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第八章 好きです、だから。
僕を探して、多々良さん
しおりを挟む一か月たっても、彼女はどこの屋上に足を運ぶ様子はなかった。
当然、良い事である。
小菊もマリちゃんも、ほっと無い胸をなでおろし、僕にお礼を言ったのだ。
勘違いしてもらっては困るのだけど、僕は、僕のために行動をしたのであって。
決して君たちのためなんかじゃないんだからな! と叫べば、「気持ち悪い」と小菊に見舞いのリンゴを投げられる事件が起きた。
マリちゃんはただ呆れていた。
そして今は夏休み前、少し暑い日の放課後である。
―――月曜日だ。
「なんで死ななかったの、あなた」
「さあ、神様に愛されてるからかもしれませんね」
「ろくな神様じゃないことは確かね」
きっと面倒くさい性格の神様なのだろう。
左手首を思いっきり刺したつもりなのに、死ぬことはなかった。
僕が意識を手放した後、迅速かつ、丁寧な応急処置を施しながら、呼んだ救急車が来るのを待っていた神様がいるのだろう。さあ、どこの誰かは知らないけれど。
「実際、手首を本気で切るのって結構体力いるらしいですし、握力がない僕じゃ、死ぬまでに至らなかったのかもしれません」
「それは、ご愁傷様で」
全く感情が籠っていない声である。
つみき公園は僕たち以外誰もいなくて、猟奇的な会話が聞かれる危険もなかった。
木陰のあるベンチに座り、話をする。
夕焼けの、少し寂しい匂いは、しない。
まだ白い光が照っている、夏だ。
僕は彼女の方に手首を見せつけながら
「で、今日、完治したんです。喜んでください」
「そういうのは小菊か小手毬に頼んで」
「あ、その二人は既に喜んでくれました」
小椿さんの眉が少し動いた気がした。
表情を表現できないのは、顔が見えないからだ。
小椿さんの顔だけではなく、小菊さんの怒った顔も、マリちゃんの泣きそうな顔も、一度見えたはずの顔が、もう見えない。
歪んだとき、感情が歪んだ時だけしか見えない物なのかもしれない。
自分自身も原理が解っていないコンプレックス等あっていいものだろうか、と、僕が言ってしまえば「お前がいうな」と三郎にでも突っ込まれそうであるから、止めておこう。
あんな事件を起こした三郎と僕は、元気に小菊の友達をやっていた。
小椿さんは不機嫌そうにため息を吐いてから、
「完治したこと……最初に、私に言うべきなんじゃないのかしら」
と言う。
「何故?」
「長女だからよ」
あの、理由になってるんですかね、それ。
靄は、小椿さんの顔を見せてはくれない。
僕にはコンプレックスも、欠点も、欠陥も、たくさんある。
「あ、そうだ。ちょっと小椿さんに言わなくちゃいけないことがあるんです」
小椿さんは僕の方を見やる。
「コンプレックス―――僕の欠陥についての話なんですけど」
「聞き飽きたのだけど」
視力が悪い事。
髪の毛が少しくせ毛なこと。
足が男子高校生の通常より小さい事もだし。
人の顔が見えないこともそうだ
「いや、これは多分、初耳だと思います。僕、多重人格者なんです」
「―――へ?」
「あなたの前では、頑張って主人格である僕だけが出てくるようにしてましたが、いろんな僕があなたと話したがり始めて、いつ乗っ取られるかわからないので、ご報告だけ」
「な、にそれ」
コンプレックス、欠点。
欠陥とは、大体、一つではない。
「前も、飲食的な僕とか、ポロッと出てるの見ちゃいましたよね、あんな感じです。」
僕の脳には、幾人かの他人の僕が住んでいる。
これも、僕の欠陥。
「多々良三姉妹の中から僕は、小椿さん、あなたを見つけましたし、今度はあなたが、色々な僕の中から『僕』を見つける番ですね。僕の―――名前を呼んでくれる番ですよ」
なんて、お茶目に言ってみる。
飲食的な僕、理性的な僕、暴力的な僕、素直な僕、ネットスラング的な僕、快活な僕、愉快な僕、狂気的な僕、衝動的な僕、冷静な僕、真面目な僕。
その他多数のルームシェア。
「よお、多々良! 僕とは初めてだろ?」
「ちょっと、待って、僕が先に、一緒にメロンパン食べるってじゃんけんで決めたでしょ」
「ここにメロンパンなんてないけどぉお?」
「表に出てくるのは一人にすべきです、ハイ。主人格に交代します」
早速意識を乗っ取られてしまった。理性的な僕に感謝をする。
「一人ずつ出てきてくれれば、僕の方から紹介できたのだけど、ねぇ、多々良さん。」
胸は動いているから呼吸はしているはずなのだけど。
……おや、返事がない。
おーい、多々良小椿さん?
あ、はにわみたいな顔が見えた。
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