婚約破棄され悪役令嬢にされました

綾取

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第17話 嵐の前触れ

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 日差しはまだ柔らかいはずなのに、学園の空気はどこかぎこちなかった。

 クラリッサは昼休みの中庭で、控えめな笑みを浮かべながら別の令嬢に質問を投げかける。
「それ、本当にミレイユ様から聞いた話? 実際に見たわけじゃないのよね?」
 穏やかな声音だが、その言葉は鋭く、相手の動揺を確実に引き出していた。

 一方、オーリスは男子生徒の集まる談話室で、何気ない世間話に見せかけて、あらぬ噂の出どころを探り当てていく。
「へぇ、その話って誰から聞いたんだっけ? ああ、ミレイユ嬢ね。でも、ほら、この前は逆のこと言ってなかったっけ?」
 軽い調子で、しかし逃げ場を作らない。相手はじわじわと口を閉ざしていく。

 ジュリアンはそんな二人の動きを把握しつつ、的確に次の標的を示していた。
「この噂を広めた生徒は、証拠を持っていない。ならば、彼らの証言の食い違いを記録しておくべきだ」
 低く落ち着いた声には、揺るぎない意志が宿っている。

 そして、そのすべてを離れた場所から見ていた者がいた。
 オスカーだ。
 学園に姿を見せることは少ない彼だが、リディアを守るためなら手段は選ばない。
(これは、思っていた以上の動きだな)
 ただの噂潰しではない。三人はそれぞれのやり方で、ミレイユの足元を崩し始めていた。

 数日後、変化は目に見える形となった。
 昼食時、いつもミレイユの周囲を囲んでいた取り巻きの一人が、突然彼女との席に付かなくなった。
 「どうして?」と問うミレイユに、令嬢は曖昧に笑い、視線をそらす。
 同じような小さなほころびが、あちこちに現れ始める。

 リディアはその様子を遠巻きに見つめていた。
 胸の奥で、何かが静かに揺れ動く。
 まだ終わってはいない。けれど確かに、風向きが変わりつつある。


 ジュリアンも初めは、ただ遠くから見ているだけだった。
 冷たい視線を浴びても、背筋をまっすぐ伸ばしたまま歩くその姿を。

 リディアは誰かに弁明することも、同情を乞うこともなかった。
 淡々と授業に出席し、委員の仕事をこなし、必要な場面では冷静に意見を述べる。
 その口調は一見冷ややかだが、言葉の端々に正確さと責任感が滲んでいた。

 ある日ジュリアンは、廊下で偶然リディアとすれ違ったとき、ほんの一瞬彼女の瞳が揺れた。
疲労を隠しきれない色。
 それが、次の瞬間には完璧な微笑みに塗り替えられた。

 胸の奥がざわめいた。

 そして、試験前の図書室。
 誰もいない机でノートを開き、静かにペンを走らせる彼女を見かけた。
 ページの端には、きっちりと書き込まれた注意書きや補足の小さな文字。
 それが、他の生徒の貸し出し用資料だと気づいたとき、思わず立ち尽くした。

(自分のためだけじゃない……)

 彼女は孤立の中でも、他人のために手間を惜しまない。
 そんなこと、誰も気づきもしないのに。

 気づけば、足が勝手に動いていた。
 彼女が一人で背負っている重さを、少しでも軽くしたい。そう思った。
    



 ミレイユは昼食の席で、曖昧に微笑む取り巻きの令嬢を見つめた。
 昨日まで隣に座っていたはずの彼女が、今日は別の席で別の子と談笑している。
 理由を尋ねても、「ちょっと用事があって」と笑ってごまかすばかり。

 胸の奥に、ざらりとした不安が広がった。

「おかしいわ」
 リディアが孤立しているのは、皆が見て知っていること。
 冷たくて、威圧的で、自分勝手で。セドリック様でさえ愛想を尽かした女。
 なのに、最近になって噂に陰りが出てきている。

 彼女が人目を気にせず勉学に励む姿?
 孤立しても毅然と歩く姿?
 そんなもの、ただの見せかけに決まっている。

 こんな時こそ、可憐で無垢な笑顔を忘れてはいけない。
 そう、自分は「選ばれたヒロイン」。誰もが惹かれる太陽なのだから。

「そうよ、問題ないわ」
 ミレイユは小さく呟き、スカートの裾を握りしめた。
 笑顔を崩してはいけない。どんな時でも、愛らしい姿を見せ続けなければ。
 それこそが自分の武器であり、セドリック様が惹かれる理由なのだから。

 ……けれど胸の奥で、冷たいひび割れが広がっていくのを止められなかった。
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