獣人の世界で狐族専用の娼婦になりました

プラネットプラント

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第二章

呼び出し

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 さて、常連客達の怒りを買った手紙が出されたことなど知らない美穂は、身請けされてグレンの屋敷に連れて行かれた。
 だが、すぐに美穂は拍子抜けすることになる。グレンは出迎えた執事に緊張している美穂を預けて家の奥に立ち去ってしまったのだ。
 残された狐族の執事は溜め息を吐いた後、美穂をとある一室に案内してこの屋敷での生活について一通り教えてくれた。

 目に見えて奴隷だとわかる特徴がない為、出て行こうと思えば出て行ける状況だったが、美穂は出て行く気にはなれなかった。
 せっかく、身請けされたにもかかわらず、獣無しに見える状態で家を出てまた売られたらと思うと、怖くて堪らないのだ。以前は地獄を見た。ようやくマシな生活になっても、ひもじい思いをすることになった。
 しかし、この屋敷を出て、また攫われて売られた場所がおとうちゃんの店以上に待遇が良くなかったら、と思うと足が竦む。
 グレンの家はもう娼館ではない。
 家主に放置されていても、ちゃんとした食べ物が出されるようだったので。
 ただ、グレンが仕事を命じるまでは好きに過ごしていいと執事に言われていても、仕事内容まで不明となると、不安になってくる。美穂はグレンの親族でもなければ、客でもない。使用人だ。
 仕事内容はわからないが、使用人であることに間違いはないのだ。
 他の使用人たちと食事を一緒にとるので、美穂は自分だけ仕事をしていない肩身の狭さから焦燥感に駆られた。
 店主の働かざる者、食うべからずの言葉が今なら痛いほどわかる。働いているから、食事も気にせずとれるのだ。
 服を一人で着られるようになった子どもですら、何某らのお手伝いくらいはする。他人の家でゴロゴロしていて家人から白い目で見られないのは、幼すぎて自分の面倒を見てもらわなければいけない子どもと病人だけだ。
 獣人の世界に来る前に大学生だったとはいえ、美穂はグレンの屋敷でお客様待遇を受けていては、使用人仲間からの顰蹙を買ってしまう。
 美穂は使用人に声をかけて仕事をさせてもらうようになった。



 そんなある日、早めの夕食(グレンはほとんど夕食を屋敷でとらない為)を食べようと厨房に向かった美穂は珍しく早く帰ってきたグレンに声をかけられた。
 その後の夕食はグレンが声をかけてきた理由が気になって喉を通らなかった。何度か咀嚼して、無理矢理飲み込むを繰り返した為、味もまったくわからない。
 ここ数日、メイドもどきの雑用をしていたのですっかり忘れていたが、美穂は娼館から身請けされた身だ。メイドではない。
 身請けされたのだからグレンに抱かれるのだと考えれば、呼ばれたのはそれが理由だろう。
 わざわざ娼館から身請けしてメイドとして使う理由もわからない。
 そんなことをしなくても、高い給金さえ払えばメイドはいくらでも雇える。現に最凶の狐族だと言われているグレンの屋敷には住み込みと通いのメイドが両方いる。
 使用人のほとんどが狐族で、メイドたちに至っては獣成分が少ない者が大半で、グレンは獣成分の少ないことと狐族という共通点で使用人を雇っているように美穂には見えた。
 メイドはともかく、狐族が多いことは、家人に自分の同族を雇うことが多い獣人の習性である。
 宮殿ともなれば王族と同じ種族しか雇わないとは言えず、これは領民を多く抱える領主も同様だ。
 他種族が務めることができない専門職もまたそれに適した種族が就く。
 宰相も狐族の専門職だと思われているが、一番適している種族が狐族なだけで、山羊族が就いていることもある。

 食後、渋々、グレンの部屋に向かう。
 掃除や洗濯、料理の下ごしらえの手伝いなどは時間潰しのおままごとで、本来の仕事をするだけなのだ。
 そう自分に言い聞かせていても、美穂の心は晴れない。
 執事たちは浮かない顔をしている美穂がグレンに呼ばれていることを知ると、笑顔になった。その表情には黒いものが一切なくても、彼らと美穂とでは立場が違う。
 美穂は買われてきた娼婦で、執事たちは主人が身請けした娼婦を呼ぶことを喜んでいる使用人なのだから、考え方が違うのも仕方ないだろう。

 そもそも、美穂はグレンがどういう人物なのかをよくわかっていなかった。
 娼館の店主や同僚の娼婦たちはグレンを最恐の狐族と怖がっていた。美穂も本能的に危険を察知した。
 だが、使用人たちはそうでもない。執事などは美穂を連れ帰って押し付けたグレンに溜め息を吐いたぐらいだ。恐怖を感じる部分が麻痺しているのか、グレンがそれほど脅威ではないということなのだろう。
 使用人たちはグレンが屋敷に情事の相手を連れて来ないことを知っていた。そんなグレンが連れて来た獣無しの美穂に興味津々だった。
 獣成分が少ないメイドのように、就職先がなかなか見つからず、やっと雇ってくれたグレンに恩義を感じて忠誠を誓うだろうと打算から雇ったのだと執事たちは思っていた。
 そして、この呼び出しだ。
 美穂が仲間の一員なのだと、主人が認めていることに頬が緩んでしまったなど、美穂にはわかるはずもない。

