心霊現象相談事務所

藤野 朔夜

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冬、訪れた変貌

第二章 ②

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「秀君の、能力の一つよ。他人に寄生した他の魂を、切り離す」
  亜希羅の言葉に、聖や太一の瞳さえ、見開かれる。
「天野が、秋人の体を使っているということ。秋人を器と言ったこと。つまり、天野は精神体だけのモノです。その形で、入れ物を見付け、自らの体とする。今回選ばれたのは、秋人でしたが。前の体もきっとそのように、選んでいたのでしょう」
  正の言葉に、亜希羅が頷く。
「秀君が言っていたから、たしかなことよ。いつから生きているのかは、断定できない。でも、天野は精神体だけのモノだ。とね」
  見るだけで相手を知るのは、秀くらいだ。
  だから、正は最初に会った時は気付かなかった。
  けれど、秋人の姿をした天野を見て、秀が言ったことだった。
「秀君は言ったでしょう。秋人君の魂は死んではいないと。だから、可能性はあるのよ」
  器にされた人間の、魂が死んでいるのなら、それはもうただの骸にしかならない。でも、秀はしっかりと「死んでない」と言い切った。
  切り離すことさえできれば、秋人を取り返せるのだと。
「可能、なんですか?」
  章の、すがる目が、亜希羅を見る。
  誰もが、すがりたい思いだろう。だが、章のそれは、切実だ。
  秋人がいない時間、もうこれ以上は耐えられないのだ、と。
「可能にする為に、秀は今、我々と距離を置いています。部屋にも誰も近付けません。久しく使っていない力を、引き出すことになります。秀の負担は、かなり大きい。秀を信じてくれますか?」
  弟の、強大な力。一族の誰も持ち得なかった力の為に、親にさえも疎まれてしまった弟。
  その力を、霊安寺で封印した。
  その封印を自らの手で、解こうとしている。
  秀にも葛藤が、きっとある。この先のことで、不安もある。自分が力を解放することで、周りへの影響力の大きさを、秀はきっと愁いている。
  それでも、秋人の為に、自分ができることがある。と正に告げた秀。亜希羅も、その力については知らなかった。
  事務所に戻るまで、無言だった三人。
  帰り着いて、秀が口を開いた。
「秋人を救える。その為に、俺は自分の力の封印を解く。今のままでは、救えないから。だから……」
  言葉を濁した秀の気持ちを、正も亜希羅もわかっている。
  弟に頼るしか術を見付けられない自分たちが、正も亜希羅も辛かった。
  亜希羅が、さきほどの天野を見て、可能性があると言ったのは、自分たちの力で天野をなんとか切り離せるのではないか、という考えからだ。
  ただ、無理矢理切り離せば、精神が傷付く。それを正も亜希羅も考えて、一番良い方法を考えようと、帰り道無言だったのだ。
  けれど弟は、それは俺ができることだ、と言い切った。その為に、力を解放する、と。
  弟が、口を噤んでいた理由が、二人にはわかった。葛藤、していたのだろう。
  それでも、仲間を救う、と言い切った。
  ドンッ
  大きくビルが揺れた。
「何だ?」
  慌てた聖の声。
「心配いらないわ。秀君の力の片鱗。少しだけ、外に漏れただけだから」
  亜希羅が、心配そうに上階を見上げるように、上を向いた。
  自分が力を解放する為に、結界を張って欲しいと、秀に頼まれた正と亜希羅。
  秀自身も結界を張っていたから、三重以上に結界が張ってある。
  それなのに、漏れた力。
「聖や太一は、高校生になってからの秀にしか、会っていませんでしたね」
  正が、静かに思い出すように言う。
  家では、一人隔離されたように、過ごしていた弟。霊安寺にいた日数の方が長い。
「多分、この力を制御するのに、まだ少し時間がかかるわ。だから、こちらも時間稼ぎが、必要なのよ」
  亜希羅が静かに話す。
「だから、お願い。秀君を、信じて」
  正や亜希羅が思うのは、弟の心が壊れてしまわないか、という不安。
  やっと、仲間を信じ、受け入れ始めた弟が、決意した力の解放。仲間を救いたいという思い。
  力を解放した秀に向けられる視線によっては、その思いを遂げた後、秀の心は変わってきてしまう。仲間を救えても、弟を失ってしまいはしないか。
「信じます」
  正と亜希羅の不安など吹き飛ばすかのように、ハッキリキッパリ言い切ったのは、章だった。
「秀さんは、僕に色々と教えてくれました。しゃべらない僕にも、話しかけていてくれてて。昔僕が、何を見て怯えているのか、明確に教えてくれたのは、秀さんで。ソレがどういうものか、しっかりと僕にわかるように、教えてくれた。僕は、秀さんの力を、知っていました。ずっとずっと、封印されているのを、知っていました」
  章の感知能力の、すごいところだろう。封印されていた力にさえ、気付いていた。
  秋人を救ってくれるから、信じるのではない。最初から、秀の力を知っていたから、だから信じるのだと、章は言った。
  ポロポロと、亜希羅の瞳から、涙が流れた。
「ありがとう、章君。秀君の力を知ってても、傍にいてくれて」
  秀の力を知って、拒絶した親を、自分たち兄弟が拒絶して、秀をあの家という檻の中から出した。
  亜希羅は章を抱き締めていた。
「秋人は秀の力を知らなかった。だから、天野の狂気は、ここで断ち切ります」
  弟の決意を無駄にはしたくない。だから、正はそう宣言した。
「秀さんの元の力っていうのは、わかんないけどさ。俺だって秀さんを信じるよ」
  太一が言ったことをきっかけに。聖が、純が、勇が、頷いた。
  どこか、陰鬱な空気は消え去っていた。
  章も、亜希羅も笑っている。
「亜希ちゃん、泣きすぎ」
  からかうような、聖の言葉に、亜希羅はムッとした。
「仕方ないじゃない、あの子は親にさえ疎まれて。だから、あなたたちにさえ会わせてもらってなかったのよ」
  兄弟さえ会える時間は短かったのだ。従兄弟には一切会わせていなかった。
「あぁ、ごめん。秀の存在を、俺はずっと知らなかったからな。けど、俺たちはそんな家のしきたりだとかしがらみだとかから、解放される為に出て来たんだろ。秀の力は、すごいと思いはするが、それを疎むことはない」
  何の為に、家を出たんだ、と聖は言う。
  正の思惑は、そこもあるのだ。だから、そんなことを不安に思うことではない、そう言い切る。
「そうね。そうだったわ。さぁ、秋人君奪還に向けて、動くわよ」
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