おやすみご飯

水宝玉

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椎茸とナスの挽肉詰め天麩羅

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大きい米茄子2枚で挟まれた茄子の肉詰め。

ナスはなんとなく、塩よりももう少しハッキリした塩気で食べたい。
切り子の醤油差しを手に取り、醤油を少し垂らす。
カリカリの衣がほんのりと染まる。
口に運べば、サクッとした感触、そしてジュワッと溢れる水分。
レモンを少し絞り、もう少し醤油を垂らす。
さっぱりとしたレモンの風味が口の中に広がって、コッテリとした天麩羅もいくらでも食べれてしまう。

本当に美味しい。

こういうの、ずっと食べたかった気がする。
ずっと彼の好みに合わせてきたから。
本当は、こういうの、食べたかったんだなぁ。
絞りかけたレモンを、ふいに思いついてポトン、と焼酎の中に落とす。
いつから。
言えなくなったんだろう。
アレが食べたいとか。
コレがしたい、とか。

…………怖くて。

彼はいつだって優しかった。
けど。
そのままで良いよってずっと言ってくれてたけど。
ふいに可愛い子を褒める声が。
細い子に奪われる目線が。
その瞬間私に向いて無いのが。
怖くて。
あの子の方が良いって言われるのが怖くて。

ねえ、あんな短期間で10kgなんてさ。
運動だけで、痩せられると思う?
いつもおんなじコッテリしたご飯食べてて。

………出来る訳がなかった。

食事の回数を減らしても、運動の回数を増やしても、無理だった。
ぐうぐうなるお腹をサプリメントと水で誤魔化して。
かさつく肌を必死にスキンケアと化粧で隠して。
それでも無理で。

なんであんなに無理してたんだろう。
そんな事しても無駄だったのにな。
そっか。私、ずっと無理してたんだな。
ずっと。ずっと。大好きで。
私なんかが隣に居るのがおこがましくて。
でもどうしても手放せなくて。

ごくん、と咀嚼したものを飲み込んで。
もう、する必要無くなったんだっておもって。
ぽろっとこぼれた涙を誤魔化す様にレモン入りの焼酎で流し込んだ。

私だって、ご飯食べるのが好きだった。
だから、美味しそうにご飯を食べてくれる彼が好きだった。
本当は、おんなじ物を食べて、おんなじ様に美味しいねって過ごす時間だけで良かった。
彼がおすすめのお店に連れてってくれたら、今度は私が気に入っているお店に連れてったりして。

最初はほんの少しのズレだったんだと思う。
それが段々大きくなって。
ちょっとずつ居心地が悪くなって。
それを誤魔化して、気が付かないフリをしているうちに、どんどん自分のスキを出せなくなった。

………変わったのは、私だったのかな。

いつの間にか手に持ったコップの中身は空になっていた。

ああ。勿体無い飲み方してる。
でも思考は止まらない。
「何かお持ちしましょうか?」
店主と目が合った。
「同じ物を」
「かしこまりました。グラスはこのままで?」
「あ、変えてもらって良いですか?…レモン入りで」
「かしこまりました」

少し冷めてしまった天麩羅をぱくり。
冷めてもカリカリが消えなくて美味しい。
天汁にどっぷりとナスを浸して頬張る。
じゅわあ、と滲み出る旨味が脳に染みる。傷心でぽっかりと空いてしまった胸の穴をじわじわと埋めてくれるみたいだ。
もう一口、もう一口が止まらない。
一口食べ進める度にちょっとだけ元気になる気がする。

それにしても、この店は不思議なくらい居心地が良い。
傍目からみたら急に泣き出すし、完全に怪しいヤツと化している私の事を良い意味で店主も含め誰も気にしていない感じ。
その癖、何か欲しいなって思った時にはいつの間にか店主が側にいる。

皿にもう一つ残っていたレモンを椎茸に振りかけていると、店主が頼んでいた酒を持って来た。
「お待たせしました」
「………これは?」
「ふふ、蜂蜜なんですけどお湯割りに結構合うので、もしよろしかったら」
サービスです、と小さく笑って店主は小さいミルクピッチャーの様な器に入ったトロリとした黄金色の蜜をコップに添えた。

コップの中には注文通り軽く絞ったレモンが入っている。
塩とレモンを絞った椎茸をゆっくりと咀嚼して、まずはそのままで。

椎茸とレモン焼酎をじっくり堪能する。
皿の上にはもう何も残っていなくて、掌くらいのサイズの椎茸と、同じくらいのサイズの米茄子が二つ綺麗に私の胃に収まった。
2/3程残った焼酎の中におずおずと蜂蜜を垂らす。添えられたマドラーで軽くかき混ぜて一口。

あー、初めてだけど。
これは。
…………大学芋?みたいな。

コッテリとした芋の甘い香りはそのままに蜂蜜が甘味を引き立てて、最後に残るレモンの風味が甘味をキュッと引き締める。
デザート代わりにちょうど良い。
半分程残っていた蜂蜜も、もう全部入れてしまう。
もうずっと口に入れていなかった甘味に凝り固まった体も一気に解されていくみたいだ。

ああ。
もう、引きずるのは辞めなきゃ。
背伸びするのも。
無理するのも。
彼を好きになった時間を後悔したく無いから。
ふいに、そのままで良いよって言った彼の言葉の意味が分かった気がして、ふぅ、と息をつく。

重かったなぁ、確かに。
もっと好きになって。もっと。もっと。もっと。
足りなくて、不安で、怖くて。
安心したくて。
ずっと、彼は私の事を好きでいてくれたのにね。

………ごめんね、すきだったよ。

もう2度と届かない言葉だけど。
甘くて重いお酒をゆっくりと飲み干して。

「ご馳走様でした。美味しかったです……とても」
「ありがとうございます。また、お待ちしています」

席から立ち上がって。
思ったより酔いが回っていて足元がふわふわする事が少し面白い。

店を出ようとすると、店主が一言声をかけてきた。

「おやすみなさい、良い夢を」

小さく微笑みと共に会釈を返して外に出る。
まるでフワフワと雲の上を歩いているみたい。
うーん、と背中を伸ばす。


フワフワのまま、今日はもう寝てしまおう。
世界はまだまだ、終わってはくれないみたいだ。


ここ数日の自分を思い返して少し苦笑。
まだ大丈夫。疲れたらまたここに来よう。
そうしたらもうちょっとだけ頑張れる気がするから。
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