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 無言で喜んでいるノーマンの様子を見て、恋人と言われて喜んでいるのだろうか、とディアは思った。
 本人から求婚の許しを得に来たと言われても信じきれなかったが、今の彼の様子を見ていると信じられそうだった。

 しかし、それよりも今のディアにとって子どもたちにノーマンをどう説明するか、そちらのほうが重要である。
 変な誤解をされては困る。
 恋人でもないのに恋人だと思われては、非常に困る。
 孤児院の子どもたちでも恋人同士がどういうものなのかは知っている。街中で彼らを見たことがあるだろうし、そういうことをディアたちに求めてくるかもしれない。
 恋人同士の楽し気な談笑など、ノーマンにはできても、ディアには無理である。元婚約者にエスコートされていた時ですら社交の笑みを浮かべていたディアには、表情が引き攣った笑みにならないようにするのが精々だろう。

 結婚を前提に同居するとはいえ、恋人とは言えない。
 むしろ、既に結婚?してる?状態なのだろうか?
 結婚を名目にバートラム家の屋敷から追い出されて、同居するはずが、同居できない今の状態は婚約状態と考えていいのではないか。結婚の手続きすら、まだされていないはずだ。

 婚約者。

 改めてノーマンをそういうふうに捉えると、ディアは恥ずかしくて顔から火が出そうだった。自称とはいえ求婚者で、元婚約者と違って好意を抱いていると明言している婚約者だ。
 ディアは熱くなった頬に手を当てて冷やしながら、口を開いた。

「こ、この人は・・・――」
「ねーねー。こいびとって、ほんとー?」
「ディアねえちゃん、かおまっか」
「らぶらぶー。ひゅーひゅー」

 子どもたちに囃し立てられ、ディアはますます恥ずかしくなって説明できる状態ではなくなった。
 代わりにノーマンが口を開く。

「俺(・)はノーマン・ブレストウィッチ。今日、結婚を申し込んだばかりなんだ。あまり急かせて振られてしまうかもしれないから、そっとしておいてくれないか」

 ノーマン本人としては求婚の許しを得に来ただけでも、実質的は結婚したも同然である。
 平民の感覚からすれば、求婚している時点で恋人以上なのだが、ディアが即断していないデリケートな状態であることは変わらない。

「あー」

 リタに訳知り顔で頷かれた。何に思い当たって頷いたのか、謎だ。

「おとこはかねだって、かあちゃんいってたぞ」

 ジョンも訳知り顔で頷いて、アドバイスしてきた。

「やさしくしなきゃだめだよ。やさしくないおとこのひとはきらわれるから」

 マリーはノーマンの求婚が上手くいくようにアドバイスしてきた。
 三人ともディアの幸せを願っているようだが、今日会ったばかりのノーマンとの仲をここまで応援されて、ディアは説明しなくてよくなっても、言葉が出なかった。
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