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第一部:俺(影の大精霊)爆誕
第4話:影のヒーロー
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アリスが連行され、嵐のような騒動が去った夜。静まり返ったお嬢の部屋に、窓から青白い月明かりが差し込んでいた。
「いつか……自分の足で歩いて、お外の世界を見てみたい。…私、いつかあなたを連れて冒険に出るのが夢なの」
強く抱きしめられたぬいぐるみを通して、俺は力強く首肯する。
(なら、やることは一つだ)
翌日、セレナが馬車に乗り込むアリスに駆け寄る。元の顔がわからないくらいボコボコにされたアリスがいた。両親が止めるのも無視して、セレナは尋ねた。まだ幼いセレナはうやむやにさせたくなかったのだろう。
「アリスさん、どうしてあんなことしたの?」
「あんたの目の色が嫌いだったから」
セレナは紫紺の瞳をしている。けっけっけ、とアリスの影が笑う。
「俺の宿主、まあだ、諦めてないぜ」
言わなきゃいいことを影は言った。
俺の巨大化した影が上から覆いかぶさるように抑えつける。
半分だけバリバリと喰べると絶叫し、「アリス、どうしたの?」とセレナはアリスの変化に気づく。アリスは胸の辺りを掻きむしった。
だらりとアリスの表情が抜け落ちる。
「主!主!どうしたんだよ?」
アリスの影が汗を流しながら、小さくなった身体を震わせる。衛兵に無理矢理立たされて、連行される。
馬車の車輪の音が遠ざかる中、俺の中にドロリとした力が満ちていく。 『アリスの影を一部捕食。偽装(フェイク) 消費MP30 隠密(ステルス)消費MP5を獲得しました』
遠ざかる馬車を見送りながら、俺は影の中で独りごちる。
(……諦めてない、だったか。上等だ。次は主(あるじ)ごと喰らってやるよ)
セレナは心細そうに自分の足元を見つめる。 俺はそっと、彼女の影を花の形にした。一瞬だったので、少女が目を擦ると普通の影に戻っていた。彼女が冒険に出るその日まで、俺はこの影を、世界で一番安全な場所にしてみせる。
馬車が走り去る街道を見下ろす、小高い丘の木陰。 そこには、ボロを纏った男が一人、不気味に静止して立っていた。
男の足元には、アリスのものよりも遥かに巨大で、無数の「眼」が蠢く悍ましい影が広がっている。
「……ほう。アリスの奴、ただ廃人になったわけではないな。影を『喰われた』か。まあいい、口止めする手間が省けた」
男は耳元を這う影の声を聴き、口角を吊り上げた。
「あのガキに憑いているのは、ただの小精霊ではない。…もっと巨大な…面白い、実に面白い『苗床』だ。もう少し育ててから、その影ごと収穫してやろう」
男が背を向けると、その姿は陽炎のように揺らめき、影の中に溶けるように消えていった。
馬車の轍(わだち)が遠ざかり、街道に静寂が戻る。 セレナは、俺が「花の形」に変えた影を愛おしそうに見つめた後、ギュッと手元のぬいぐるみを抱きしめた。
「セレナ、もう大丈夫だよ。寒くはないかい?」
駆け寄ってきた父――グレン公爵が、心配そうに娘の肩を抱く。その後ろでは、お母様がまだ少しだけ拳を握りしめたまま(こえー)、優しく微笑んでいた(こえー)
「ええ、お父様。ちっとも寒くないわ。……この子が、ずっと温めてくれているもの」
セレナがぬいぐるみを差し出す。グレンは困ったように眉を下げた。
「……不思議なこともあるものだ。……影が意思を持って人を守るなど、聞いたことがない」
「影なんかじゃないわ、お父様」
お嬢はきっぱりと言い切り、ぬいぐるみの頭を撫でた。
「影じゃなくて、この子自身が私を助けてくれたの。アリスさんが怖かったときも、毒が苦しかったときも……この子が私と一緒に戦ってくれたのよ」
(……へっ。お嬢、わかってんじゃねーか。俺をただの憑き物扱いしないその度胸、嫌いじゃねぇぜ)
