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流れゆく風
⑤
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「おやぁ?彼は寝てしまったんだ?」
突然の声は、部屋の中だった。
扉の開閉音は聞いていない。窓は閉まったままだ。外からは開かない。
部屋の中には、寝ている恭と、傍で見ている青海、それから少し離れた場所の机に向かっている圭吾の三人のはずだ。
「精霊、ですか?」
静かに問いかけたのは、寝ている恭のすぐ傍に立っていた青海。
「ピンポーン。彼、負のオーラと出会ったら、ヤバそうだったからさ。主人が見に行って来い、ってね。あれ、この場合の見るは、診るかなぁ?それとも看る?」
いささかテンションの高い声の精霊は、部屋のど真ん中に出現した。
「な、なっ!!」
驚いている圭吾を見て、現れた精霊は笑う。
「主人が言ってたとおりじゃん。超能力者の方が、正のオーラが強いから、大丈夫だろうって言ってたんだよねぇ。負の感情に引きずられない人間って珍しー。これなら、負のオーラの残骸追っ払えて良いねぇ。龍神君もいることだしぃ。取り越し苦労?あ、でもでも、俺守り役やれって言われてるんだよねぇ。必要なくても使ってくれない?じゃないと主人恐いしさぁ」
一方的にしゃべる精霊の声で、現実に引き戻された恭が、ベッドの上で半身を起こした。
「恭、大丈夫ですか?」
とりあえず、精霊は放っておいて、青海は恭の顔色を覗き込みながら問いかける。
「あー、うん。大丈夫。あれ、何?」
青海に寝起きの言葉足らずな返事をしながら、恭は部屋の中の精霊を指差す。
「アレって、ひどいなぁ。俺に名前、付けてくれない?」
恭の前までひょこっと動き、青海と同じように恭を覗き込む精霊。
「主人はいるのではないのか?」
答えたのは、姿勢を戻した青海だ。上から見下ろすように、精霊を見ている。
悪意が無いとわかっているから、青海は精霊を部屋から追い出しはしない。
「いるんだけどさぁ。いや、違うなぁ。俺が勝手に主人って、呼んでるだけだから。体よく追っ払われちゃったんだよねぇ。行くとこないしぃ。主人が心配だから見に行け、ついでに守りについて来い。って言ったからさ。あ、俺の主人って、あの黒髪の教師ね。俺主人の名前呼ぶ権利なくてさ。で。まぁそう言われたから、それを主人からの最初で最後の命令としようって思ってさぁ。俺、役に立つよぉ?」
つまり、あの黒髪教師の押し掛け式だった精霊らしい。
そして今度は、恭の元に押し掛けようというのだ。
「戻れば?」
恭は一言告げる。
「あ、冷たーい。俺戻ってもきっと式にはしてもらえないしぃ。今の世の中、誰かの式になってた方が、生きやすいんだって。俺みたいなのはさぁ。あんたあの人よりは弱いけど、結構強いしぃ。龍神君がついちゃうくらいだしぃ。ね、名前頂戴?」
何とか恭を説得しようとしているのか。精霊は可愛く小首を傾げて恭を見る。
最初に青海が対応したのは、恭が寝ぼけて安易に名前を与えないようにした為だ。
「名前もらうと、式になれるのか?」
問いかけたのは圭吾。
やっと部屋に突如現れた精霊のショックから、抜け出せたらしい。
「あぁ、名前は一番短い呪だから。それで縛る。縛られたら式に下るしかなくなる、って感じだな」
ぼんやりしながらも、恭は圭吾の問いに答えた。
力がなければ、名前を付けても縛れないから、その精霊は式には下らず逃げる。精霊よりも力の強い者が、名前という呪を用いて縛るから、精霊は式になるのだ。
が、そこまで長い説明を、圭吾に出来るだけの気力が、今の恭にはない。
「どうすんの?」
精霊を差して問う圭吾に、
「あぁ。雷葵。これで良いだろ」
簡単に恭は名前を出し、精霊に与えた。
ぼんやりしている恭を見ていると、しっかり考えた上での判断とも思えないのだが。
「え?マジ?やった!やったぁ!!ねぇねぇ、どんな字?どんな字書くの?」
「恭、良いのですか?」
「へぇ、恭の式になるのか」
精霊は最初に現れた時の長丁舌からわかるように、漢字を気にしている。そして、名前をもらえたことに、無邪気に喜んでいた。
青海は心配そうに恭を覗き込み、本当に考えていますか?と問いかける。
