心霊現象相談事務所

藤野 朔夜

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過ぎ去る、秋

第一章 ①

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  あの電話がかかって来た時、章が考えた通りに、秀の探索に引っかかっていた。
  でも、結局はその場所には秋人はいなくて。
  またどこかへ行ってしまった。
  つかめそうで、つかめない霧のように、秋人の所在がわからないまま、夏休みは終わって行った。
  学校に、秋人の不在が不自然に見られないように、病欠ではなく、長期留学の手を打ったのは正だ。
「まだ、暑いな」
  勇がポツリと声を出した。
  新学期になって、でもまだ夏服だ。
  章はコクリと頷いただけで、言葉を発しなかった。
  ここのところ、章がしゃべらなくなった。それは、事務所のメンバー全員が感じていることで。
  でも、章の不安定さを、誰もがわかっていながら、何もできないということに、焦燥感を抱いている。
  一緒にいることの多い勇が、何とか頑張ってはみるものの、章の心は閉ざされたままだ。
「章」
  帰り道、歩きながら勇は章に呼びかける。
  けれど、章は勇を見上げただけで、言葉を発しない。
  クラスでも、しゃべらなくなっている。
  依存していたのは秋人に見えたが、章の方が依存していたのだろうことは、明白だ。
  秋人の存在がないだけで、章は物言わぬ人形のように、表情も変えない。
  不安定に、揺れる瞳だけが、章の心内を表していた。
  泣き言でも、なんでも良い。今は、章の心を表す言葉を、一つでも、章に発して欲しい。
「悲しいとか、辛いとか、苦しいとかだけでも良いから。教えてくれ」
  勇は静かに章へと語りかける。
  丁度、公園にさしかかった。静かな公園は、今はほとんど人がいない様だった。
  公園に章を連れて、勇は入る。多分、事務所に戻れば、章は何も話さない。
  木陰のベンチに腰かけて、章を隣に座らせる。何も言わずにただ、ついて来て、そこに座る章。
  勇を見る、章の瞳が揺れ動いている。
「一言じゃ、表せないのはわかってる。でも、何でも良い。何か教えてくれ」
  勇は、章を見返して懇願する。
  このままでは、章が壊れてしまいそうで。何もしないなんて、できやしない。
  ずっと、勇を見てくれていたのは、章だった。章がいたから、勇は頑張ってこれていたのだ。
  でも、章が欲しているのは、秋人の存在。わかっているけど、はがゆい。何もできないで終わるなんて、そんなことはもう勇は嫌だった。
「悲しいし、辛いし、苦しい。秋人がいないと、呼吸の仕方もわからなくなる」
  章が、小さな声で勇に答えた。
「秋人がいないと、何もわからなくなる。何もできない。僕は、どうしたら良いのか、わからない」
  一度声を発したからか、章は勇に言いつのった。
  皆に心配されているのは気付いていた。でも、どうしたら良いのかわからなかったのだ。章自身が。
  声を、言葉を発することすら、忘れていた。そう章は思う。
  教えてくれと、勇に言われて、自分が何も言っていないと、やっと気付いた。
  グッと腕を引かれて、気付いたら勇の腕の中にいた章。
「ごめん。何もしてやれなくて」
  勇が謝ってくるけれど。勇が謝ることではないのだ。
  章に言葉を発することを、思い出させてくれたのは勇なのだから。
「違う。僕こそごめん。何も言わなかったら、何もできなくて当たり前だよ」
  勇の腕の中にいるまま、章は言葉を発した。
  久しぶりに、声を出す喉が、少し痛んだ。でも、そんなことは言っていられない。章が、言葉を発しなかったから、誰も何もできなくて当たり前なのだ。自分が殻に閉じこもっていたから、誰も何もできなかった。だから、謝るべきは自分の方だと、章は思った。
「僕は、本当に秋人に依存してた。小さい頃から一緒にいて、ずっと一緒だって約束して。秋人はずっと僕を守ってくれてた。なのに、僕は、秋人を、守れなかった……」
  最後は、嗚咽交じりになって、勇には聞き取りにくかっただろう。そう思うのに、勇は抱き締めてくれる腕を強くしただけで、章を離さなかった。
  暖かな腕の中。秋人以外で、こんな風に抱き締められるのは、初めてだった。
「まだ、間に合う。手遅れじゃ、ない」
  勇の声が、章の心を揺さぶる。
  そうだ、終わってない。僕は秋人の声を聞いている。だから、終わってない。
「言葉は、大切なんだろ?守れなかった、なんて後ろ向きなこと、言っちゃ駄目だ。まだ、終わってない」
  言霊。章は言葉を大切にする理由に、それがあるのだと、教わっていたのに。
  勇に気付かされた。泣いている場合じゃない。
  勇だって、ずっと鍛錬をしてて。鍛錬場に集まる人数が多いことを、章は知っているのに。
  誰も、あきらめてなんかいない。
「秋人さんを、取り返そう」
  勇が、いつかの正の言葉をなぞるように、章に言う。
  立ち止まっているのは、自分だけだった。
  いつだって、情報収集を怠らない秀たち。鍛錬を怠らない勇たち。
  自分は、一体何をしていた?章は考える。ただ、茫然と、彼らを見ていた。
  見ていた、だけだ。
「僕は、何もしてなかった。僕だけが、立ち止まってた。これじゃ、駄目だね」
  そう章は勇に言うと、久しぶりの笑顔を見せた。
「秋人を、必ず取り返す」
  そう強く言う章に、勇は頷いて答えた。
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