シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜

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第八章 すれ違い三角関係勃発

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 痛いところを突かれて、一瞬固まった。

(こいつ、俺たちが契約結婚だって知っているのか?)

「ちょっと大翔! なに勝手に私のオフィスに来ているのよ!」

 言葉を失っていた俺に、捺美が急に話しかけてきて驚いた。

 さっきまでデスクに座っていたはずなのに、俺たちの側に来ている。

「勝手にとはなんだ、俺の会社だぞ?」

「佐伯さんは忙しいのだから、仕事の邪魔はしないで!」

「いや、俺だって……」

「もういいから、恥ずかしいから早く行ってよ」

 娘の授業参観に行って、娘の友達と話していたら怒られた父親のようだ。理不尽極まりないが、しかし怒れない。

「佐伯さん、仕事に戻りましょう」

 捺美は佐伯の背中を押して、デスクに戻ろうと歩き出した。

(背中、俺も押されたい)

 佐伯は満更でもなさそうな顔で、二人仲良くデスクに戻っていくから余計に腹が立つ。

 なんで夫の俺が、ただの妻の仕事の上司に嫉妬しなければいけないのだ!

「だああ! もう腹立つ!」

 社長室に戻り、大声を出して怒りを発散させていると、応接のソファに腰かけながら優雅にコーヒーを啜っていた高城が口を開いた。

「なかなか勇猛果敢な男ですね。たとえクビになっても構わないという気迫を感じる。まあ、彼に会社を辞められたら困るのはこちらですけどね」

 痛いところを突いてくる。たしかに佐伯の優秀さは疑いようもない。年齢が若いから課長だが、実際のところ営業部長よりも仕事ができるのは誰もが知っている。

「あいつ、俺たち夫婦に愛はあるのかと聞いてきた。明らかになにかを知っている」

 高城はコーヒーを置いて、興味深そうに食いついてきた。

「捺美さんが相談したのではないですか? 女が男に相談する時は、乗り換えようと思っている時ですよ」

「極端だよ、お前は! お前の周りはそういう女が多いのかもしれないけど、捺美は違うからな!」

「初恋だからって幻想を抱きすぎですよ。魅力的な女性っていうのは、そういうことを意図せずしてしまうものなのですよ」

 高城が言うと、なぜか説得力がある。反論する言葉が思い浮かばずにいる俺に、さらに高城は畳みかける。

「邪魔になりそうな人は消してしまいましょう。とはいえ彼にいなくなられるのは会社にとって大きな損失となるので、そうですね……。海外の支店長に昇進させるのはどうでしょう。アメリカ、イギリス、フランス、台湾。赴任場所を選べるなら文句は出ないでしょう。海外赴任は彼のキャリアにとっても大きな財産になる。断る理由がありません」

「そんな個人的な理由で海外の支店長を交代できるか」

「次期支店長候補の副支店長という立場なら現地でも問題ないでしょう。現支店長にもそれなりのポストを約束すれば喜んで教育すると思いますよ」

「いや、でも……」

「これは会社にとってもメリットのある話です。日本にいたら彼は年齢的に課長職以上のポストは与えられない。才能を埋もれさせてはいけないと俺は思います」

 もっともな言い分に心が揺らぐ。

「東南アジアの支店長にするのは?」

 俺の提案に、高城が声を出して笑った。

「俺より悪賢いこと言いますね! この前東南アジアに行って殺されかけたじゃないですか!」

「いや、本当にあれは危険だった。本気で死ぬかと思った」

「空港で拉致されたのですよね。お金を持っているように見えたから」

「そう、現地の男数人がかりで車に乗せられて、携帯も財布も鞄もパスポートも全部持っていかれて、まったく知らない山奥に放り出された」

「よく生きて帰ってきましたよ。しかも結婚式ギリギリに帰国するってさすがですよね」

「執念だな。これを逃したら捺美と結婚できないって思ったから」

 山奥に放り出された俺は、なんとか自力で東南アジアの支店に辿り着き、その後支店長を引き連れて大使館に行き俺の身分を証明した。

 この事件が公になれば国のイメージダウンは避けられないだろうと脅し、支店の復旧工事を最優先で行うことと、俺の早期帰国を条件に取り引きした。

 支店はそこまで大きな損害はなかったのだが、電気やガスのライフラインの復旧ができず困っていた。そこで俺が大使館と話をつけ、行政を味方につけて工事日程が早まったので現地の支店長は大変喜んでいた。

 現地の視察に来ておきながら、拉致されて支店長の余計な仕事を増やしたわけだから、それくらいはやらないと来た意味がない。

 結果的に無事に帰ってこられたとはいえ、トラウマ級の出来事だ。

 しかも帰ってこられたのに、捺美は連絡をずっと無視されたとご立腹だった。高城は、俺の安否が不明なことを当然把握していたが、不安がるといけないからわざと黙っていたそうだ。

 世の中、最大の幸運もあれば、悲運もある。そういえば、この話はまだ捺美にはしていないことを思い出した。

「いいではないですか、東南アジア。今、大変な時期だから優秀な人材が来てくれたら喜ぶでしょう」

「冗談だよ」

 高城はつまらなそうに口を尖らせた。



 その日の夜は、捺美と一緒に夕飯を作ることにした。

(義務ではない。一緒に仲良く作っているからな)

 心の中で佐伯に毒つきながら、捺美とイチャイチャしながら料理を作る。

 この姿を見せてやりたいわ!

