獣人の世界で狐族専用の娼婦になりました

プラネットプラント

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第二章

訪問者

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 グレンに呼ばれた数日後――その日も美穂は雑用の仕事をしていた。

「美穂。お客さんが来ていますよ」

 美穂が厨房の片隅で夕食用の豆の筋を取っていると、執事のギイにそう声をかけられた。

「客ですか?」

 知人など娼館関係者しかいない美穂は客の心当たりのまったくなかった。
 自由に出歩ける店主(おとうちゃん)か店主の遣いの用心棒でも来たのかと訝し気に言葉を繰り返す。万が一、店主だとしても、美穂に連絡を取りたい理由についても欠片も思い当たらない。

「心当たりないんですけど」
「来てくださったのだから、とりあえず、会うだけ会いなさい」
「・・・?」

 誰だろう、と内心首を捻りながら、美穂は執事の後に付いて行った。

 美穂は今、宰相グレン――最恐の狐族の屋敷にいる。
 そんな場所にもかかわらず、どうしても連絡を取らなくてはいけない人物となると・・・。
 歩いているうちに美穂は異世界人の保護組織――白い髪の男を思い出した。彼――いや、彼の組織なら美穂と連絡を取る必要がある。
 時間はかかったが、ようやく保護されるようになったのか、と美穂は思った。
 保護ではなくとも、居場所の把握や連絡手段は確保する必要があるだろう。
 一先ず、自分を訪ねてきた人物に思い当たった美穂は安心した。

 執事が美穂を連れて行ったのは、小さな客間だった。女主人がいないこの屋敷では、主人が呼び出した人物以外はここに通されることになっている。
 部屋の前で立ち止まった執事はそこで一呼吸おいてからドアをノックした。

「失礼いたします」

 美穂も執事の言葉を復唱して、まだ掃除ですら入ったことのない部屋に多少ドキドキとしながら入って行った。
 女主人がいない屋敷にもかかわらず、小さな客間には趣味の良い家具が置かれていた。小さいとはいっても、四人掛けのテーブルや窓際の長椅子に座って寛げるようになっている。
 その四人掛けのテーブルに客がいた。

「美穂ちゃん!」

 思い描いていた白い髪ではなく、黒い髪の持ち主は美穂の姿が目に入ると飛ぶようにやって来た。

「?!」

 異世界人の保護組織なら、どこにいるのかもわからない異世界人を探す為に様々な情報網を持っているだろうが、黒髪の男は異世界などを知らない一般人だ。グレンによって居場所を教えられていたとは知らない美穂は黒髪の男がここに来たことに驚かされた。

 恋人気取りにもかかわらず、黒髪の男は抱き付いてはこなかった。黒髪の男は美穂の目の前でピタリと止まる。
 黒髪の男の背は屋敷の使用人たちよりも頭半分は高いので、こうやって向かい合わせに立っていると、美穂の頭は肩にも届かない。
 美穂が顔を上げると、黒髪の男は無表情でありながら泣き出しそうな目をしていた。
 身体の横に降ろされた黒髪の男の手は握りしめられていて、僅かに震えている。

(なんで? どうして、そんな悲しそうなの?)

 養家で冷遇された経験が黒髪の男を躊躇させていた。
 母方の親戚とはいえ、獣成分が少ない黒髪の男は嫌々育てられていた。その家の子どもとの待遇には明らかに差があり、黒髪の男は家族の団欒を離れて見ているしかなかった。
 宰相に身請けされた美穂も、養親のように黒髪の男を邪魔に思ったのではないか。
 その疑惑が黒髪の男を躊躇させた。
 あんなにも黒髪の男に好意を見せていた美穂が宰相との間にも絆が出来て身請けしてもらった。そんな二人の間に割り込んでしまったのかもしれない。

 それでも、居場所が分かったのなら会いたかった。
 会いたかったけど、拒絶されることが怖かった。
 邪魔だと思われたくなかった。
 やっと見つけた人なのだ。
 やっと、自分を邪険にせず、愛してくれた人。
 そんな美穂を失いたくなかった。
 お邪魔虫になってしまったとしても、早くに気付けば悪印象を持たれないように対処できる。
 だから、抱き締めたかった手が上がらないように握った。
 嫌いにならないで。
 会いに来ただけで嫌わないでと願いながら黒髪の男は言った。

「帰ってきたら美穂ちゃんがいなくなってたから、急いでここに来たんだ。迷惑だったら、ごめん」

 美穂は黒髪の男の様子がおかしいことに気を取られていて、一瞬、何を言われているのか、わからなかった。だが、過剰なまでにベタベタしてくる黒髪の男が美穂に触れないように我慢しているのを見て、宰相との仲を誤解されていることに気付いた。
 そもそも、身請けされたのだから、そういうふうに見てしまうのも仕方ない。本当は店にいるよりはいいと店主に言われて美穂は頷いてしまっただけなのだが。

「違うから!! 最恐の生物だよ?! 好き嫌い関係なく、断ったら怖いじゃない! ただそれだけだから!!」

 聞くだけでも恐ろしいことを想像されていた美穂は速攻で否定した。
 何が悲しくて生命の危険を感じる相手の恋人だと思われなければいけないのか。
 こんな憶測だけでもどんな目に遭わされるかわからない。
 美穂は全力で否定した。
 宰相とは何でもないと言われて黒髪の男の目が輝いた。表情筋は相変わらず仕事をしていないが、喜んでいることは誰の目にも明らかだ。

「本当に良かった、美穂ちゃん」

 そして、今度こそ黒髪の男らしく抱き締められた。

(また恋人扱いしてくる・・・。でも、あんな表情(かお)見たくないから、今はこのままにしておこう。)

 さっきの悲し気な目が思い出され、美穂は誤解を解くことも、黒髪の男を振り払うこともできなかった。
 黒髪の男の好きなままにさせる。

「ごめん」

 耳元に落とされる謝罪の言葉。

「なんで?」
「間に合わなかった。宰相に先越された」
「!」

 黒髪の男が身請けしようとしていたことを美穂は初めて知った。元々、黒髪の男は口数が多いほうではないから、言わなかったのも当然かもしれない。
 恋人気取りで困った客だと思っていた美穂は黒髪の男の気持ちと初めて向き合った。
 客として気に入っているからイチャついていたのではなく、美穂のことが好きでやっていたことだったのだ。
 困った癖も愛情表現の一種だったかと思うと、一気に顔が熱くなる。

(いくらイケメンでもあれは、あれは・・・ない。好きだからって、ない。無理。だけど、この男は私のことが好きで、身請けしようと考えてくれていて。いや、でも無理でしょ。)

 黒髪の男の想いが真剣だと初めて知った美穂は内心パニックを起こして、ドアの傍にいる執事が咳払いをするまで抱き締められるままになっていた。
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