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一章
2,監禁0日目
しおりを挟む『お兄ちゃん早く起きないと』
深い海に沈んでいるような浮遊感のある体と脳にアメリアの声が遠くで響く。
まだはっきりしない意識の中でもかなり深く眠っていたのが分かる。それほど昨日は疲れていたのだろう。
いつも通り朝に弱い自分を起こすアメリアの声に、
"早く起きないとアルベルト様の世話係としての仕事をしなければ"と体を動かそうとするが思うようにいかない。
それどころか、ずっとこのまま海に沈んでいたいと思うほど気怠い。
"そんな事より早く起きないと"
朝起きて支度して制服を着たら、すぐアルベルトのもとへ行ってなんて事ない会話をしながら体調を伺う。
必要であれば医者を呼び、そうじゃなければアルベルト専用図書を持ってきてオススメ本を紹介したりする。
昨晩読んだ本はどうだろうか?お気に召すだろうか?ワクワクしながらオススメする本を楽しそうに読んでくれるアルベルトを想像する。
俺にしか出来ない仕事。俺が今貴方に出来る事。
だるい体に鞭を打ち瞼を無理やりこじ開けると、ぼんやりと視界が色づき始めた。
まだはっきりとしない、モヤのかかった視界からベッドの上で横向きになっていることが分かる。
少し薄暗いような気もする。
"まだ日が登る前?"
ヂャリ。手を動かすと、すれた金属音と冷たい感触にん?と違和感を覚えた後思わぬ光景に一気に目が覚めた。
「は?」
思わず出た第一声はそんな声だったと思う。横向きで寝ている視界に映ったのは手錠で拘束された手首。
左右の手首には重い金属でできた手枷が嵌められていて、そこから伸びる鎖はそれぞれベッドヘッドに伸びている。
なんで?ここは子爵邸のはず。もしかして何か粗相を起こしたのだろうか?あらゆる考えを巡らすが、昨日はあのまま寝ただけで本当に心当たりがない。
横向きの視界の中で少なくとも自室ではないようだ。かと言って懲罰房でもない。
とりあえず、体をゆっくり起こしてみることにしたレイニール。幸い鎖は少し長めのようで、立ち上がることは出来ないものの、体を起き上がらすことはギリギリ出来る。
"げっ…足にもついてる"
引っ張られる感覚に、かけられた布団をはぐると手首同様足にも左右それぞれ枷がつけられていた。枷から伸びる鎖はベッド先に繋がれている為足を曲げることが出来ず伸ばしたままベッド上で座る。
「何なんだよ…」
参ったように小さく呟き狼狽える。周りを見渡すと、窓が一つもなく薬品の匂いがほのかに香る至ってシンプルな部屋。
今座っているベッドと薬棚、本棚、キャスター付きテーブルだけのシンプルさがまた歪感を表していて思わず顔が引き攣る。
汚れ一つない真っ白い床に真っ白い壁。鏡、時計すらない部屋に1人訳分からずいる状況を感じれば感じるほど焦りと不安が募る。それに加え真向かいにある唯一の出入り口であろう重たそうな厳重な金属扉が更に不安を煽ってくる。
「は?何この包帯」
部屋からなんとなく自分に目を向けると全身に包帯が巻かれていてギョッとした。特に左側に関しては手の甲から左肩までグルグルに巻かれていて、巻き方の関係で腹のあたりまである。
ズボンから除く足さえも包帯が巻かれている。シャツは羽織っているだけで、体の大部分は包帯で隠れているような身なり。
"怪我…にしては痛くないし"
昨日の今日でこんな包帯だらけで益々意味が分からない。寝ている間に子爵邸が何者かに襲われ、怪我を負って治療受けたと考えるのが妥当だろう。では、なぜ手枷足枷が必要なのか。いくら考えても出ない答えに頭を悩ませる。
ふと横にあるサイドテーブルに目を向けると冷め切ったトレイに入った食事に、医療具。見た所病院…ではなさそうだけど…
ガッシャンッ!!
急な大きな音に心臓が跳ね上がる。驚きのあまり肩をビクッとさせ金属扉に目を向けると、そこには呆然と立っている白衣の男がいた。
男の足下には金属のトレイやら包帯、注射、錠剤、などが転がっているが気づかないといった様子で視線はレイニールに釘付けだ。
「誰だ?」
「……」
その男はこちらの問いには答えずただ目を見開いたままレイニールを見続けている。
まるで亡霊を見たような驚き様に"そんなに驚くことはないんじゃないか?"と不信に思うレイニール。
何にも言わず自分を見続ける男と目を合わせるのも変だし、そんなに見られては目のやり場に困ると男をマジマジと観察し始めた。
20代ぐらいと言ったところだろう。コバルトブルーのような髪色は少し長めのウルフ。瞳はレイニールと同じ黒色。スラっと伸びたスタイルの良い身長はシワのない白衣と合っていた。
それらの特徴を照らし合わせて記憶を探しても答えは'初めて会う知らない人'
「ここはどこで、お前は誰だ?」
「…へ? あ、え? あ、ごめん。聞いてなかった」
2回目の問いにハッとしたのか、初めて落下物に気づいて恥ずかしそうに笑いながら「やっちゃった」と慌てて拾い始める。
そんな様子に思わず警戒心が緩みそうになるのをグッと堪えて、威嚇ともとれるような低い声を出す。
「お前は医者か?」
「えっ……」
「もしかして、僕のこと覚えてない?」
しゃがんで道具を拾っていた手をピタリと止め、医療具からレイニールの方に目を向ける。見上げるように顔を上げた男の顔には驚きと困惑の色が混じっていた。
まるで今まであったことあるような質問に、自分が忘れているだけで勝手に警戒心を持っただけなのではと思い始めたレイニール。
もしかして新しく来た変わり者だという医者だろうか?いや、違う。一目見たことあるがあれは金髪だった。
あれこれ考えてるうちに、肯定ともとれる無言のレイニールにホッとしたのか男は嬉しそうに安堵した笑みを浮かべた。
「そうか…なら良かった。本当に良かった」
それの意味がわからなくて眉を顰める。
良かった?何が良いのか?
覚えてなくて良かった、とはどういうことだろうか。
普通知っているやつに「お前は誰だ」と言われれば少しぐらい怒るものだろう。それをこいつは「良かった」と言ったのだ。
"間違いない。この男は何かを知っている"
意味深な言動に嫌な汗がレイニールの首をつたう。警戒したまま目を離さないでいるレイニールを気にも止めず物を拾いながら質問に答えていく。
「僕はヴィンセント、医者だよ。君だけの医者。怖がる必要はないよ。ある理由で大怪我をした君をここで治療する為に連れてきただけだから」
「…証拠は?」
「ははっ。面白いことを言うね。医者に証拠を出せなんて」
当たり前だ。こんな訳も分からず拘束され意味もなく閉じ込められているのだから。信じろだという方が馬鹿げている。
「そうだなー…」
拾った医療具を手に持ち立ち上がると、レイニールの方に近づく男。その男は初対面の相手に向けるものではない穏やで優しい表情をしている。それがまた不気味で身構える。
ベッド上で手枷の制限ギリギリまで後退り、必死に怯えを隠すレイニールに容赦なく手を伸ばす男。
「これ、僕が治療したんだよ。絶対何があっても外さないで」
トン、トン。と肩に巻かれてる包帯を指す。怪訝そうに顔を見るレイニールとなんてことないように微笑む男と視線が交わる。
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