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灯火の朱(あか) 暗闇の焔(ほむら)
⑤
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「ふあー、眠い」
あくびをしながら、圭吾は朝食を取るべく食堂に向かっている。
昨日のごたつきなど無かったかのように、のんびりとした朝だった。
しっかり寝ていても、朝というのは眠いのだ。
隣を歩いている恭は静かだ。
恭と圭吾の二人を起こしたのは青海で、朝はもはや彼が起こすことが日課になってしまっている。恭も朝には弱いのだ。
「眠い」
ボソリと恭も呟いている。目はしっかり開いているようでも、瞬きを繰り返しているから、何とか起きようとしているのだろう。
「何食べる?」
圭吾は食券販売機の前で、恭に問いかける。
「洋食の軽いの」
「なら、サンドウィッチとかだな。飲み物はいつもどおりのコーヒーで良いのか?」
圭吾の方が、まだしっかりと起きているようだ。
恭は圭吾に頷いて答える。
「先席取っといて」
圭吾は、食堂まで歩く間にはっきりと目を覚ます。が、恭はまだまだ眠さが抜けてない。ので、そんな彼に食事を運ばせれば落としかねないと思った圭吾により、朝の食事は圭吾が恭を甲斐甲斐しく世話することに落ち着いている。
あんな調子で、家に居た時はどうしていたんだ。と圭吾はいつも思ってしまう。が、そこで青海を思い出し、あぁそういえば彼も世話をよくしていた、と。
「いただきます」
圭吾の朝ご飯は和風である。神社の人間だから、恭は和食だと圭吾は勝手に思っていたが、恭は洋食を好む。曰く「家ではいつも和食なんだから、外では洋食が食べたい」だそうだ。まぁ、食べ続けてたら洋食も飽きて、和食も食べると思うのだが。圭吾はどちらでも良いので、その日の気分で決めている。
圭吾の挨拶に合わせて、手は合わせてはいたものの、恭の声は小さすぎて聞き取れなかった。
食事は黙々と食べる。恭も食べ終わる頃には、しっかりと目を覚ましているので、わざわざ圭吾は話しかけなかった。
ガシャン
「恭?」
寝ぼけて倒したのか、と圭吾は恭を見る。
青ざめた表情で、恭はどこかを見ていた。
倒れたコップはそのままに。中に入っていた水が、テーブルの上を汚している。
「どうした?」
恭の見ている物は何かと、圭吾は振り返る。
居たのは、一人の男。
生徒ではない。教師でもないはずだ。あんな男は居なかったと、圭吾は記憶を探る。
≪涼汰郎、やっと見つけた≫
聞こえた声は、低く響いた。
※
「っ!」
中条は感じた気配に息を飲んだ。
「正、飛ぶから」
一緒にいたラミュエールの空間移動。
こんな力を持っていたのか、と中条は思いながら。今はそこを追究する時ではない。
「先生!」
「ええ、男子寮の方ですね。急ぎましょう」
忍は朝に来てくれた教師と共にいた。
二人して感じた昨日の気配。急がなければ。
本来なら、男子寮には入れないが、そんなことを言っている場合ではない。
(私が見付け出す前に、見付けられてしまったということ?)
