のネックレスならまだ在庫があるよ」
「本当?!」

 在庫があるって言うなら、3個くらいあるよね。
 ここに出ていないだけで在庫があると言われて、これはもう買うしかないと思った。

「いくつ欲しいんだい?」

 店主は愛想の良い笑顔で聞いてきた。

「3つ」
「なら、大丈夫だ。あんまりたくさん買われて、お嬢ちゃんが売ったりなんかされちゃ、商売あがったりだからねえ」

 私が売る? アイリーンとマリーンに上げたいだけだから、そんなことしないのに。
 商売あがったりって言葉自体がわからない。

「なんで、商売あがったりなの?」
「誰だって、お嬢ちゃんみたいな可愛い子とおニイさんみたいなのから買うなら、みんな、お嬢ちゃんから買いたいって思うからねえ。おニイさんだって、お嬢ちゃんから買いたいぐらいだよ」
「・・・」

 そう言って、店主は笑うけど、私はそのお世事に呆れて何も言えなかった。

 ゾクッとしたので振り返ったら、オスカーが額に縦皺を寄せて店主を睨んでいる。

「・・・」
「坊ちゃん。お嬢ちゃんが可愛いからって、そう目くじら立てないでくださいよ。ホント、顔の良い兄妹だねえ」
「・・・」

 店主のとりなしにもかかわらず、オスカーは手にしていた商品を置き、私の手を引いて別の店に行ってしまった。


 他の店でオスカーはスカーフやショール、リボン、それにジャムやらキャンディーなどを買ってくれた。
 だけど、毎回、私か商品のどちらかを可愛いと言う。そんなオスカーに一つの疑念がわく。

 兄のボキャブラリーは乏しいんだろうか?
 いや、そんなはずはない。

 じゃあ、感性が大雑把なんだろうか? さっきから、なんでも可愛いとしか返してこない。
 他の形容はないのか?

 手を繋いでいる楽し気なオスカーを見ながら、私はなんとも言えない気分になった。
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