圭吾は呑気に、喜んでいる精霊を見ていた。これから、コイツも加わるのか、と。
圭吾は霊能力者と式の関係を、しっかりと把握しているわけではない。ただ、青海のような存在が、一人増えるんだな、と理解しただけだ。青海は、正確には式ではないから、少し違うのだが。
「大丈夫だ。考えなしで名前を与えた訳じゃない。雷葵は、雷に葵と書く。お前雷を操るだろ?なら龍神のあおとも相性が良い。葵は単に俺の好きな漢字だ。これで良いだろ。俺は寝る。騒ぐな」
青海と精霊の質問に同時に答えて、恭はまたベッドに沈んだ。
後には喜ぶ精霊と、恭を心配している圭吾と青海が残される。
「これからよろしくぅー。やっと主人持ちになれたしぃ。頑張るからさぁ」
青海に向かって言う雷葵に、青海は渋々頷いている。
「ねぇねぇねぇ、超能力者さんのお名前はぁ?呼びにくいよね?俺は雷葵ってもらったしぃ。教えてよー」
無邪気に精霊は圭吾に問いかける。
精霊に免疫の無い圭吾は、驚いて戸惑い、青海を見る。
「主人以外の人間に、興味を持たなくて良い」
青海はそっけなく、冷たく答える。
主人の恭に関しては、青海も圭吾も『恭』と呼んでいるので、それが名前だと認識しているのだろう。雷葵が気にしたのは、圭吾の名前だけだ。
「えええー。でもさ、でもさっ。龍神君は違うじゃん」
むくれている雷葵。青海が、圭吾の名を知っていると、わかっているのだ。
「雷葵、うるさい」
布団の中から、恭の声が雷葵にかかる。
「ごめんごめん。ねぇねぇねぇ、一つだけ。主人の友人の名前、聞いて良い?」
雷葵は、長く主人を持てずに来た。主人の名前は、軽々しく呼んではいけないと思っている。
寝ている恭に声をかける雷葵に、
「少し黙っていないと、外に放り出しますよ」
青海の冷たい声がかかる。
「あお、外出しといて」
恭の方は、さらに素っ気なかった。
「わぁー、ちょっと待った。ちょっと待って!わかった。黙ってるから。ね、ここに居て良い?」
初めて主人が出来て、浮かれていることを雷葵も自覚している。
だから、このままここにいたい、と。静かにするから、と。
恭からは返事をもらえなかったが。
「仕方ないですね」
代わりに、自分より各上で、ずっと主人について来ただろう青海からの言葉を、雷葵は聞いた。
新たに精霊を加えた、恭と圭吾の学園生活は、もう少しで始まる。
突然の声は、部屋の中だった。
扉の開閉音は聞いていない。窓は閉まったままだ。外からは開かない。
部屋の中には、寝ている恭と、傍で見ている青海、それから少し離れた場所の机に向かっている圭吾の三人のはずだ。
「精霊、ですか?」
静かに問いかけたのは、寝ている恭のすぐ傍に立っていた青海。
「ピンポーン。彼、負のオーラと出会ったら、ヤバそうだったからさ。主人が見に行って来い、ってね。あれ、この場合の見るは、診るかなぁ?それとも看る?」
いささかテンションの高い声の精霊は、部屋のど真ん中に出現した。
「な、なっ!!」
驚いている圭吾を見て、現れた精霊は笑う。
「主人が言ってたとおりじゃん。超能力者の方が、正のオーラが強いから、大丈夫だろうって言ってたんだよねぇ。負の感情に引きずられない人間って珍しー。これなら、負のオーラの残骸追っ払えて良いねぇ。龍神君もいることだしぃ。取り越し苦労?あ、でもでも、俺守り役やれって言われてるんだよねぇ。必要なくても使ってくれない?じゃないと主人恐いしさぁ」
一方的にしゃべる精霊の声で、現実に引き戻された恭が、ベッドの上で半身を起こした。
「恭、大丈夫ですか?」
とりあえず、精霊は放っておいて、青海は恭の顔色を覗き込みながら問いかける。
「あー、うん。大丈夫。あれ、何?」
青海に寝起きの言葉足らずな返事をしながら、恭は部屋の中の精霊を指差す。
「アレって、ひどいなぁ。俺に名前、付けてくれない?」
恭の前までひょこっと動き、青海と同じように恭を覗き込む精霊。
「主人はいるのではないのか?」
答えたのは、姿勢を戻した青海だ。上から見下ろすように、精霊を見ている。
悪意が無いとわかっているから、青海は精霊を部屋から追い出しはしない。
