心霊現象相談事務所

藤野 朔夜

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冬、訪れた変貌

第二章 ①

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「秋人!!」
  呼んだのは、誰だったか。
  車は道の端に停車した。
  街灯の下、彼は立っていた。
  でも、その表情は、ついぞ見た事のない、不気味な笑顔。
  纏っている気配も、秋人のものとは、違う。
「誰?」
  声を発したのは、章だった。
「お前は秋人じゃない!どうして、秋人の姿で……!」
  声を荒げる章も、初めて見る姿かもしれない。
  たしかに皆、秋人がいるのだと思ったのだ。だから、車を停車させた聖。
  車から出た、全員。
  でも誰もが、秋人じゃないと気付くのに、時間はかからなかった。
「くくく、あははは。この姿は、正真正銘、橘秋人の体だよ」
  面白そうに、彼は笑う。
  それでもこの体に、攻撃を加えるのかい、と。
「秋人の体だと?」
  聖の目付きが鋭くなっている。
  高校生たちを守るように、一歩前に出た聖。
「僕はね、天野義久。聞いたことがあるはずだ。なにせ、橘秋人本人も、知っていたからね。この器は気に入っているんだ。こんなにも、僕の力が溢れているんだから」
  面白うに、楽しそうに、彼は声を発する。
  声は、秋人だ。でも、全く別人。
「器だと……」
  聖はうなるように声を出す。
  この、空気の原因は彼だ。気付いているだろう事務所の面々も、いづれここに来るだろう。
「天野……」
  言葉を無くしているかのような、純の声。
  章と勇は、茫然としている。
「なかなか、現実をわからない人たちが多いみたいだねぇ。でも、現実だよ。間違えようない現実だ」
  章と勇を面白そうに、彼は見ている。
  聖と純にも、面白そうな視線を向けた。
「くくく。今日は顔合わせだけ。何をする気もないさ。でも、知っておかなきゃいけないだろう。僕は結構親切なんだよ」
  そう言って、踵を返す彼。
「待って、待って。秋人は……秋人はどうなったの?」
  章は追いすがるように、声を出した。
「知ったって、どうすることもできないだろうけどねぇ。知りたいなら。教えてあげるよ。橘秋人の精神は、もう僕の中で封印されているよ。あぁ、でも、この状況は、見ているかもね。ははははは。橘秋人は、どうなるんだろうねぁ」
  楽しくて仕方がないというように彼は、夜に落ちて行く闇の中へと消えて行った。
  茫然と、残された四人。
「秋人さんが、天野……?」
  呟いた、勇の声。
  現実だと、彼は言った。言うだけ言って、去って行った彼の姿は、もう見えない。
「秋人は、もう取り返せないの……?」
「いいえ」
  呟いた章にかかった声は、事務所から来た正のもの。
  多分、途中からだっただろうが、彼らも見ていたのだろう。
  崩れ落ちそうになった、章を力強く支えたのは、太一の腕だった。
「あきらめて、どうする」
  強い声。
「秋人の魂は、死んでいない。なら、」
「可能性はあるわね」
  秀の言葉を引き継いだのは、亜希羅。
  即否定した正と同じように、中条の誰も、絶望はしていない。
  太一の、迷いのない目が、章を見据えている。
「太一、そのまま章を車に乗せてやってくれ」
  聖の声が、太一にかかり、太一は頷いて章を軽々と抱き上げて車に乗せる。
  力の抜けてしまっている章は、されるままである。
「純、勇。二人も聖の車で戻ってきなさい」
  茫然としたままの二人に、正の声がかかる。
  言葉を理解し、頷いた二人は、震える体を叱咤するように、聖の車に乗り込んだ。
  車の中、沈鬱な空気が支配している。
「まだ、あきらめるな」
  空気を打ち破って声を発したのは太一だ。
「正さんたちは、誰もあきらめてない。俺たちがあきらめて、どうする」
  さきほども、章に向けて言った彼の言葉。
  車内の全員に、また行き届く。
「そう、だな。ここで絶望をみせて、あきらめたら、相手の思うつぼだ」
  聖がハンドルを握りながら、力強い肯定をする。
  震えて俯いていた純が、顔を上げた。
「器、と言ってました。秋人君は、その為に連れて行かれた……」
  何の為に、秋人を連れ去ったのか。その疑問は解けた。
  けれど、疑問は解消されても、秋人を救う術は、わからない。
「今の俺では、秋人さんをどうしたら取り戻せるか、わからない。でも、聖さんたちは、何か知っていますか?」
  俯いたまま、勇が言葉を発する。
  自分よりも長く、力を使って来た人たち。力を教えてくれたのは、彼らだ。だから……。
「俺には、残念ながら。わからない。だが……」
「亜希さんが、可能性があると言った。それを信じる」
  聖が勇に答えた。その後を太一が、亜希羅の言った言葉を口にする。
  放心したままの、章は何も言葉を発しなかった。聞こえてもいないかもしれない。何も見てもいないかもしれない。