忍は走りながら考えた。
あの精霊が、どうして魔物になってしまったかは、わからない。それでも、アレは、人に害をなす存在と今はなっている。
(止めなきゃ。もう、二度と失いたくはない)
(……何を?失うの?……)
※
「離れなさい」
凛とした声は、青海だった。
圭吾の前に青海は現れて、ソレを近付かせないように牽制している。
≪お前には関係ない≫
「関係ない?いいえ、関係は有りますよ。あなたは私の前代の守龍」
茫然としている圭吾を置いて、青海とソレは話す。
恭は青ざめた表情のまま、何かを言いかけては止めるということを繰り返していた。
≪私が守龍?お前が次代の守龍ならば、何故私が魔に染まり、何故私は暗闇に留め置かれたか、知っているのか?≫
「あなたは忘れたと言うのですか?」
青海の声は冷たい。
普段聞き慣れた穏やかな声ではなかった。
中条とラミュエールは、瞬時にその場に立っていた。けれど、彼ら二人のやり取りを邪魔することなく、見守っていた。
「思ったんだけど、龍神がいるから俺たちはいらなかったかな」
ラミュエールは特に緊張することなく、ことの成り行きを見届けるつもりだろう。
「何か有った場合には、私たちは必要でしょう」
静かに中条も返事を返した。
≪長い時間、思考もせずに何もせずに居すぎた。私が覚えているのは、涼汰郎の魂だけ≫
「彼はもう、あなたの庇護した主人ではありません。去りなさい」
「待て、待って……知ってる。俺はあいつを知ってる」
青海を止めるように、恭が言葉を発した。
「恭?」
圭吾が心配そうに、顔色の悪い恭を見る。
「忘れたというなら、教えてやる。お前が魔に染まったのは、守らなきゃいけない人間を殺したからだ」
恭は圭吾には答えず、魔物に向かって言葉を発する。
「知ってた。俺の力は母さんの巫女の力も受け継いでるから、だから子どもの頃に夢を見た。お前のことも知ってる。でも、なんでここに居るかは知らない。ただわかるのは、お前が魔に染まったのは、その時の俺の母親と、俺自身を……殺したからだ」
絞り出すような、恭の声。
≪私が……涼汰郎を……ころした……≫
忘れていたからだろう。魔物は瞠目した。
「もう俺は、涼汰郎じゃない。俺を身ごもった時に夢を見た母が、それに近い名前を付けたけど。涼汰郎という名の全てを聞き取れなかったから、少し違う名前になったって言ってた。もう、違うんだ。魂は一緒かもしれないけど」
とんでもない事実を、恭は語る。
「魂は一緒。でも、もう別人だ。お前がここに居る理由は無いだろう」
声が、食堂に入る場から。普段は男子寮では聞かない女性の声。
そちらを見た恭は、驚きに目を見開く。
「聞いてたよ。どうしてあの精霊が、魔に染まったか。やっとわかった。思い出した。私が失いたくないと思ったのは、君のことだったんだ。君のことを、あの時守れなかったから、だから……今回は守りたいと強く願ったんだ」
入学式の時は、見落としていた。生徒会長として、彼女は壇上に上がったはずだったけど。
それでもこと有る度に生徒会長を見ていたから、桐生忍が昔の自分の母だと気付いていた恭。
≪おまえは……あの時の……≫
「気付かなかったんだね。私が涼汰郎の母だったと。でも、涼汰郎を探してたお前にとって、私はきっと涼汰郎に一番近い魂だったんだろう。だから私の元に現れた」
違うか?と忍。
≪あぁ、一番違い魂だった、だからお前に会いに行った≫
静かに肯定した魔物。
「彼がこの場にいたのは、私の家の先祖が、彼をここに呪縛したからですよ」
さらに別の声。この学校の教頭。
「彼は魔に染まり、私の先祖に呪縛され、結界内に閉じ込められた。この学校の結界は、元は彼を外に出さない為のもの。だから、悪しきモノは出入りできない。彼はここから出ることが叶わなかった。彼が目覚めたのはきっと彼が求めていた存在が、この結界内に入って来たから、でしょうね。目覚めなければ、そのままだったのですが」
さて、どうしましょうと、教頭は静かに言う。
本来なら、滅せなければならない存在。それでも、過去彼を滅せずにただ呪縛だけにしていたのは、彼が守龍であったから。神であったから。
≪私を消す、か?≫
涼汰郎に会えた。どうして自分がこうなってしまったか、理由がわかった。
ならば、愛する者の手で消されたい。それなら、自分を納得させられる。
元より愛した者に危害を加えるつもりは無かった。彼かと思って会いに行った相手が違ったから、手をかけてしまっただけで。誰かを殺したいとは思ってないのだ。
だから問いは、涼汰郎に向かって。
彼以外に殺されることは納得出来ない。
あくびをしながら、圭吾は朝食を取るべく食堂に向かっている。
昨日のごたつきなど無かったかのように、のんびりとした朝だった。
しっかり寝ていても、朝というのは眠いのだ。
隣を歩いている恭は静かだ。
恭と圭吾の二人を起こしたのは青海で、朝はもはや彼が起こすことが日課になってしまっている。恭も朝には弱いのだ。
「眠い」
ボソリと恭も呟いている。目はしっかり開いているようでも、瞬きを繰り返しているから、何とか起きようとしているのだろう。
「何食べる?」
圭吾は食券販売機の前で、恭に問いかける。
「洋食の軽いの」
「なら、サンドウィッチとかだな。飲み物はいつもどおりのコーヒーで良いのか?」
圭吾の方が、まだしっかりと起きているようだ。
恭は圭吾に頷いて答える。
「先席取っといて」
圭吾は、食堂まで歩く間にはっきりと目を覚ます。が、恭はまだまだ眠さが抜けてない。ので、そんな彼に食事を運ばせれば落としかねないと思った圭吾により、朝の食事は圭吾が恭を甲斐甲斐しく世話することに落ち着いている。
あんな調子で、家に居た時はどうしていたんだ。と圭吾はいつも思ってしまう。が、そこで青海を思い出し、あぁそういえば彼も世話をよくしていた、と。
「いただきます」
圭吾の朝ご飯は和風である。神社の人間だから、恭は和食だと圭吾は勝手に思っていたが、恭は洋食を好む。曰く「家ではいつも和食なんだから、外では洋食が食べたい」だそうだ。まぁ、食べ続けてたら洋食も飽きて、和食も食べると思うのだが。圭吾はどちらでも良いので、その日の気分で決めている。
圭吾の挨拶に合わせて、手は合わせてはいたものの、恭の声は小さすぎて聞き取れなかった。
食事は黙々と食べる。恭も食べ終わる頃には、しっかりと目を覚ましているので、わざわざ圭吾は話しかけなかった。
ガシャン
「恭?」
寝ぼけて倒したのか、と圭吾は恭を見る。
青ざめた表情で、恭はどこかを見ていた。
倒れたコップはそのままに。中に入っていた水が、テーブルの上を汚している。
「どうした?」
恭の見ている物は何かと、圭吾は振り返る。
居たのは、一人の男。
生徒ではない。教師でもないはずだ。あんな男は居なかったと、圭吾は記憶を探る。
≪涼汰郎、やっと見つけた≫
聞こえた声は、低く響いた。
※
「っ!」
中条は感じた気配に息を飲んだ。
「正、飛ぶから」
一緒にいたラミュエールの空間移動。
こんな力を持っていたのか、と中条は思いながら。今はそこを追究する時ではない。
「先生!」
「ええ、男子寮の方ですね。急ぎましょう」
忍は朝に来てくれた教師と共にいた。
二人して感じた昨日の気配。急がなければ。
本来なら、男子寮には入れないが、そんなことを言っている場合ではない。
(私が見付け出す前に、見付けられてしまったということ?)
