因縁の仲の騎士公爵との超絶不本意な結婚【R18】

鶴れり

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序章 偉大なる父の遺志(1)

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 大理石が敷き詰められた高級感のある建物の中は、調度品やカーテンに至るまですべて白で統一されており清潔感がある。
 王都一の医療施設であるティレット治癒院には、今日も王都じゅうからたくさんの患者が押し寄せている。

「目を診ますので少し眩しいですよー。上を向いて、次は下を向いて……。はい、次は反対の目です」

 ペールブラウンの緩くウェーブする髪を一つにまとめ、白衣を身にまとっているのは今年二十四歳になったシャーリー・エヴァンズだ。
 患部を見つめる桃花色の目は真剣そのものだけれど、目尻が垂れているからか花びらのような柔らかさを感じる。

 ティレット治癒院で院長を務めるシャーリーは、流れるような所作で患者の病状を診察していく。
 この治癒院で働く医師はシャーリーを含めて五人いるけれど、テキパキと患者を捌かなければあっという間に待合室は人で溢れかえってしまうのだ。

「これは結膜炎ですね。昨日はいつもと違うことをしましたか?」
「昨日は布の買い付けで市場へ……」
「ではおそらく埃で結膜炎を引き起こしてしまったようですね。人に移る病気ではありませんので、いつも通りに過ごしていただいていいですよ。受付で点眼薬をお渡しするので一日三回使用してください。一週間ほどで治ります」
「ああ、良かった、失明したら人生路頭に迷うところでした……。シャーリー先生に診てもらえて助かりました。さすがは元宮廷医師長の娘さんですね! ありがとうございます!」
「お大事に~」

 聞き慣れた文言をさらりとスルーして、シャーリーは次の患者を呼んだ。

 シャーリー・エヴァンズは医師家系であるエヴァンズ公爵家の娘である。
 父のホレスは元宮廷医師長で、国王陛下からステラの称号を与えられるほどの名医であった。
 国に大きく貢献した者にのみ与えられるステラは大変な名誉であり、娘としても誇らしい。けれどこうしてシャーリーの医師としての期待値が、やたらと上がってしまうのは困りものだ。

(医療の権威 エヴァンズ家の娘とはいえ、私は魔力のない落ちこぼれ女医だから)

 エヴァンズ家は回復魔法という特異な魔法を継承しており、親族全員が医療関係に従事している。兄は父のあとを継ぎ宮廷医師を務めており、母は心の医者として王国中を回っている。

 エヴァンズ公爵家が代々継いできた回復魔法は、御伽話に出てくる女神の力のような、一瞬で傷や病気を治すほどの効力はない。あくまで生命力を高め、人間が本来持っている治癒力を高めてくれるものである。
 万能な魔法ではないけれど、回復魔法を使うと使わないでは、完治までにかかる時間が大幅に異なる。
 今の魔法学において、医学の技術を最大限に高めてくれるもの──それが回復魔法だ。

 まぁ、魔力のないシャーリーには関係ない。ただの女医として地道に目の前の患者と向き合い、病気や怪我を治すために尽力するのみだ。

「先生、ありがとうございました」
「お大事にしてくださいね」

 患者を見送り、シャーリーは使用済みの医療器具を消毒液につけた。

「さすがエヴァンズの名は強いですね! エヴァンズ公爵家が出資して、娘のシャーリー先生が院長を務めるこの治癒院が繁盛しないわけないですもの」
「本当は治癒院が繁盛するのは、良くないことだけどね」

 シャーリーの助手であり、再従姉妹でもあるラナが「確かにそうですけど~」相槌を打ちながら、消毒済みの器具をせっせと片付けていく。

 エヴァンズ公爵家の遠縁であるラナ・クロウリーは子爵令嬢という身分ではあるものの、薬学に精通しており二年前からティレット治癒院で働いてくれている。

 胸元で切り揃えられた青灰色の髪に銀色の瞳をした、見た目は妖精のように可愛らしい女性だけれど、性格はサバサバとしている。仕事に対して真面目に取り組むラナの勤勉さを買って、シャーリーの助手を頼んでいた。二十歳の若さだけれど、仕事のできる優秀な助手だ。

 時計の針が正午を過ぎていることを確認して、シャーリーは白衣を脱いだ。

「あとは他のみんなに任せるわ」
「はい、かしこまりました。本日もお疲れさまでした!」
「お疲れさま」

 シャーリーの仕事は基本的に午前中のみ。あとは他の医師たちに治癒院の業務を任せて、午後は主に書類業務を行っていた。

(昨日はお父様の容態があまり良くなかったから、心配だわ……)

 すでに治癒院のそばに待機していたエヴァンズ公爵家の馬車に乗り、王都の屋敷へと向かった。

 仕事の邪魔になるからと一つに結んでいたリボンを解くと、ペールブラウンの髪がふわりと揺れた。もともと緩くカールしている髪は腰まで長さがある。ざっくりと手櫛で髪を掻き上げると、女医から一気に公爵令嬢モードに切り替わる。

(隣国ハウズで発表された論文がようやく手に入った。解剖学の天才と名高いミキール医師の、腸内細菌に関する研究論文。お父様に読み聞かせてあげたら、きっと喜ぶわ)

 現在、エヴァンズ公爵家当主のホレスは床に伏せている。長年の激務により少しずつ肺に水が溜まり、今では片方の肺が機能していない。ひと月前から話すこともできなくなっている。正直、父の命はそう長くはないだろう。

(少しでも、穏やかな最期を迎えられますように)

 ムーアクロフト王国では、貴族のほとんどが魔力持ちだ。シャーリーのように生粋の貴族で魔力を持たないのは、非常に珍しいケースである。
 しかし家族はそんなシャーリーを疎うことなく、たくさんの愛情を注いで育ててくれた。

 魔力なしでは良い縁談も望めない。回復魔法を使えなければ、医師として最高峰の地位を得ることもできない。そんな政略的にも能力的にも価値のないシャーリーを、大事に大事に育ててくれた。シャーリーの大好きな家族。

 大切な父の命が消えかかっていることは頭では理解しつつも、心臓を握りつぶされたように苦しくなる。

 今朝は痛み止めの量を増やした。そろそろ、父の体は限界かもしれない。何があっても覚悟しなければ……。

 馬車が止まり、シャーリーはぎゅっと唇を噛み締めてタラップを降りた。

「あぁ、お嬢様、よくぞお戻りになりました! 旦那様が……!」

 家令の青ざめた顔を見て、シャーリーはマナーも忘れて走って父の寝室へ向かった。
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