  勇が章の荷物も持ち、章は純と太一に支えられたまま、事務所に戻って来た。
「秀は?」
  一人、姿のない事務所。聖が疑問を口にした。
  力の抜け切っている章は、本当は休ませてあげたい。
  でも、それでも、彼をそのまま事務所に連れてきたのには、それなりの理由がある。
  このまま、絶望の淵に突き落とされたままに、してはおけない。
「自分の部屋よ。多分、今は誰も話しかけられないわ」
  亜希羅の返答。
  純と勇が不思議そうにしている。
「秀は秀で、出来ることをする為に、こもりました。私たちも、出来ることをしましょうか」
  正は静かに言う。
「できること……」
  今は、何ができることなのか、わからない。
  純も勇も、不思議なまま。
「一つは、決して天野に屈しないこと」
  亜希羅が話し始める。
「秋人君の体だけど、今は天野が支配している状態ね。だから、あの男は自分の身は守るはずよ。そうそう簡単に、器なんて見付かる物じゃないもの。だから、抵抗しなさい。屈することは、秋人君を信じていないことになるわ」
「秋人を、傷付けてでも、抵抗しろって事ですか?!」
  章の思いもよらない大きな声。
  亜希羅も正も怯まなかった。
「そうです。我々が傷付けば、秋人が傷付くんですよ。章、秋人は奥深くに封印されながらも、きっと見ている。抵抗もなく、我々が屈すれば、秋人本人が傷付くんです。体の傷は、天野が負うべき傷。けれど、心の傷は、秋人が負うのです。わかりますか?」
  章は目を見開いた。
  自分たちが傷付けば、秋人が、傷つく。
  けれど、自分たちが秋人を攻撃対象とするならば……。
「言ったはずよ。あの男は自分の身は、守らなければならないのだと。そうそう秋人君の体は傷付かないわ」
  亜希羅の言葉に、純はハッとする。
「こっちの動きを封じれる、良い器を手に入れたとでも思ったのだろうが、誤算だろうな。天野は秋人の体を、自らを守るように守らなけりゃならない。こっちは、攻撃を容赦する必要が、どこにもない」
  聖も、亜希羅の言いたいことを、察知した。
  勇も同じく、理由をわかる。章は、俯いたまま、右手を固く握っていた。
  わかるのだ。言っていることはわかるのだけれど。章自身が秋人を、攻撃対象にできる気がしない。
「二つ目は、秀君を見ても、秀君が何をしても、驚かないこと」
「多分、しばらくは時間が必要でしょう。今はこちらも時間稼ぎがしたい」
  亜希羅の言葉に、誰もが疑問を浮かべる。正はわかっているように、補足をしたが、疑問しか湧かない。
「何を、するんですか?」
  静かな勇の問い。
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