8 / 18
ご機嫌よう、クソ……失礼。お清らかな学院の生徒諸君
第8話:はじめまして、ドブ王子
しおりを挟む
「あれが噂のセレナ・フォルテス公爵令嬢よ」
「執事同伴なんていい気なものね。MPが高くて調子に乗っているのかしら?」
(ご機嫌よう、学院のゴミ共。お嬢の美しさにビビって声が上ずってんぜ?)
歓迎パーティーの会場は、吐き気がするほどの香水と、それ以上に鼻をつく「虚栄心」に満ちていた。 俺はお嬢の足元でゆったりと構えながら、周囲の影を鑑定する。
(おっと、左後方から『嫉妬』の味がする影が3つ。お嬢に触れさせねーよ)
令嬢たちがセレナのドレスの裾を踏みつけようとした瞬間、俺は【影の縫い糸】をコンマ数ミリ、彼女たちの靴の影に引っ掛けた。 お嬢ができることは、俺にもできる。消費MP:0。俺にとってはただの「挨拶」だ。
「きゃっ!?」 「いやっ、ドレスが……!」
何もないところで躓き、自分たちのドリンクを頭から被る令嬢たち。 俺は影の中で静かに中指を立ててやった。
(ふはははは! お似合いだぜ、泥水。……おっとジーク、こっちを見るな。ただの『呪いの残滓』が揺れただけだ)
ジークは片眼鏡(モノクル)を光らせ、一瞬だけ俺を睨んだが、すぐに視線を会場の入り口へと向けた。
黄色い歓声が、会場の空気を一変させる。 現れたのは、学園の注目の的――第一王子・カイル。
「君がセレナ・フォルテス嬢か。噂以上の愛らしさだね」
眩しいほどの金髪をなびかせ、爽やかな笑顔を振りまくカイル。 だが、彼がお嬢を「舐め回すように」見た瞬間、隣のジークの片眉が跳ね上がり、俺は影の底で本気でえずいた。
(……うえぇ、なんだよこれ。くっせぇ……ドブか?)
セレナが見ている王子の笑顔の裏。 俺の視界に映る「王子の影」は、人の形すら保っていなかった。 無数の穢らしい触手がうごめき、捕らえた獲物をドロドロに溶かして喰らっているような、悍ましい腐敗臭。 アリスの「ツノ」なんて可愛いもんだ。こいつの影は、底知れない欲望を煮詰めた「底なし沼」そのものだ。
(…ダメだ。こいつは絶対にダメだ。お嬢をこんな腐った沼に近づけさせるわけにはいかねぇ)
「光栄ですわ、王子殿下」
頬を染め、完璧なカーテシーを見せるお嬢。銀髪のおさげに紫紺の瞳。 同調率30%の俺には、彼女の胸の高鳴りが手に取るように伝わってくる。初恋の予感に浮き立つ少女の心。
(お嬢、騙されんな! こいつの影、『どうやって解体して喰ってやろうか』って顔で見てやがるぞ!)
王子がセレナの手を取ろうと近づいた瞬間、俺の【毒のソムリエ】が激しく警鐘を鳴らした。
(――ッ! こいつの飲み物、魔力に『精神毒(マインド・ポイズン)』が仕込まれてやがる…! 触れただけで依存させる気かよ!)
ジークの毒で鍛えられた俺の鼻は誤魔化せない。 俺は影を鋭く伸ばし、王子の足元の「腐った沼」に、強烈な一撃を叩き込んだ。
(――ちっ、今のを避けるかよ!)
重心が完全に崩れたはずなのに、王子はまるで見えない糸で吊られた人形のように、無理やり姿勢を戻しやがった。 おまけに、王子の足元のドブ色の影が、一瞬だけ牙を剥いて俺を笑い飛ばした。
「……セレナ嬢? どうかされましたか?」
王子の完璧な微笑みが、今は剥製のように無機質で薄気味悪く見える。
「いえ、なんでもありませんわ。殿下」
お嬢は頬を赤らめつつも、わずかに視線を泳がせた。 同調率が上がっているせいか、俺の感じている「寒気」が、彼女に微かな違和感として伝わったのかもしれない。
「どうぞ、新しい飲み物を」
差し出されたドリンク。 俺は影の触手ですべての毒素を中和し、一滴の不純物も通さないフィルターを構築した。 だが――。
パシャッ。
「……申し訳ありません、殿下。私、手が滑ってしまって……」
お嬢が、わざとらしく、しかし完璧な演技で自らのドレスに飲み物をこぼした。
(お嬢!? 今、自分でやったな? まさか毒に気づいたわけじゃねーだろうが……直感か?)