 おっかなびっくり、冷や汗を垂らしながら美穂はグレンの部屋の前で立ち竦んでいた。ドアを叩こうとした手は何度も持ち上げては叩かずに降ろされる。そういうことが何度も繰り返される。
 さっさと終わらせたほうがいいのだとわかっていても、最後の最後で勇気が出ない。あと一歩が無理なのだ。

「何をしているんですか。早く入って来なさい」

 耳に獣成分がないグレンでもドアの前に来た美穂の足音ぐらいは聞こえている。美穂は足音を殺せないのだから、気付かれないはずがないのだ。

「はい」

 グレンはゆったりとしたローブ姿で寛いだ様子でベルグの置かれているテーブルの奥の席に着いていた。銀髪も濡れて鈍い色になっていることから、後は眠るだけという状態かもしれない。
 想像が当たっているように見えて、美穂の様子は余計にぎこちなくなる。

「早くそこに座って相手をしなさい」
「相手?」

 そこ、と言われて美穂は眉を顰めた。

 座って相手をするとはどういうこと?!

 グレンが目で示したのはテーブルを挟んでグレンの向かい側の椅子だ。何故、そんな離れた場所に座って相手をしろというのか、理解できなかった。美穂は娼婦だ。娼婦が相手をするということは密着しなくてはできないことだろう。
 それとも、自慰を見せろということなのかと、内心、首を捻りながら指定された席に着く。

「ハンデとして、先攻と私の駒を五つ減らして上げましょう」
「え? ベルグですか?」
「何を勘違いしているのか知りませんが、ベルグ以外にあなたに何の用があると?」
「いえ。ベルグならいいです!! ベルグしたいです!!」
「そう思うなら、ギイやジャック相手に練習を重ねなさい。ただでさえ、あなたは弱いのですから、ハンデで減らされる駒を一つでも減らす努力をしてくれなくては、張り合いがありません」

 執事や庭師の名前を出されて、美穂は驚いた。確かに彼らは自由時間や休憩時間にベルグをしている姿をよく見かける。

「ギイさんたちともやっているんですか?」

 思わず口を吐いた美穂の質問をグレンは鼻で笑った。

「当たり前でしょう? それ以外に誰とベルグを楽しめと? この屋敷の使用人以外はわざと私を勝たせようとしますからね。そんな必要があるなら、宰相なんかやっていませんよ」
「え?」
「毎日毎日宰相にすらなれない輩が飽きもせず下らない妨害ばかりしてきて、退屈なんですよ。馬鹿の一つおぼえで似たり寄ったりのことばかりしてきて、挙句に他国の宰相の掌で踊らされて断罪される。馬鹿なんでしょうか? 馬鹿なんでしょうね。まだ青臭い狼の坊やのほうがマシです」

 愚痴を零されても、グレンの感覚がまったく理解できない美穂はただ聞いているしかない。

 官僚や領主が横領や違法行為に手を染めて施政の進行を妨げたり、治安悪化に一役買っていることは、立件や処罰で余計な仕事を増やす妨害行為だとグレンは認識していた。他の国の宰相も自国の官僚や領主の腐敗を同様に妨害行為だと認識している。やりたいことがやりたくて宰相になったというのに、現実にはそれを実現する力と引き換えに私欲に塗れた官僚と領主にお灸を据えて、国を運営するという厄介な仕事をこなさなければいけないのだ。
 そこで宰相たちは自国では国が滅ぶ要因として処理し、他国では冗長させて大規模な戦争や自国への侵略の機会を潰していた。
 それ故に宰相は最恐の狐族と呼ばれる。狡猾で血も涙もない恐ろしい狐族だと。

 辛辣な毒を吐くグレンを見て、美穂が宰相の役割に気付くはずもないが。

「坊やのように動機が惚れた女性を手に入れたいなどと可愛いものなら、いいんですがね。馬鹿ばかりでむしゃくしゃした気分の時はベルグで紛らわすに限ります。ですから、あなたもベルグの腕を磨きなさい」
「えええ?!!」
「主人が楽しめるよう、ベルグの腕を磨くのは使用人の義務です」
「義務って、仕事じゃないんですか?!」
「あなたの仕事は別にあります。仕事の時は声をかけますから、それまでベルグで強くなりなさい」

 依然として仕事内容は告げられず、待機を命じられた美穂の心中は重い。

 何故、仕事内容を言ってくれないのか?
 どうして、言えないのか?
 美穂がする仕事は簡単には説明できない内容なのか?

 心の中を表すように返事も重くなる。

「・・・はい」

 そんな美穂の心境に気付いていないのか、グレンは目を瞑ってやれやれと言いたげに首を振りながら言った。

「住み込みで働く使用人は最低限でもベルグができなくてはいけませんからね」

 美穂が娼館にいた頃、ベルグをしているのは用心棒ぐらいでしか見たことがなかったが、この屋敷ではメイドですら当たり前の光景だった。彼女らベルグをしていたのは、これが理由だったようだ。
 ベルグ狂いの主人に振り回されているこの屋敷の使用人の一人になってしまったのだと、美穂は仕事内容の不安より雇い主への呆れが勝って遠い目になった。
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