俺はぬいぐるみの腕を通して、微かにセレナの手を押し返した。彼女は「ふふっ」と嬉しそうに笑う。その光景を見て、グレン公爵は表情を引き締め、妻と顔を見合わせた。
「……セレナ。お前に話しておかなければならないことがある」
公爵は周囲に人がいないことを確認し、声を潜めた。
「我がフォルテス家は、建国以来、代々『聖女』を輩出してきた特殊な家系だ。……聖女の力は、あまりにも純粋で強大な『光』を宿す。ゆえに、その光を疎む闇の勢力から、常に命を狙われる宿命にある」
お母様がお嬢の白い頬に手を添える。
「アリスが言っていた『目の色が嫌い』という言葉……それは、お前の瞳に宿る紫紺の輝きが、聖女の素質そのものだからよ…お婆様も紫紺の瞳を持っていた。お前が病弱だったのも、おそらく幼い頃から少しずつ毒を盛られ、光を封じられていたからでしょうね」
難しいことはわかっていないだろうが、ある言葉をお嬢が拾った。紫紺の瞳が、驚きに揺れる。
「私が……聖女?」
「ああ。だが、皮肉なものだな」
グレン公爵がセレナの足元の影――つまり俺を、鋭い、だが感謝の混じった目で見つめる。
「聖女という『光』の血筋を守ったのが……その子が何者であれ、我が家の恩人であることに変わりはない」
(……聖女の血筋、ねぇ。お嬢が光なら、俺はますます真っ黒に染まってやる必要があるな。……光が強ければ強いほど、その裏側に落ちる影は深く、鋭くなるもんだ)
「わたし、聖女より勇者がいいわ」
両親に手を引かれて廊下を歩く。
「誰も倒せなかった伝説の魔獣を、名もなき村人が拾った錆びた剣の一振りで仕留めてしまった。
その死体から得た素材や報奨金で、一夜にして一国の主に匹敵する財産と名声を手に入れるか」
父が有名な童話を誦じる。母がふふっと笑う。
「セレナなら、どっちにもなれるかもね」
両親の影が興奮の覚めない様子で俺に向かって言った。
「お前はこの子の影のヒーローだ!」
(……ヒーロー、ねぇ。柄じゃねぇけど……悪くねぇ響きだな)
俺は影の中で、新しく手に入れたスキルの感覚を馴染ませながら、独りごちる。
お嬢は、俺が世界で一番安全な場所に連れて行くんだからな。
「いつか……自分の足で歩いて、お外の世界を見てみたい。…私、いつかあなたを連れて冒険に出るのが夢なの」
強く抱きしめられたぬいぐるみを通して、俺は力強く首肯する。
(なら、やることは一つだ)
翌日、セレナが馬車に乗り込むアリスに駆け寄る。元の顔がわからないくらいボコボコにされたアリスがいた。両親が止めるのも無視して、セレナは尋ねた。まだ幼いセレナはうやむやにさせたくなかったのだろう。
「アリスさん、どうしてあんなことしたの?」
「あんたの目の色が嫌いだったから」
セレナは紫紺の瞳をしている。けっけっけ、とアリスの影が笑う。
「俺の宿主、まあだ、諦めてないぜ」
言わなきゃいいことを影は言った。
俺の巨大化した影が上から覆いかぶさるように抑えつける。
半分だけバリバリと喰べると絶叫し、「アリス、どうしたの?」とセレナはアリスの変化に気づく。アリスは胸の辺りを掻きむしった。
だらりとアリスの表情が抜け落ちる。
「主!主!どうしたんだよ?」
アリスの影が汗を流しながら、小さくなった身体を震わせる。衛兵に無理矢理立たされて、連行される。
馬車の車輪の音が遠ざかる中、俺の中にドロリとした力が満ちていく。 『アリスの影を一部捕食。偽装(フェイク) 消費MP30 隠密(ステルス)消費MP5を獲得しました』
遠ざかる馬車を見送りながら、俺は影の中で独りごちる。
(……諦めてない、だったか。上等だ。次は主(あるじ)ごと喰らってやるよ)
セレナは心細そうに自分の足元を見つめる。 俺はそっと、彼女の影を花の形にした。一瞬だったので、少女が目を擦ると普通の影に戻っていた。彼女が冒険に出るその日まで、俺はこの影を、世界で一番安全な場所にしてみせる。
馬車が走り去る街道を見下ろす、小高い丘の木陰。 そこには、ボロを纏った男が一人、不気味に静止して立っていた。