「いるんだけどさぁ。いや、違うなぁ。俺が勝手に主人って、呼んでるだけだから。体よく追っ払われちゃったんだよねぇ。行くとこないしぃ。主人が心配だから見に行け、ついでに守りについて来い。って言ったからさ。あ、俺の主人って、あの黒髪の教師ね。俺主人の名前呼ぶ権利なくてさ。で。まぁそう言われたから、それを主人からの最初で最後の命令としようって思ってさぁ。俺、役に立つよぉ?」
つまり、あの黒髪教師の押し掛け式だった精霊らしい。
そして今度は、恭の元に押し掛けようというのだ。
「戻れば?」
恭は一言告げる。
「あ、冷たーい。俺戻ってもきっと式にはしてもらえないしぃ。今の世の中、誰かの式になってた方が、生きやすいんだって。俺みたいなのはさぁ。あんたあの人よりは弱いけど、結構強いしぃ。龍神君がついちゃうくらいだしぃ。ね、名前頂戴?」
何とか恭を説得しようとしているのか。精霊は可愛く小首を傾げて恭を見る。
最初に青海が対応したのは、恭が寝ぼけて安易に名前を与えないようにした為だ。
「名前もらうと、式になれるのか?」
問いかけたのは圭吾。
やっと部屋に突如現れた精霊のショックから、抜け出せたらしい。
「あぁ、名前は一番短い呪だから。それで縛る。縛られたら式に下るしかなくなる、って感じだな」
ぼんやりしながらも、恭は圭吾の問いに答えた。
力がなければ、名前を付けても縛れないから、その精霊は式には下らず逃げる。精霊よりも力の強い者が、名前という呪を用いて縛るから、精霊は式になるのだ。
が、そこまで長い説明を、圭吾に出来るだけの気力が、今の恭にはない。
「どうすんの?」
精霊を差して問う圭吾に、
「あぁ。雷葵。これで良いだろ」
簡単に恭は名前を出し、精霊に与えた。
ぼんやりしている恭を見ていると、しっかり考えた上での判断とも思えないのだが。
「え?マジ?やった!やったぁ!!ねぇねぇ、どんな字?どんな字書くの?」
「恭、良いのですか?」
「へぇ、恭の式になるのか」
精霊は最初に現れた時の長丁舌からわかるように、漢字を気にしている。そして、名前をもらえたことに、無邪気に喜んでいた。
青海は心配そうに恭を覗き込み、本当に考えていますか?と問いかける。
圭吾は呑気に、喜んでいる精霊を見ていた。これから、コイツも加わるのか、と。
圭吾は霊能力者と式の関係を、しっかりと把握しているわけではない。ただ、青海のような存在が、一人増えるんだな、と理解しただけだ。青海は、正確には式ではないから、少し違うのだが。
「大丈夫だ。考えなしで名前を与えた訳じゃない。雷葵は、雷に葵と書く。お前雷を操るだろ?なら龍神のあおとも相性が良い。葵は単に俺の好きな漢字だ。これで良いだろ。俺は寝る。騒ぐな」
青海と精霊の質問に同時に答えて、恭はまたベッドに沈んだ。
後には喜ぶ精霊と、恭を心配している圭吾と青海が残される。
「これからよろしくぅー。やっと主人持ちになれたしぃ。頑張るからさぁ」
青海に向かって言う雷葵に、青海は渋々頷いている。
「ねぇねぇねぇ、超能力者さんのお名前はぁ?呼びにくいよね?俺は雷葵ってもらったしぃ。教えてよー」
無邪気に精霊は圭吾に問いかける。
精霊に免疫の無い圭吾は、驚いて戸惑い、青海を見る。
「主人以外の人間に、興味を持たなくて良い」
青海はそっけなく、冷たく答える。
主人の恭に関しては、青海も圭吾も『恭』と呼んでいるので、それが名前だと認識しているのだろう。雷葵が気にしたのは、圭吾の名前だけだ。
「えええー。でもさ、でもさっ。龍神君は違うじゃん」
むくれている雷葵。青海が、圭吾の名を知っていると、わかっているのだ。
「雷葵、うるさい」
布団の中から、恭の声が雷葵にかかる。
「ごめんごめん。ねぇねぇねぇ、一つだけ。主人の友人の名前、聞いて良い?」
雷葵は、長く主人を持てずに来た。主人の名前は、軽々しく呼んではいけないと思っている。
寝ている恭に声をかける雷葵に、
「少し黙っていないと、外に放り出しますよ」
青海の冷たい声がかかる。
「あお、外出しといて」
恭の方は、さらに素っ気なかった。
「わぁー、ちょっと待った。ちょっと待って!わかった。黙ってるから。ね、ここに居て良い?」
初めて主人が出来て、浮かれていることを雷葵も自覚している。
だから、このままここにいたい、と。静かにするから、と。
恭からは返事をもらえなかったが。
「仕方ないですね」
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