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番外編
バレンタインはすぎたけど(3)
しおりを挟む水曜日の帰り道は、自然と小菊さんとの2人で帰るーーー感じになっていたのだけれど、バレンタインの今日、小菊さんはなにかと忙しいらしく、図書委員の仕事が終わるやいなや図書室から出て言ってしまった。
次郎丸にチョコレートでもあげにいくのだろうか。
それは、もう僕のあずかり知らないところでやってくれればいい。
とにもかくにも、小菊さんからのナイフのような言葉たちによって傷つけられて、しょんぼりしながら帰宅しているというわけである。
河川敷をとぼとぼ歩いていれば、目に眩しい夕焼けが飛び込んでくる。
まばゆいオレンジ色の光が、川の水面に反射していたいくらいに綺麗だった。
夕焼けをみると、小椿さんを思いだす。
「チョコ……」
飲食的な僕が僕の口を借りて喋り始めるほどには、意気消沈して意識が遠くに行ってしまっている。
いかんいかん。多重人格の人格と同じく、気持ちも切り替えていこう。
小椿さんからのチョコレートはもらえない。
それは確定として。
プラスにかんがえてみてはどうだろうか。
生まれてから今の今まで、バレンタインと言うイベントに一切関わることのなかった僕が、小菊やマリちゃんからお菓子をもらうことができたのだ。
僕のような欠陥が、人から贈り物をしてもらえるなんて、五体投地で感謝しなければ割りに合わない。むしろ、この施しにより、生きているうちの「いいこと」が全てなくなってしまったと行っても過言ではない。
……過言だ。
僕の「いいこと」の筆頭は、小椿さんと会えたことだから。
彼女の顔に触れられて、会話して、触れて、話して。
別に、チョコレートなんかいらない。
誰のチョコレートもいらない。
小椿さんさえいればいいから。
すん、と心のかなしみが溶けてなくなった。
今日は水曜日。間違っても小椿さんに会えない。
来週の月曜日にいつもどおり小椿さんと会えるのだから。
それだけでいい。
目の前にひょっとこのお面を被る女子高生がいた。
ブレザーを着ており、体つきからして女子だとわかるからこそ、『女子生徒』だとわかる。あまりの唐突さに暗闇で見ていたら腰を抜かしてしまいそうだった。
そして、僕が敬愛する小椿さんに身長と体格がそっくりであった。
いや、まさか。
小椿さんがそんなことするわけがない。
気のせいだと思うけれど、自分の中の本能が「あれは小椿さんだから。まちがいなく小椿さんだから」と語りかけてくる。
まさか
「なんでひょっとこのお面なんですか?」
「目立ちたくないのよ」
ああ、声が小椿さんだった。
小椿さんは美少女すぎて、それが欠点だと自分で思っていた。
美しすぎて、完璧すぎて、通りすがりの人などなどからじろじろ見られる視線に耐えきれず、両目を刺そうとしたお方である。優しい姉妹たちが止めたことにより、片目ですんだけれど。
そう、そんな彼女にはきっと、常人の感性でははかれない何かがあるだろう。
ならば仕方がない。
顔を隠すためのものとして、ひょっとこのお面がとても有名だから目立たないって思ったんですね。多分ね。
小椿さんの心情を考えられる、優秀な多重人格者に育ったと思う。僕は。
「それで、一体どうしたんですか? こんなところで会うなんて、奇遇ですね。隣町の文房具屋さんでも行きますか? よろしければ一緒にーーー」
「その紙袋はなに?」
僕の問いかけには一切答えず、小椿さんは指をさした。その先には僕がもっている学生鞄ーーーと一緒に持ってる可愛らしいピンクの紙袋。
「マリちゃんから紙袋といっしょにバレンタインのプレゼントを貰ったんですよ」
「そう……その紙袋に一緒に入ってる黄色い箱は?」
「これは小菊からです」
「あと、5つくらい別の色の箱があるけれど、それは?」
「クラスの女子が、僕に義理だと言ってくれたんです」
「そう」
急速にあたりの温度が変化して行く気がした。空気が凍りついている。地面から雪女でも生えない限り、こんなことにはならない。いや、生えてきたことないけどさ。
河川敷、他に遮るものが何もない場所で、僕と小椿さんが立ちつくす。
いつもなら、もっとこう…矢継ぎ早に色々と言葉で刺されるのだけれど。
今日の小椿さんは、小椿さんじゃないみたいだ。
なにかこう、隠し事をしているような。とにかくいつも通りではない。
「あなた、甘いもの好きだったの?」
「いえ、普通ですね。あれば食べます」
「飲食的なあなたが食べるんでしょう?」
「ああ、そうですね」
多重人格である僕の中の人格の一つ『飲食的な僕』は、僕と無理やり入れ替わることがいちばんおおい人格かもしれない。
食べ物を食べている時によく入れ替わってしまう。
多重人格だとしても、胃は一つだから、入れ替わられたとて僕に不都合なことはない。お腹が空くとか、食いっぱぐれることはない。
「その、どこのだれから貰ったかわからないチョコレートや、妹たちからのギリギリ義理チョコを味わうのは、結局のところ『飲食的なあなた』なんでしょう」
「まぁ、その可能性が高いですね」
ギリギリ義理チョコってなんだ。
飲食的な僕の何に琴線が触れて入れ替わるのかはわからないけれど。こういう手作りチョコレートだのカップケーキだのは好きそうだと思うし。
「なら、飲み物はーーー?」
「小椿さん。さっきからどうしたんですか? 受験勉強で頭おかしくなりましたか?」
小椿さんは僕の一つ上の高校三年生だ。2月の今、こんなところで僕と話をしている場合の人ではない。天下の受験生のはずなのだけれど。
「推薦で大学決まってるのよバカ」
小椿さんに似合わない直接的な罵倒の言葉だった。
ごちそうさまです。
彼女の口から溢れる言葉は全て甘露のように僕を潤す。はー、これこれ。放課後のご褒美ですよ。なんて変態じみた考えは一旦捨てよう。
「昨日、推薦が決まったの」
「それはそれはおめでとうございます」
「あなた、本当にそれだけ?」
「と、申しますと?」
小椿さんがこちらをじぃっと睨んでいるような気がする。
未だ完璧な彼女。彼女が顔を見せてくれる時は、あんまりない。
それこそ、このまえの、はにわみたいな顔が最後だったかもしれない。
多々良三姉妹。区別はつくが、見えない。
未だに僕のコンプレックスは解消されない。
「私、春から大学生になるのよ」
「そうですね」
「この町から離れられるの」
それは、小椿さんにとっては嬉しいことだろう。
この街の人間の視線が嫌で嫌でしょうがないのだから。
「そのことに、あなたはどうも思わないの?」
「おめでとうございます」
そう告げたら、小椿さんは何も喋らなくなった。
彼女が欲しい言葉を紡げない僕は、消しゴム以下の存在だろう。
彼女の細やかな表情の変化がわからない。
彼女が何を思っているのかが知りたい。
なんで黙ってしまったのか。
なんで飲食的な僕のことを聞いたのか。
なんで今日は僕の帰り道で待っていたのか。
なんで手に銀色の水筒を持っているのか。
つい、手が出ていた。
頬に触れていた。
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