ジークが素早くハンカチを差し出す。 「失礼いたします、殿下。ドレスを汚してしまいましたので、一度化粧室(パウダールーム)へ中座させていただきます」
「……おやおや。それは残念だ。せっかく用意した特別な一杯だったのだが」
王子の影が、獲物を逃した飢えた獣のように地面を這い、お嬢を追おうとする。 だが、俺は逃げた。
「……あ、れ? 足が……」
俺がお嬢の足を影で「滑らせる」ように加速させたせいで、お嬢は脱兎のごとく会場を後にした。 王子が呆気にとられて顔をしかめる中、追いついたフィオナがお嬢の腕を取った。
重厚な扉が閉まった瞬間、お嬢は壁に背中を預けて大きく息を吐いた。
「いいのよ、セレナ。むしろナイス判断だったわ」
フィオナが理知的な漆黒の瞳を揺らしながら、お嬢のドレスを拭う。 「あの殿下の碧眼。あれに見つめられると、蛇に睨まれた蛙のような心地になるの。貴女も、だから『わざと』こぼしたのでしょう?」
お嬢は困ったように笑った。 「ええ、なんだか……すごく不味そうな匂いがした気がして。思わず、叩き落としてやりたくなったわ」
「せ、セレナ?」
フィオナが口をあんぐり開けている。
(お嬢、それが大正解だよ……!)
フィオナの影が、不安げに小刻みに震えている。 そのたおやかな影が、俺に向かってひっそりと「答え合わせ」を投げてきた。
『……あいつの能力は【魅了(チャーム)】よ。しかも最悪のやつ……』
(魅了…だと!?)
『そう。あの碧眼に10秒見つめられたら最後。意識の深層が書き換えられて、アイツを全肯定するだけの人形になる…エバート家の情報網でも、その先は霧に包まれていて……』
(やっぱりか。あのドロドロした触手の正体は、他人の心を溶かす執着の塊だったわけだ)
俺は影の中で牙を剥く。 1分間。お嬢の紫紺の瞳を、あんなドブ色の沼に晒してたまるか。
(10秒……。まばたきを許さねぇ、死のカウントダウンってわけか。上等だ。あいつが10数える間に、俺がその碧眼の奥に『本物の闇』を叩き込んでやるよ…でも、お嬢にどうやって伝えればいい。今の俺にはまだ、声が届かねぇのに……!)
お嬢は鏡の中の自分を見つめ、そっと胸元を押さえた。 彼女の鼓動が、不安と覚悟で波打っている。
「執事同伴なんていい気なものね。MPが高くて調子に乗っているのかしら?」
(ご機嫌よう、学院のゴミ共。お嬢の美しさにビビって声が上ずってんぜ?)
歓迎パーティーの会場は、吐き気がするほどの香水と、それ以上に鼻をつく「虚栄心」に満ちていた。 俺はお嬢の足元でゆったりと構えながら、周囲の影を鑑定する。
(おっと、左後方から『嫉妬』の味がする影が3つ。お嬢に触れさせねーよ)
令嬢たちがセレナのドレスの裾を踏みつけようとした瞬間、俺は【影の縫い糸】をコンマ数ミリ、彼女たちの靴の影に引っ掛けた。 お嬢ができることは、俺にもできる。消費MP:0。俺にとってはただの「挨拶」だ。
「きゃっ!?」 「いやっ、ドレスが……!」
何もないところで躓き、自分たちのドリンクを頭から被る令嬢たち。 俺は影の中で静かに中指を立ててやった。
(ふはははは! お似合いだぜ、泥水。……おっとジーク、こっちを見るな。ただの『呪いの残滓』が揺れただけだ)
ジークは片眼鏡(モノクル)を光らせ、一瞬だけ俺を睨んだが、すぐに視線を会場の入り口へと向けた。
黄色い歓声が、会場の空気を一変させる。 現れたのは、学園の注目の的――第一王子・カイル。
「君がセレナ・フォルテス嬢か。噂以上の愛らしさだね」
眩しいほどの金髪をなびかせ、爽やかな笑顔を振りまくカイル。 だが、彼がお嬢を「舐め回すように」見た瞬間、隣のジークの片眉が跳ね上がり、俺は影の底で本気でえずいた。
(……うえぇ、なんだよこれ。くっせぇ……ドブか?)