忍は走りながら考えた。
あの精霊が、どうして魔物になってしまったかは、わからない。それでも、アレは、人に害をなす存在と今はなっている。
(止めなきゃ。もう、二度と失いたくはない)
(……何を?失うの?……)
※
「離れなさい」
凛とした声は、青海だった。
圭吾の前に青海は現れて、ソレを近付かせないように牽制している。
≪お前には関係ない≫
「関係ない?いいえ、関係は有りますよ。あなたは私の前代の守龍」
茫然としている圭吾を置いて、青海とソレは話す。
恭は青ざめた表情のまま、何かを言いかけては止めるということを繰り返していた。
≪私が守龍?お前が次代の守龍ならば、何故私が魔に染まり、何故私は暗闇に留め置かれたか、知っているのか?≫
「あなたは忘れたと言うのですか?」
青海の声は冷たい。
普段聞き慣れた穏やかな声ではなかった。
中条とラミュエールは、瞬時にその場に立っていた。けれど、彼ら二人のやり取りを邪魔することなく、見守っていた。
「思ったんだけど、龍神がいるから俺たちはいらなかったかな」
ラミュエールは特に緊張することなく、ことの成り行きを見届けるつもりだろう。
「何か有った場合には、私たちは必要でしょう」
静かに中条も返事を返した。
≪長い時間、思考もせずに何もせずに居すぎた。私が覚えているのは、涼汰郎の魂だけ≫
「彼はもう、あなたの庇護した主人ではありません。去りなさい」
「待て、待って……知ってる。俺はあいつを知ってる」
青海を止めるように、恭が言葉を発した。
「恭?」
圭吾が心配そうに、顔色の悪い恭を見る。
「忘れたというなら、教えてやる。お前が魔に染まったのは、守らなきゃいけない人間を殺したからだ」
恭は圭吾には答えず、魔物に向かって言葉を発する。
「知ってた。俺の力は母さんの巫女の力も受け継いでるから、だから子どもの頃に夢を見た。お前のことも知ってる。でも、なんでここに居るかは知らない。ただわかるのは、お前が魔に染まったのは、その時の俺の母親と、俺自身を……殺したからだ」
絞り出すような、恭の声。
≪私が……涼汰郎を……ころした……≫
忘れていたからだろう。魔物は瞠目した。
「もう俺は、涼汰郎じゃない。俺を身ごもった時に夢を見た母が、それに近い名前を付けたけど。涼汰郎という名の全てを聞き取れなかったから、少し違う名前になったって言ってた。もう、違うんだ。魂は一緒かもしれないけど」
とんでもない事実を、恭は語る。
「魂は一緒。でも、もう別人だ。お前がここに居る理由は無いだろう」
声が、食堂に入る場から。普段は男子寮では聞かない女性の声。
そちらを見た恭は、驚きに目を見開く。
「聞いてたよ。どうしてあの精霊が、魔に染まったか。やっとわかった。思い出した。私が失いたくないと思ったのは、君のことだったんだ。君のことを、あの時守れなかったから、だから……今回は守りたいと強く願ったんだ」
入学式の時は、見落としていた。生徒会長として、彼女は壇上に上がったはずだったけど。
それでもこと有る度に生徒会長を見ていたから、桐生忍が昔の自分の母だと気付いていた恭。
≪おまえは……あの時の……≫
「気付かなかったんだね。私が涼汰郎の母だったと。でも、涼汰郎を探してたお前にとって、私はきっと涼汰郎に一番近い魂だったんだろう。だから私の元に現れた」
違うか?と忍。
≪あぁ、一番違い魂だった、だからお前に会いに行った≫
静かに肯定した魔物。
「彼がこの場にいたのは、私の家の先祖が、彼をここに呪縛したからですよ」
さらに別の声。この学校の教頭。
「彼は魔に染まり、私の先祖に呪縛され、結界内に閉じ込められた。この学校の結界は、元は彼を外に出さない為のもの。だから、悪しきモノは出入りできない。彼はここから出ることが叶わなかった。彼が目覚めたのはきっと彼が求めていた存在が、この結界内に入って来たから、でしょうね。目覚めなければ、そのままだったのですが」
さて、どうしましょうと、教頭は静かに言う。
本来なら、滅せなければならない存在。それでも、過去彼を滅せずにただ呪縛だけにしていたのは、彼が守龍であったから。神であったから。
≪私を消す、か?≫
涼汰郎に会えた。どうして自分がこうなってしまったか、理由がわかった。
ならば、愛する者の手で消されたい。それなら、自分を納得させられる。
元より愛した者に危害を加えるつもりは無かった。彼かと思って会いに行った相手が違ったから、手をかけてしまっただけで。誰かを殺したいとは思ってないのだ。
だから問いは、涼汰郎に向かって。
彼以外に殺されることは納得出来ない。
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