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「・・・・・・」

 ノーマンは硬い表情で自分を見るディアを責めたりはしなかった。父親に疎まれ、このような離れに住まわされているディアが、一方的に知っていただけの自分にすぐに心を開けるはずがない、とわかっているからである。

「いきなり何も知らない人物を信じろと言われても無理な話かもしれませんが、信じられるかどうか、これからの私を見て判断してください。一緒に暮らすのですから、私の言ったことが嘘か本当かよくわかるはず」
「・・・!」

 言われて、ディアは思い出した。信じられなくても、彼と結婚しなくてはいけないことに。
 更に、一緒に暮らすのは今日からだ。
 修道院なら明日の出発が、ノーマンの求婚(・・)によって一日繰り上げられたのだ。
 行動原理も、どんなことを隠しているかわからない初対面の男と暮らす。それを考えただけで、足場が崩れたような錯覚をおぼえた。
 嫌われていることがわかっているなら、身構えるだけの心の準備ができる。
 しかし、ノーマンは貴族だ。口では歓迎しているように見えて、その実は違うということもあり得る。
 とはいえ、求婚の許しを得に来たことを信じられるかどうかを判定する時間など今はなく、ノーマンと暮らしながら考えるしかないのも、事実だ。

「ただ、すぐに、というわけにはいきません。お恥ずかしい話ですが、今日は求婚の許しを貰いに来たので、まだ貴女を迎えられる準備ができていないのです」
「準備?」
「単身者用の部屋なのです。ほとんど寝に帰るだけの部屋なので、二人では狭すぎます。新しい部屋は求婚が許されてから、二人で探せばいいと思っていたので、しばらくは宿に滞在してもらわなければいけません」

 望まれていようが、いまいが、部屋の問題ですぐには同居できない、と聞いて、ディアは安堵の息を吐いた。ノーマンからの提案で、奇しくも同居するまでに婚約期間の代替の彼に慣れる期間ができたからだ。
 遠方の顔を知らない相手との結婚でも結婚式の数日前に到着して、互いに慣れる期間を作るのだ。初対面の相手、それも夫?婚約者?と、いきなり同居して寝室が一緒など、あり得ない。
 同居できる部屋が見つかるまで、別々に暮らすと言われて、ディアに一つのアイデアが浮かんだ。

「宿ではなく、別のところに滞在してもよろしいでしょうか? 余計な出費になりますし」
「と言うと?」
「懇意にしている孤児院がありますので、一緒に暮らすまでは、そちらに住み込みでお手伝いをさせていただきたいのです」

 宿屋で手持無沙汰にしているよりも、孤児院で修道女たちの手伝いをしているほうがよっぽど有意義である。
 それに、どんな理由で結婚するにせよ、同居に関しては父親が全面的に悪い。ディアを一日も早く屋敷の敷地内から追い出す為に、ノーマンに同居の準備をする時間を与えなかったのだ。地味で人気のない壁の花を妻にするだけでなく、無駄なお金まで使わせてはノーマンに悪いとディアは思った。
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