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《幕間12》染めたい(2)ひかり視点

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 見慣れた住宅街の景色を見ながら、タクシーは家の近所の福本工房の前で停車した。
 未だに手は繋がれたままで、逃げることもできずに文太郎に続いて工房に足を踏み入れる。

 倉庫のような工房は、染色をするための設備が整っており、二階は組紐を組むための作業部屋がある。
 ふわりと鼻につく、独特な植物染料の香り。幼い頃からずっと嗅いできた、懐かしい香りがした。

「文ちゃん、作品って……」
「…………ひぃちゃん」

 工房の奥の開けた空間で、文太郎はひかりと向き合った。

「すごく身勝手ってわかってる。なんでって、今更って言われることも承知してる。だけどひぃちゃんが他の男の恋人になるなんて嫌だ。どうしても嫌だ」
「……」

 そう話し始めた文太郎の目尻には、涙が浮かんでいて。見たことのない文太郎の弱々しい表情にドクンと鼓動が高まっていく。

「小さい頃からひぃちゃんが近くにいて、それが当たり前だった。これからもずっとそうだと何故かそう思ってた。そんなわけないのに……」

 両手を取られて、指を絡ませる。職人の文太郎の手は常に乾燥しがちだが、今日は特にカサついていた。

「だって文ちゃんは私のことタイプでもなんでもないし、好きでもないでしょ。身体ですら、拒否するくらいなんだから……」
「違う! クリスマスイヴのときは、ひぃちゃんの大事な初めてを、あんな理由でしたら駄目だと思ったんだ。世界一可愛いひぃちゃんを蔑ろにするようなことは、絶対にしたくなかったから」

 ひかりにとっては行為を拒否されたことのほうが、邪険にされた気分になるのだが、文太郎の言葉の続きが聞きたくて今は言葉を呑み込んだ。

「ひぃちゃんに顔も見たくないって言われて、会いにも行けなくて。あんなに好きだった組紐にも、なんか身が入らなくて……。ひぃちゃんがそばにいてくれないから……」

 ぐっと強く手を握られる。痛いくらいの強さが、これが現実なのだと知らしめさせられた。
 はぁと息をついて、言葉を続ける。

「わかった、もういいよ。仲直りしよう。私も忘れるから、文ちゃんも忘れて。それでいいでしょう?」

 もう思わせぶりな言葉を聞きたくなかった。やっと一歩踏み出せそうだったのに、ここで揺さぶられて、突き落とされては自分を保っていられなくなってしまう。

「忘れない。忘れないよ。ひぃちゃんとの思い出は大切だから」
「――もう黙って!」

 いい加減にしてほしい。この人は何度ひかりを有頂天にさせて、その度に地獄へ落とすのか。もう流石に悪気がないだけで許される範疇を超えている。

 ――聞きたくない。もう、傷つきたくない。文ちゃんなんていやだ。……なのに、それなのに、死ぬほど嬉しいと思っている自分がいて、それがまた悔しい。

 心臓が破裂しそうに痛い。

「文ちゃんのこと、大好きだけど、それ以上に大嫌いだよ。もう、ほんと、きらい……」

 振るならちゃんと振って。曖昧な言葉とか、慰めの言葉は要らないから。
 でないとひかりはいつまでも文太郎に囚われたままだ。
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