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第七章 君が多々良さんで、僕は
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乾いた拍手。ジャングルジムの上に座る観客は、僕の推理を全面肯定する。
風が吹いて、黒髪が、スカートが揺れても、靄は晴れることがない。
「それで、あなたは満足した?」
「いいえ、まだです」
過去の記憶がフラッシュバックする。けれど、今は思い出に浸っている時間じゃない。
彼女と、言葉のキャッチボールをする時間なのだ。
「これは、あなたを自殺させないための答えの前提。前段階です。知ることができて当たり前の事なんです」
小菊さんやマリちゃんから、だいぶヒントを貰っていた。
答えを出したのは僕だけど、彼女たちの言葉に導かれて出したものでもある。
「じゃあ、次は何を話してくれるのかしら」
「僕は、以前マリちゃんにセクハラまがいのことをした際、聞いたんです。完璧が嫌いで、人の目が嫌いな人は―――あることをすれば自殺をしないはずだと」
「それは、何?」
「僕が、『多々良さん』以外を好きになること、です。逆を言えば、多々良さんを好きになったら、彼女は自殺を選んでしまうんです」
「寝言を聞いたんじゃない?」
あの時のマリちゃんは、涙に潤ませながらもパッチリ目を開かせていた。
「結論から言いましょう」
完璧が当たり前だった彼女。
僕が多々良さん以外を好きになれば完璧ではなくなる。思い通りにはならないという。
『好き』の完璧というのは、思いが通じ合う事なのではないか、と僕は推測する。
つまり。
好きな人と、付き合う―――ということが、彼女にとっての完璧なことに当たるのではないだろうか。
僕が多々良さんを好きになってはいけない理由は。
「小椿さんは、僕のことが好きなんだ」
すでに、彼女が僕のことを好きだから。
「ねぇ、多々良さん。多々良―――小椿さん」
マリちゃんと小菊さんは、そう考えて、僕の『多々良さん』への気持ちを違う方に向けようとしていた。
小椿さんではない人を好きになって、付き合えば、多々良家の長女は、自分が完璧じゃないと考え、コンプレックスに絶望し、自殺することがない―――そう考えた。
下の名前を呼んでも、答える声はない。
「裏付ける理由も、あります。」
好きに理由はないというが、好きだからおこした行為の理由はある。
「ウサギのことから行きましょう」
シャーペンが、右目に刺された、ウサギ。
「刺したのは、小椿さんです」
それは何故か。
「あなたは、僕の反応を見たかったんだ。どんな反応をするかを―――確認したかったんだ」
小菊と三郎と帰った道のりで、僕が思ったことは概ね間違いではなかった。
小椿さんは、ウサギのぬいぐるみを最初からマリちゃんに渡すつもりがなかった。
見知らぬ男から貰ったぬいぐるみを、可愛い妹に挙げるようなお姉さんではないはずである。
もしあの場に行くことなく、小椿さんと偶然出会うこともなければ、あのウサギはしばらく無事だっただろう。
「あのウサギは疑似的な小椿さんで、僕の反応を見るための道具だったんです」
さらに言えば、ウサギでなくても良かった。クマでも、アライグマの剥製でも、何なら人体模型でもいい。
ただ、ウサギだったのは、タイミングが良かっただけだ。
小椿さんにとっては、代わりでありさえすれば良かった。
「目を刺されたウサギは、片方の目を失った疑小椿さんで、シャーペンを握る姿は、目を刺した小椿さんを表していた。顔の見えない僕が、真実をしって、本当のあなたを見るとき、どんな反応をするかを―――確認したかったんだ」
本当の自分を知られたら、どういう反応をするのか。
顔の見えない僕が、彼女の顔を見て、どういう表情をするのか。
僕のことが好きだから―――好きな人間の反応が気になる、なんて、当たり前の感情を持って、僕を試した。
風が吹いた。
気温が低くなった。少し冷たい風だった。黒髪は踊るように揺れている。
彼女は確かに生きて、その場にいるはずなのに、話さない、声を出さない。
ただ、黙って僕の言葉を聞き、僕の目を―――片目だけで見つめている。
「もう一つ、考えられる理由があります」
それは、ついさっき、彼女の言葉にダウトを付けたことに関係している。
「あなたは、この町の人の目が嫌いなはずなのに、よく、僕と外で出会いました」
高校に行くために、出歩く―――それだけじゃない。
「この町を歩くのが嫌いなはずなのに、なぜか、よく、町中で、路上で、会いましたよね」
三郎のように、ストーカーみたく、僕を付けていたのか。いや、それは、違う。
直接的すぎる森のクマさんのような人間ではない。