 謎の敵対心を募らせている。俺の方が何歩もリードしているのに、炎のように沸く闘争心と焦燥感はなんなのだろう。

「もう、今日は本当にびっくりしたよ。オフィスにまで来るから。そういえばなにしに来たの?」

「え? いや……」

 じゃがいもを剥いていた手が止まる。

 捺美の仕事姿をこっそり覗き見していた、なんて言ったら『二度と来るな』と言われるだろうし、佐伯と捺美の関係を怪しんで……なんて言ったら、嫉妬する見苦しい男だって思われそうだ。

「佐伯って人が、仕事できるって聞いたから、直接見てみたいと思って」

「え⁉ だから佐伯さんと話をしていたの⁉ てっきり大翔が私を覗き見しに来たと思っちゃった!」

 苦笑いで返す。覗き見していたのは紛れもない事実だが、是とも否とも言っていない。

「やだ、私、邪魔しちゃった。佐伯さんは本当に優秀な方よ。冷静で的確、決断力も早いし、効率もいい。不愛想で怖そうに見えるけど、本当はとても優しいの」

 捺美から佐伯のことを褒める言葉を聞けば聞くほど、佐伯に対する評価が下がっていくのはなぜだろう。あいつ本当に東南アジアに飛ばしてやろうかな。

「へえ、でも厳しいのだろ。パワハラで何人もの女子社員を異動させたとか」

 本当は、佐伯に振られたから異動願いを出したらしいが、あえて捺美には事実は告げない。

『パワハラするなんてサイテー』って思われるがいい。

「そんなことない! 私、ずっと佐伯さんの下で働いているけど、パワハラなんてされたことないし、いつもフォローしてくれるもん。たしかに凄い量の仕事を振ってくるけど、それは佐伯さんがそれだけ仕事を抱え込んでいるからで」

 必死になって佐伯をフォローする捺美を見ていると、こうやって営業事務の子たちは佐伯に惚れていったのだなとなんとなく察しがつく。

 もしかして捺美、すでに佐伯に惚れているのでは……。

 嫌な予感で胸がざわつく。結婚しているとはいえ、あくまで離婚前提の契約結婚。

 貞操を頑なに守るのも、すでに心に決めた人がいるからじゃ……。

 本当は、佐伯はなにもかも知っていて、というかすでに二人はつき合っていて、佐伯は『早く離婚しろよ』というジャブを打ってきたのだとしたら。

「捺美!」

 急に大きな声を上げた俺にびっくりして、捺美の肩が上がった。

「え⁉ なに⁉ 私、なんか間違えた⁉ もしかしてさっき砂糖入れたのが、塩だったとか⁉」

「いや、ごめん、そういうことじゃない」

「どういうこと? 怒っているの?」

「怒ってない。捺美……」

 うろたえる捺美に、真顔で近寄る。真剣な眼差しで、たった一言告げた。

「キスしよう」

「はい?」

「キスしよう、今すぐ」

「なんで?」

「したいから。捺美とキスしたい」

 捺美は目をしばたたかせながら、困ったような顔を浮かべている。

『いいよ』と言われる前に唇を押しつけた。余裕なんてない。いつだって捺美の前では、計算もかっこつけることもできないくらい、好きな気持ちで溢れている。

 俺のことが好きじゃなくたっていい。側にいてほしい。

 嫌われたくないから、必死で気持ちを抑えているのに、たまに暴走してしまう。

 そんな俺を、捺美は優しく受け入れてくれる。今だって、承諾も得ずにキスしたのに、拒むことなく受け入れてくれている。

 調子に乗るなって頭ではわかっている。これ以上したら、本気で平手打ちされるぞって、もう一人の冷静な俺が忠告する。

 それでも、腕の中にいる捺美が愛おしくて、胸の奥から熱い気持ちが込み上げてきて、どんどんキスが激しくなっていく。

 全部欲しい。キスだけじゃ足りない。そんな俺の熱量を、捺美は小さな体で必死に受け止める。

 戸惑いながら、顔を赤くさせながら、俺のキスに応えていく。

 どうか、ずっと一緒にいられますように。捺美が離れていきませんように。

 どうか、どうか……。

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