心霊現象相談事務所

藤野 朔夜

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春、出会い、そして……

第一章 ③

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「皆さん、お久しぶりね」
  朗らかな声で事務所に入って来たのは、中条亜希羅。
  中条家長女にして、自由奔放を地で行く人だ。
「亜希ちゃん、久しぶりすぎるだろ」
  聖は亜希羅に言う。聖と亜希羅は同い年なので、他の人よりは長く一緒にいる時間があった為か、遠慮容赦ない。
「聖君、怒んないでよ」
  亜希羅は砕けた口調は変わらず、聖へと謝るようなしぐさをする。
  今集まれるメンバーが全員事務所にいることを確認すると、亜希羅は静かに言葉を紡いだ。
「村越勇君に会ったのは?」
  亜希羅は村越勇を知っていた。
  勇の母親を、姉のように慕っていたから。
「俺です。泉林の新一年寮生として、会いました」
  少し硬い口調の秋人。
  そう、と亜希羅は笑う。もう、勇君もそんな歳なんだな、と。
「あの時も、桜の花びらが舞う季節だった。村越勇君のお母様の名前は村越沙久羅。私の名付け親であり、教育係だった人。沙久羅さんは、自分と同じ名前のこの花たちが、私の門出を祝ってくれているようだ、と言っていた」


「お姉ちゃん、どこに行くの?亜希も行く。ねぇ、お姉ちゃん、泣いてるの?」
  幼い頃の自分を思い出す。
  あの頃は、本当に小さくて、歳の離れた姉のような存在だった沙久羅の瞳が、涙で濡れているのが自分にはわかってしまった。
「ごめんね、亜希羅ちゃん。お姉ちゃん、一緒にいるって約束したのにね。遠い所へ行って、お姉ちゃんはもうここへは戻って来れなくなるの。だからね、亜希羅ちゃんを連れて行くことはできないのよ」
  小さな自分を抱きしめてくれる暖かい腕。その腕の中にいながら、泣き出してしまったその人に、自分は何もしてあげられなかった。言える言葉を見付けることが、できなかった。
「じゃあ、じゃあ、亜希ね、大きくなったらお姉ちゃんに会いに行く!そうしたら、寂しくないよ?」
  なんて約束を、あのまま家にいたら、果たせなかっただろう約束。
「ありがとう、亜希羅ちゃん……」


「村越家は、柚木家に次ぐ、第二分家でした。中条を筆頭とした陰陽師集団を作り上げたのは、先祖の方々だけど」
  静かにゆっくりと言葉を紡ぐ。
  その言葉に、正と秀は村越という名に聞き覚えがあって当然だったか、と思う。
「ただ、村越家は当時、存続の危機にあった。沙久羅さんと歳の合う人が、中条にも、柚木にもいなかったから。だから、沙久羅さんは、外へと行きました。勇君の父親の名前は、田村幸昌さん。正兄さんは、聞き覚えがあるのでは?」
  田村幸昌という陰陽師は、全てにおいて謎に包まれている。
  姿を見た事がない、というわけではない。確かにそこに存在しているのに、その存在を悟らせない。自分を見せない男だった。
「覚えています」
  紡がれた正の言葉。何故、自分は第二分家と呼ばれた村越家を忘れてしまっている?と不思議に思いながら。
「四年前に、兄さんが家督を継がないとして、家を出ました。私達ここにいる中条、柚木の面々も同じ。純君、秋人君、章君は、私たちが見つけた、偶然力を持って産まれてしまった子。だから、私たちが引き取って、力の使い方を教えた」
  当時は本当に、頭の固い爺様たちと話し合いを何度もしたけれど、平行線にしかならなかったから、正の強行突破ともいえる家を出る決断。それに皆が付いてきた。家の外へ出たことで、はじめてわかること。力を持って産まれてしまったが為に、行き場をなくしている子どもがいること。少しでも、助けられたらと、純たちを迎え入れた。
「兄さんが家を出る決断をするより前に、同じ決断をして、家を出たのが村越沙久羅さんです。彼女は、こんな時にだから出逢えたのだ、と笑っていました。一生をかけて、愛したい人に出逢えた、と」
  静かな亜希羅の声は、事務所にいる全員にいきわたる。
「村越君が、一人で泉林に来た理由は?」
  正の声も、静かである。
  衝撃的な過去の話し。
「沙久羅さんは、三年前に亡くなりました。天野義久という術者によって。多分、田村さんは姿を見せないだけで、勇君を守って来たのでしょう。泉林に来たのは、私たちと関わりが深い学校だから、田村さんの働きかけがあったのだと思います」
  天野という術者については、全員が知っている。
  何を企んでいるのかは知らないが、一度田村によって力を封印されるほど、何かをしたらしいことは、全員が知っていることだった。
「村越家について、兄さんたちがそれほど覚えていないのも仕方ないのです。沙久羅さんは、私の教育係だったのだから、私の中には残りました。家を出てから、少しの間だったけれど、再会できました。母たちから言われ続けたのは、沙久羅さんのようになるな、家を出ようなどと考えるな、ということです」
  誰かを愛するなと言われているようで辛かったあの時期。
  兄に付いて家を出る決心をしたのは、それが強かったのかもしれないな、と亜希羅は思う。
「村越家のデータが消されたのは、沙久羅さんが家を出た直後。村越の名を出すことも、沙久羅さんの名を呼ぶことさえも許されなくなった」
  なるほど、と中条や、柚木の面々は思う。
  小さな頃の出来事だ。名を出すことがなければ、忘れてしまっていてもしかたないのかもしれない、と。
  それにしても、頭の固い爺様たちは、全く何も変わろうとしないのだなと思う。
  あのまま、沙久羅さんが家にいたとしても、村越家が途絶えるだけだ。
  そして、現代に突然力を持って産まれてしまった子どもたちは、何の救いもないまま過ごすことになってしまっているのに。
  今ここに迎え入れられたのは、三人しかいない。もっと多くの子どもたちがいるはずなのに。
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