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望みなど絵空事
しおりを挟む彼は皇太子、権力もある。確認などしなかった。
散々言っているのに行動だけで、どうしてここまで思えるのか。聖女にはその皇太子があまりにも愚かで、滑稽に見えたに違いなかった。
「その影で、今までずっと神聖力が扱える聖女がいたからこそ倒せていた事実は誰も知りません。当然ですね、聖女ですら気付いていなかったのですから。いえ、気付かないようにされていたのでしょうね。勇者を治療するのは当然の行為。何度も治療を繰り返し、戦闘の最中に気付かない内に何の変哲もない剣に加護を与えていたのですから。
治療は神聖力で行ってますし、回復をした後なら魔物を凌駕するのも当然だったんです。もうおわかりいただけましたか? 別に剣士も銃闘士も魔術師も魔王を倒すには必要なかったのですよ」
仲間との協力も否定。
ここまでの戦いも否定し、優しく残酷な真実を語る聖女には以前の慈悲もないのか。今言う言葉じゃないと皇太子は自尊心も折れ掛かる。
「で、でも、ここまで来たなら聖女も一緒に戦っ」
「どうして、私がそのような危険な場に行かなければならないのでしょうか?」
これは先程と同じだった。
懲りていない皇太子の縋る言葉に問う聖女。どうして、そこまで拒絶するのか、力があるのに、それなら仕事なら大丈夫だとそう思っていた。
「それでも、仕事で、聖女で、この国の為に動くのは当然の義務でしょう!!」
と言う皇太子に凍りつくように冷たい、殺意のあるその目には、今までの聖女の面影等何処にも無かった。
「どうして、望んでも居ない世界に連れこられた私が、危険な事に従事してまで、この国を救わねばならないのでしょう? 私にはこの世界には肉親は疎か、親しい知人や友達もおりません。愛する人さえにも会えない挙句、大切な……生涯を捧げるべくしたこの子まで奪われたと言うのに、国の為? 人の為? 何もかも奪われたこの世界に何の慈悲を掛けると言うのでしょう」
お腹を両手で包み込むように撫でる聖女。
そこには確かに優しげな哀愁のある女性がいた。
ドクンッと鼓動が早くなる皇太子は、ああ終わった。何もかもと他人事のように、思った。
最初から彼女はこの世界を見限っていたのだろうか。皇太子達に向けていたあの微笑みは仮面だったのか。
それでも、ここまで一緒に来た意味があるからでは無いのだろうか、と最後の最後に縋る皇太子はきっと誰かが見ていたら哀れに写っただろう。
「待ってくれ。でも、だったら富も名誉も……家族だって何だって渡せる! 私ならそれが出来る……君の願いだって何だって叶えられる! 私にはその権力もある! だからどうか一緒に戦って欲しい! 戦って下さい! お願いです、聖女様」
悲願だった。
聖女の言った通りなら神聖力が無いと、魔王は倒せない。皇太子は必死だった。それを見て微笑んだ聖女は縋り付く皇太子の手を払い、首を振る。
何も望んでないと言うように、それすらももうわかっていると言うように、もう遅いと言うように。
「一度だって、私の願いを受け入れてくれた事などないでしょう。今更そんな事を言われても……もう何もかも遅いのですよ」
全て知っているとでも言うように、彼女は調べ続けていた。ずっと元の世界に戻る方法を、この世界を知ると言う名目でありとあらゆる全ての書物を、魔王討伐の旅を引き受けたのもそれが理由だった。
生きる為の処世術を総動員して。
そして、帰る方法が無いとわかり、全てが無駄な事だった、と言う事実に絶望したのだ。そんな事は皇太子達にわかるはずもない。誰も彼女を聖女としてしか見ていなかったのだから。
聖女の、彼女の、苦悩など誰が知るのだろう。
それでも、彼はこの国の皇太子。魔王に立ち向かわなければならない。例え、神聖力が無くても、無謀とわかっていても。
目の前が真っ暗になっていく皇太子は扉の前で唖然と立ち尽くした。
「獣の慰みはさぞ快感だった事でしょう。
全てを肯定してくれる女はさぞ自尊心が保たれた事でしょう。
誰かを守って闘うのは、さぞ優越感に浸れた事でしょう。
包み込むような優しさに、さぞ幸福だった事でしょう。
全て貴方々が招いた結果なのですよ?
……もう充分でしょう」
聖女は残酷に微笑んだ。
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