【完結】嘘も恋も、甘くて苦い毒だった

綾取

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 ユリウスは小さく息を吐き、リリィの言葉に頷いた。
 彼女は以前と変わらず同じように、静かに彼の隣に腰を下ろす。
「何か、あったんでしょ?」
優しく、でも核心を突くその問いに、ユリウスはすぐには答えなかった。
 ただ、握りしめた拳に自分でも気づかぬほど力を込め、目を伏せたまま沈黙する。
リリィはそれを責めず、ただ静かに待った。
「僕、ずっと見誤ってたのかもしれない」
ユリウスのかすれる声は、苦いものを含んでいた。
「信じたいと思ってた。でもそれって、“信じたい自分の理想像”だっただけなんだ。そう気づいて、本当の事が見えてきた。」
 リリィは彼の横顔を見つめながら、静かに言った。
「人って、誰かを信じる時、自分が見たい部分ばかり見てしまうものよ。でも、それに気づけたなら今度は、ちゃんと相手を見られるはずよ。」
ユリウスは、ようやくリリィの方を見た。
彼女の瞳には、偽りのない優しい光が宿っていた。
 そして、気づいてしまう。自分はエリシアのことも、リリィのことも、ちゃんと“見て”いなかったとを。
「リリィ。君は、気付いていたんだよね。メリッサのことを。」
彼の問いに、リリィは少しだけ目を伏せてから、頷いた。
「うん。でも証拠もないまま誰かを責めても、きっと逆効果だって分かってた。だったら私はエリシアを守る方を選びたかったの」
「それで君は、誰にも言わずにいたんだね。」
「言っても信じてもらえなければ、意味がないから。でも、あなたが何かに気づいたなら、これから少しずつでも変えていけるかもしれない」
その言葉に、ユリウスの中にあった霧が、少しだけ晴れていくようだった。
 本当に見るべきものを、今こそ見なければならない──そう、感じた。

 そして翌日。
春の光が柔らかく差し込む校舎裏の小道で、ユリウスはエリシアを見つけた。
校舎の壁に背を預け、春の風に髪を揺らしていたエリシアの横顔は、どこか寂しげだった。
「エリシア」
彼女は、はっとしてこちらを向く。
戸惑いが滲む瞳。 けれど、どこかほっとしたような空気もあった。
「ユリウス、久しぶりね」
「君とちゃんと話したくて来たんだ。」
ユリウスは彼女の前に立ち、少し間を置いて言葉を選ぶ。
エリシアの目が、ほんの少しだけ揺れた。
「君に謝らなきゃいけないことがあるんだ」
エリシアは小さく瞬きをした。
「どうして謝るの?」
その問いに、ユリウスは静かに目を伏せた。
「僕は、君のことをちゃんと見ようとしなかった。勝手に距離を取って君を守ったつもりでいたんだ。誰かに何かを言われたからじゃない。ただ、自分が怖かったんだ」
彼の声はどこか乾いていた。
「君を好きだと思っていたはずなのに、君にちゃんと向き合う勇気がなかったんだ」
 エリシアは何も言わず、ただ彼の言葉を受け止めていた。
風が吹き、彼女の髪がふわりと揺れる。
「でも、ようやく気づいた。自分が選んだ相手が、どんな人間かも分からないまま、君から逃げていたって」
沈黙。けれど、その間には確かなものが流れていた。
静かに、何かが変わり始める予感があった。
「エリシア、もし君がまだ僕と話す気があるなら、これからはちゃんと、君を見ていたい。過去じゃなくて、今の君を」
ユリウスの声はかすれ、どこか痛々しかった。
エリシアはゆっくりと目を閉じ、そして──そっと微笑んだ。
「私ね、ユリウスといると楽しかったよ。からかわれたり、困ったりしたけど……でも、安心できた。だから、距離を取られた時はちょっと寂しかったの。でも、理由を聞こうとしなかったのは私よ。私も悪かったのよ。」
ユリウスが驚いたように顔を上げる。
「……どうして?」
「色々な事が怖かったの。ユリウスだって、傷つきたくなかったんでしょう? 私もそうよ。怖いこと、いっぱいある。それに私も自分からユリウスと話し合おうとしてこなかった。でも私、もう逃げないって決めたから。信じたい事は自分で選ぶわ。」
その目は、まっすぐだった。
 もう誰かに決められる自分じゃなく、自分で信じるものを選ぼうとする、凛とした光が宿っていた。
「だからもう一度、ちゃんと話しましょう。友達として。ね。」
「うん」
ユリウスは、心から安堵したように笑った。
──そして、ふたりの関係もまた、新たな一歩を踏み出す。

 だがその頃。
メリッサの周囲には、微かな違和感が芽吹き始めていた。

 些細な噂。
「メリッサって、最近少し怖いわよね。」
「この前、使用人の子が泣いていたの、見た?」
まだ、それはほんのさざ波。
 けれど、完璧だった仮面に、小さなヒビが入り始めていた──
    
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