セレナが見ている王子の笑顔の裏。 俺の視界に映る「王子の影」は、人の形すら保っていなかった。 無数の穢らしい触手がうごめき、捕らえた獲物をドロドロに溶かして喰らっているような、悍ましい腐敗臭。 アリスの「ツノ」なんて可愛いもんだ。こいつの影は、底知れない欲望を煮詰めた「底なし沼」そのものだ。
(…ダメだ。こいつは絶対にダメだ。お嬢をこんな腐った沼に近づけさせるわけにはいかねぇ)
「光栄ですわ、王子殿下」
頬を染め、完璧なカーテシーを見せるお嬢。銀髪のおさげに紫紺の瞳。 同調率30%の俺には、彼女の胸の高鳴りが手に取るように伝わってくる。初恋の予感に浮き立つ少女の心。
(お嬢、騙されんな! こいつの影、『どうやって解体して喰ってやろうか』って顔で見てやがるぞ!)
王子がセレナの手を取ろうと近づいた瞬間、俺の【毒のソムリエ】が激しく警鐘を鳴らした。
(――ッ! こいつの飲み物、魔力に『精神毒(マインド・ポイズン)』が仕込まれてやがる…! 触れただけで依存させる気かよ!)
ジークの毒で鍛えられた俺の鼻は誤魔化せない。 俺は影を鋭く伸ばし、王子の足元の「腐った沼」に、強烈な一撃を叩き込んだ。
(――ちっ、今のを避けるかよ!)
重心が完全に崩れたはずなのに、王子はまるで見えない糸で吊られた人形のように、無理やり姿勢を戻しやがった。 おまけに、王子の足元のドブ色の影が、一瞬だけ牙を剥いて俺を笑い飛ばした。
「……セレナ嬢? どうかされましたか?」
王子の完璧な微笑みが、今は剥製のように無機質で薄気味悪く見える。
「いえ、なんでもありませんわ。殿下」
お嬢は頬を赤らめつつも、わずかに視線を泳がせた。 同調率が上がっているせいか、俺の感じている「寒気」が、彼女に微かな違和感として伝わったのかもしれない。
「どうぞ、新しい飲み物を」
差し出されたドリンク。 俺は影の触手ですべての毒素を中和し、一滴の不純物も通さないフィルターを構築した。 だが――。
パシャッ。
「……申し訳ありません、殿下。私、手が滑ってしまって……」
お嬢が、わざとらしく、しかし完璧な演技で自らのドレスに飲み物をこぼした。
(お嬢!? 今、自分でやったな? まさか毒に気づいたわけじゃねーだろうが……直感か?)
ジークが素早くハンカチを差し出す。 「失礼いたします、殿下。ドレスを汚してしまいましたので、一度化粧室(パウダールーム)へ中座させていただきます」
「……おやおや。それは残念だ。せっかく用意した特別な一杯だったのだが」
王子の影が、獲物を逃した飢えた獣のように地面を這い、お嬢を追おうとする。 だが、俺は逃げた。
「……あ、れ? 足が……」
俺がお嬢の足を影で「滑らせる」ように加速させたせいで、お嬢は脱兎のごとく会場を後にした。 王子が呆気にとられて顔をしかめる中、追いついたフィオナがお嬢の腕を取った。
重厚な扉が閉まった瞬間、お嬢は壁に背中を預けて大きく息を吐いた。
「いいのよ、セレナ。むしろナイス判断だったわ」
フィオナが理知的な漆黒の瞳を揺らしながら、お嬢のドレスを拭う。 「あの殿下の碧眼。あれに見つめられると、蛇に睨まれた蛙のような心地になるの。貴女も、だから『わざと』こぼしたのでしょう?」
お嬢は困ったように笑った。 「ええ、なんだか……すごく不味そうな匂いがした気がして。思わず、叩き落としてやりたくなったわ」
「せ、セレナ?」
フィオナが口をあんぐり開けている。
(お嬢、それが大正解だよ……!)
フィオナの影が、不安げに小刻みに震えている。 そのたおやかな影が、俺に向かってひっそりと「答え合わせ」を投げてきた。
『……あいつの能力は【魅了(チャーム)】よ。しかも最悪のやつ……』
(魅了…だと!?)
『そう。あの碧眼に10秒見つめられたら最後。意識の深層が書き換えられて、アイツを全肯定するだけの人形になる…エバート家の情報網でも、その先は霧に包まれていて……』
(やっぱりか。あのドロドロした触手の正体は、他人の心を溶かす執着の塊だったわけだ)
俺は影の中で牙を剥く。 1分間。お嬢の紫紺の瞳を、あんなドブ色の沼に晒してたまるか。
(10秒……。まばたきを許さねぇ、死のカウントダウンってわけか。上等だ。あいつが10数える間に、俺がその碧眼の奥に『本物の闇』を叩き込んでやるよ…でも、お嬢にどうやって伝えればいい。今の俺にはまだ、声が届かねぇのに……!)
お嬢は鏡の中の自分を見つめ、そっと胸元を押さえた。 彼女の鼓動が、不安と覚悟で波打っている。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる