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「ジョン。余計な口出ししたら、馬に蹴られますよ。――私はシスター・ブレアと申します、騎士様」

 困り果てているディアに助け舟を出したのは、運び入れられる家具を置く場所とディアの部屋の用意をして待っていた孤児院の修道女の一人、シスター・ブレアだった。

「ノーマン・ブレストウィッチです」
「でも、シスター・ブレア。ないよりはあったほうがいいって。な?」

 ノーマンの挨拶と言い返すジョンが被った。

 ジョンに同意を求められたノーマンは曖昧な笑みを浮かべた。騎士の爵位しか持っていない彼は領地からの収入源がなく、騎士としての収入しかない。役職に就いていなくても収入が平民としては裕福といえる額を貰っているが、剣などの装備も自前で揃える必要がある為、使用人を雇う余裕などない。
 それでも、ディアを養える自信はある。
 しかし、離れの様子やトランク一つとシーツに包めるほどしかディアの持ち物がなかったことから、彼女に伯爵家の令嬢らしいものを買い与えたいと思っていたので、同意したい気持ちはあった。娘に譲れる宝飾品だけでなく、できれば着る機会が少ない夜会用のドレスも季節ごとに何着か。

 義妹からのお下がりのドレスを古着屋に売っていたディアでも、ノーマンの懐事情などわからなかったので、彼の浮かべた笑みは質問を受け流そうとしたのだと思った。

「ジョン! ブレストウィッチ様、すみません。幼い子どもの言うことですから、お許しください」

 ディアよりも世情に詳しいシスター・ブレアが取り成した。ジョンの言い方では、役職付きの騎士になってディアに楽をさせてやれ、と言っているも同然だった。

「許すも許さないもありませんから、お気になさらないでください」

 子どもたち相手に素で話していたノーマンはシスター・ブレアには礼儀正しい騎士のような振る舞いをする。

「それよりも、急なお願いをしてしまって大丈夫でしょうか? ご迷惑なら宿をとりますが」
「いえいえ。ディア様はこの修道院の一員と言っても過言ではありません。子どもたちとは仲が良くて、ここを出た子もディア様に会いにくることもあるのですよ。おもてなしはできませんが、滞在していただけるなら、喜んでお引き受けいたします」
「ありがとうございます」

 シスター・ブレアとノーマンの間で話はまとまったようだが、孤児院の厄介になると言い出したディアはここに来て不安が出てきた。

「シスター・ブレア。でも、本当にご迷惑になりませんか?」
「ディア様が食事作りを手伝ってくださるなら、迷惑どころか大歓迎ですよ。みんな、ディア様が好きなので、嫌いな野菜が入っていても、残さず食べてくれるわ」

 子どもたちが好き嫌いなく食事をしてくれるという理由を付けてディアが泊まることを受け入れてくれるシスター・ブレアに、ディアは嬉しくも申し訳ない気持ちになった。好き嫌いのある子は、ディアが作ったからといって食べてはくれない。その子が食べられるように野菜の切り方を変えたり、宥めすかして食べさせたりしただけだ。
 そんな実情を知らないノーマンは言葉通りに受け取っているだろう。
 本当はディアはそんなすごい料理の腕前などなければ、狂信的に好かれているわけではないというのに。

 ノーマンが碧い目を輝かせているのを、目の端で見てしまったディアは誤解されていることに複雑な気分になった。
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