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コーヒーとクッキー(修哉視点)(7)
しおりを挟む愛からもらったダンベルクッキーと筋肉クッキーには、思わず笑って感動してしまった。
ウェブデザイナーなのに、菓子の絵を描くことまで上手だとは思っていなかった。
食べてしまうのをもったいなくも思いつつも、せっかく愛が作ってくれたのだからと口に運ぶ。
クッキーをラッピングしてあったリボンには、『ハワイアンコーヒー専門店YUAI』の文字が印字されていた。
すぐにスマホで検索すると、都心から電車で一時間ほどの郊外にある、小さな店のようだ。
「……行ってみるか」
なにか、愛との距離が縮まるきっかけになるかもしれない。修哉は次の休みの日、早速朝から電車に乗った。
古い建物が目立つ、下町の駅。そのすぐ近くにコーヒーショップはあった。
「いらっしゃいませ」
扉を開けた瞬間、コーヒーの香ばしい香りに包まれる。
「コーヒーを一つ、お願いします」
「店内でお召し上がりですか?」
「はい」
五つしかないカウンター席の最奥の席へ案内される。
店主の女性は四、五十代くらいだろうか。柔らかい垂れ目が印象的な優しそうな人だ。
「あの、失礼ですが……雪原さんってご存知ですか?」
「あら、雪原は私です。どこかでお会いしたことありましたか?」
「あの、俺、愛さんの知り合いで……」
「まぁ!」
手際よくコーヒーをドリップしながら、店主が頬をほころばせる。
「先日アイシングクッキーをいただいて。この店名が書いてあったので思わず来てしまいました」
「この前の筋肉クッキーの人ね!」
店主は体格の良い修哉の体をチラリと見遣る。楽しそうに会話しながらも、止まらず手を動かしている。
「お待たせしました」
修哉の前に、コーヒーカップとナッツが練り込まれているクッキーが置かれた。
チリンと軽快な音色が鳴った。
「おはようございます」
「おはようございます、隆義さん! いつもの、用意してありますのですぐに出しますね」
「ありがとう」
明らかに店主の声が高くなった。あらかじめ準備してあった、テイクアウト用のカップにコーヒーを注ぎ、手渡している。
「今日も一日頑張ってくださいね」
「あぁ。唯子さんの顔を見れて、元気が出たよ」
「ふふふっ、私もです」
ピンクのハートマークが飛び交っていそうな会話が繰り広げられている。
じっと見ているのは失礼な気がして、修哉は視線を逸らして、ハワイアンコーヒーの味に集中することにした。
あれが、愛ちゃんのお母さんか。
愛が母は恋愛至上主義と言っていたけれど、まさにそれだった。先ほどの男性はおそらく伴侶ではなく恋人なのだろう。
男性が店からいなくなると、店主はコーヒー豆を機械にかけ始めた。
愛が結婚を嫌がる理由──自分の母が恋愛する姿を見て嫌になったのだろうか?
……考えてみてもわからない。そんな繊細な話は聞けない。悔しいけれど、そこまでの話ができるほどの関係性ではないから。
帰る、か。
二つあったクッキーを食べ、残りのコーヒーを飲み干す。甘いクッキーと、苦味の少ないハワイアンコーヒーはよく合っていて、後味にバニラの香りが残る。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
そう挨拶をして、上着を手に取り立ち上がった。
「愛のこと、よろしくお願いしますね」
「え……っ」
急に愛の名前が出て、思わず足を止める。
「あの子、私のせいでしっかりしすぎるくらい、しっかり者だから。もしよかったら、たまに甘やかせてあげてくださいね」
娘を想う、優しい母の顔を浮かべている。
ただの修哉の思い込みかもしれないが、愛の母は愛が結婚しない理由が自分にあるのだと、自覚しているような気がした。
「はい、もちろんです」
修哉も柔く笑みを浮かべて、小さな店を出た。
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