男の足元には、アリスのものよりも遥かに巨大で、無数の「眼」が蠢く悍ましい影が広がっている。
「……ほう。アリスの奴、ただ廃人になったわけではないな。影を『喰われた』か。まあいい、口止めする手間が省けた」
男は耳元を這う影の声を聴き、口角を吊り上げた。
「あのガキに憑いているのは、ただの小精霊ではない。…もっと巨大な…面白い、実に面白い『苗床』だ。もう少し育ててから、その影ごと収穫してやろう」
男が背を向けると、その姿は陽炎のように揺らめき、影の中に溶けるように消えていった。
馬車の轍(わだち)が遠ざかり、街道に静寂が戻る。 セレナは、俺が「花の形」に変えた影を愛おしそうに見つめた後、ギュッと手元のぬいぐるみを抱きしめた。
「セレナ、もう大丈夫だよ。寒くはないかい?」
駆け寄ってきた父――グレン公爵が、心配そうに娘の肩を抱く。その後ろでは、お母様がまだ少しだけ拳を握りしめたまま(こえー)、優しく微笑んでいた(こえー)
「ええ、お父様。ちっとも寒くないわ。……この子が、ずっと温めてくれているもの」
セレナがぬいぐるみを差し出す。グレンは困ったように眉を下げた。
「……不思議なこともあるものだ。……影が意思を持って人を守るなど、聞いたことがない」
「影なんかじゃないわ、お父様」
お嬢はきっぱりと言い切り、ぬいぐるみの頭を撫でた。
「影じゃなくて、この子自身が私を助けてくれたの。アリスさんが怖かったときも、毒が苦しかったときも……この子が私と一緒に戦ってくれたのよ」
(……へっ。お嬢、わかってんじゃねーか。俺をただの憑き物扱いしないその度胸、嫌いじゃねぇぜ)
俺はぬいぐるみの腕を通して、微かにセレナの手を押し返した。彼女は「ふふっ」と嬉しそうに笑う。その光景を見て、グレン公爵は表情を引き締め、妻と顔を見合わせた。
「……セレナ。お前に話しておかなければならないことがある」
公爵は周囲に人がいないことを確認し、声を潜めた。
「我がフォルテス家は、建国以来、代々『聖女』を輩出してきた特殊な家系だ。……聖女の力は、あまりにも純粋で強大な『光』を宿す。ゆえに、その光を疎む闇の勢力から、常に命を狙われる宿命にある」
お母様がお嬢の白い頬に手を添える。
「アリスが言っていた『目の色が嫌い』という言葉……それは、お前の瞳に宿る紫紺の輝きが、聖女の素質そのものだからよ…お婆様も紫紺の瞳を持っていた。お前が病弱だったのも、おそらく幼い頃から少しずつ毒を盛られ、光を封じられていたからでしょうね」
難しいことはわかっていないだろうが、ある言葉をお嬢が拾った。紫紺の瞳が、驚きに揺れる。
「私が……聖女?」
「ああ。だが、皮肉なものだな」
グレン公爵がセレナの足元の影――つまり俺を、鋭い、だが感謝の混じった目で見つめる。
「聖女という『光』の血筋を守ったのが……その子が何者であれ、我が家の恩人であることに変わりはない」
(……聖女の血筋、ねぇ。お嬢が光なら、俺はますます真っ黒に染まってやる必要があるな。……光が強ければ強いほど、その裏側に落ちる影は深く、鋭くなるもんだ)
「わたし、聖女より勇者がいいわ」
両親に手を引かれて廊下を歩く。
「誰も倒せなかった伝説の魔獣を、名もなき村人が拾った錆びた剣の一振りで仕留めてしまった。
その死体から得た素材や報奨金で、一夜にして一国の主に匹敵する財産と名声を手に入れるか」
父が有名な童話を誦じる。母がふふっと笑う。
「セレナなら、どっちにもなれるかもね」
両親の影が興奮の覚めない様子で俺に向かって言った。
「お前はこの子の影のヒーローだ!」
(……ヒーロー、ねぇ。柄じゃねぇけど……悪くねぇ響きだな)
俺は影の中で、新しく手に入れたスキルの感覚を馴染ませながら、独りごちる。
お嬢は、俺が世界で一番安全な場所に連れて行くんだからな。
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