「あなたと会った場所は、いつも近くに、ある場所があった。僕の高校と、僕の家と、多々良さん姉妹が住んでいる家を結び合わせた三角系の真ん中に、ある場所」
夕焼け色の、場所。
「つみき公園」
この場所に行くために、この場所から帰るために、彼女は町を歩いていた。
だから、公園近くの道でよく出会った。
「つみき公園は、確かに、あなたの家からは割と近い場所にあります。けれど、あなたの高校とは正反対の方向にある」
学校と、家を往復するだけなら、僕たちは出会えるはずがないのだ。
つみき公園に向かっていたから、夕方になる前の時間に彼女とすれ違い、つみき公園から帰っていたから、あたりが薄暗くなった後で、彼女とすれ違っていた。
夕日の出る時間は、ずっと、あの公園にいたから。
「僕を、待っていてくれてたんですよね」
オレンジ色の光の中、ブランコに座って、ベンチに腰かけて、木々にもたれて、ジャングルジムに上って。
近所の小学生にバケモノなんて呼ばれるほど。
ずっと。
僕が、多々良さんを見つける日を待ってた。
「遅くなって、すいませんでした、小椿さん」
嘲笑するかのような笑い声。
「勘違いも、そこまでくると、笑うしかなくなるわよね。何を考えているの? 自惚れるのもいい加減にしてほしいわ。ダウトよ。残念だけど、あなたは答えを間違っている。私は、あなたの探している多々良じゃないわ」
「それこそ『ダウト』です」
小椿さんの言葉には、最初から嘘が織り交ぜられていることが、ようやく解ったから。自信を持って僕は言う。
「顔の見えないあなたに、何が解るって言うの」
「分かります。わかるんです」
今日までずっと、解るための理解をしてきたから。
「ずっと、今まで、小菊と、小手毬と私を、同じように見てたくせに」
声が震えているのは、気のせいじゃない。
いつか、屋上で聞いた時の様な声。
「最初から、解ってたんです。今までのは、ただの、可能性の除去です。万が一にでも、小菊さんやマリちゃんが多々良さんである可能性をがあったから―――それを考慮していたんです。多々良さんである可能性なんて、最初から―――小椿さんにしかなかったんだ」
「な、んで」
ああ、あの時と同じ声だ。言葉だ。
僕が、彼女の手を取った、あの時と。
「僕の理想としている小椿さんと、唯一口調が変わらなかったのが、あなただったから」
僕が多々良さん姉妹と過ごした三か月。
彼女たち全員に、屋上で会った多々良さんをあてはめて、夢見て、過ごしていた三か月。
ボートに乗ったあの日から、幻想は崩れて、顔以外の本来の姿が見えるようになった。
口調の違いも、分かるようになった。
それなのに―――小椿さんだけが変わっていなかった。
初めて出会った、多々良さんと。涙を流していた、あの多々良さんと。
全く同じ口調だったから。
「ただ、やっぱり、『多々良さんの理想』を押し付けたままになってる可能性、とか誰かが演技している可能性もありましたから、顔を見るまでは、解らなかったんです」
初めて僕が多々良さんと出会った時、見えた顔。
小菊さんやマリちゃんは、当てはまらなかった、悲しみに落ちていた横顔。
「見つけましたよ、多々良さん―――小椿さん」
「あなた、脳みそに消しゴムでも詰まってるんじゃないの?」
彼女の、罵声も、今は、愛しく思えてしまう。
「でも、ここで、問題が発生します。僕が多々良さんを好きだという事は、もうすでに伝えています。小椿さん、あなたに言ったのですから」
一週間ほど前に。
路上で。
「これは、気持ちが通じ合っている、完璧な状態なのではないでしょうか。であれば、あなたは、小椿さんは、屋上から、自殺してしまうでしょう」
今、この場で彼女に「今後一切、自殺以下危険行為を行いません」と言わせるのは簡単だ。頼めば口に出してくれそうだ。けれど、その後死体になって返ってくる可能性がある。
彼女のコンプレックスをどうにかしないと、問題は解決しないのだ。
なんて面倒くさい女の子なのであろうか。
いやいや、面倒くささを含めて、好きになってしまったのだ。
ウサギのこともそうだし、彼女は至って回りくどい性格だから。
「死ぬな」と一言告げても、信じないし「死んでもいいよ」と押して引く作戦を決行したところで、言葉通りに自殺を遂げてしまう。
お姫様の彼女には、お膳立てをしなければいけない。
「僕はね、多々良さんが好きなんです。小椿さんもそうですし、小菊さんも、マリちゃんも」
塔のてっぺんにいるお姫様を、降ろしてしまうためのお膳立て。
「貴方が自殺しない理由になるのであれば、僕はマリちゃんと結婚します」
「―――は?」
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