婚約破棄され悪役令嬢にされました

綾取

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第20話 偽りの崩壊

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昼下がりの講義室。
 ざわめく声が広がり、数人の生徒たちが手にした証言書や手紙を回していた。

「おかしいじゃない。あなたは“リディア様がミレイユ様に嫌がらせをした”と話していた時、そばにいたけどそんな事実なかったわ」

「そうだ。僕も一緒にいた。そんな事があれば気が付くよ」

 ひとり、またひとりと声が上がる。
 矛盾を突かれた生徒たちは顔を青ざめさせ、しどろもどろに言葉を濁した。

 そしてミレイユに決定的な一言が放たれる。

「それに“夕刻、庭園でリディア様に睨まれた”とあなたは語っていましたが」
クラリッサの声が講義室に響いた。
「その時間、あなたは温室で友人たちと一緒にいたと、複数の証言があります」

「そ、それは……」
ミレイユの肩がわずかに震える。

「勘違い、ですか?」
 クラリッサが冷ややかに問いかける。
「けれど、あなたはその場の様子を細かく語っていました。“殿下と一緒にいた私を、リディア様が引き止めた”と。まるで、自分が確かにその場にいたかのように」

 ミレイユの指先が強張り、口元が引きつった。

 その時だった。
「もう黙っていられない!」
 追い詰められたように、一人の生徒が立ち上がった。

「私は無理やり言わされたんです!」
 震える声が、講義室に響き渡る。

「言わされた?」
 ジュリアンの低い声が空気を圧した。

「最初はミレイユ様のお話を聞いて、軽率に他の方へ伝えてしまいました。でもその後、“殿下と私のために真実を守ってほしい”と頼まれて……断れなくて……」

 その告白に、室内はどよめきに包まれ、視線が一斉にミレイユへと注がれる。
 ミレイユの顔から血の気が引いていく。
 もはや言い逃れはできない。
 天真爛漫を装った笑顔の下から、剥き出しの焦燥と恐怖が滲み出していた。


 --その日の夕刻。王宮の執務室で、セドリックは蒼白な顔で報告を聞いていた。

 学園から届いた証言書の束。そこには、ミレイユの嘘と矛盾、さらに「無理やり言わされた」と訴える生徒の署名が並んでいた。

「……嘘だったのか」
 掠れた声がこぼれる。
 信じた笑顔も涙も、すべてが虚構。


 --翌日。学園の中庭。

 リディアの前に、セドリックが現れた。
 その面差しにはかつての誇り高き王太子の影はなく、憔悴と後悔だけが刻まれていた。

「リディア……すまなかった」
 声は震えていた。

「舞踏会では、皆の前で辱めた。リディアの名誉を奪い、孤立させた。あれは取り返しのつかぬ過ちだ。だが、必ず公の場で真実を告げ、私の非を認める。リディアの名誉を回復すると誓う」

 セドリックの瞳には悔恨と必死さが滲んでいた。
 しかし、リディアは静かにその言葉を受け止め、冷ややかに告げた。

「殿下。もうあなたの言葉に、何の意味もありません」

胸を鋭く抉るような一言だった。
 その瞳には、かつて彼を慕った少女の影はなく、ただ凛とした誇りだけが輝いていた。

「……そうか」
 掠れた声を残し、セドリックは背を向けるしかなかった。
 そして悟る――リディアを「悪役」に仕立て上げたのは、自分自身の盲信だったのだと。


 --風が通り抜ける中庭で、リディアはふと目を閉じた。胸の奥にまだ痛みは残っている。だが、その痛みは不思議と澄んだものに変わりつつあった。

「リディア」
 柔らかな声がその沈黙を破った。
 振り向けば、ジュリアンがそこに立っていた。

 彼は迷わず歩み寄り、真っ直ぐに彼女を見つめる。

「あなたの努力も、誇りもずっと見ていました」
 その声は揺るぎなく、穏やかに響く。
「誰に誤解されても、あなたは決して揺らがなかった。そんなあなたを、私は敬愛しています」

 リディアの胸に温かな灯がともる。
 しかし同時に、戸惑いが生まれる。

「……ジュリアン」
 小さく名を呼んだリディアは、一瞬だけ言葉を失った。

 胸の奥にまだ痛みは残っている。すぐに応えることはできない。
 それでも。彼の真っ直ぐな眼差しを見ていると、ふと頬が緩むのを自分でも止められなかった。

 わずかに浮かんだ微笑みは、これまで決して誰にも見せなかったもの。
 それは戸惑いと、ほんの少しの安らぎが入り混じった、不器用な微笑みだった。

 ジュリアンの瞳に、それが確かな光となって映った。
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