サンタヤーナの警句

宗像紫雲

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サンタヤーナの警句(第十五話)

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                 十五


※黄緑の折れ線が失業率

「ちょうどこのグラフは、1960年代後半からはじまるアメリカのインフレの山を3つ示しているね。真ん中と右側の高い山は有名だが、話としては一番左のやや低い山が重要なんだ」
 望外のお褒めに預かったが、隆三はとくに意図してこの山を拾った訳ではない。ただ原油価格が下落していたのを示すつもりだった。

「1960年代を通じてアメリカ経済は、実に均衡のとれた満足すべき状態が続いた。物価は低位に安定し、失業率は60年代初頭の7%から4%へ低下。国際貿易における米国の地位はますます強化されていった。これを支えたのが慎重な金融財政政策で、64年までは通貨と信用の膨張を避けつつ所得税や法人税の減税も何度か行われた。しかし、うまい話はそういつまでも続かない……」
 井坂は紙芝居のおじさんが冒険活劇を読むように、聞き手の興味を掻き立てながら難しい経済の話をして聞かせた。
「1965年に入るとベトナム戦争の激化とも相まって、ものやサービスに対する政府の需要が拡大した。すでに民間でも好景気にともなう需要の増大や設備の近代化へ向けた設備投資意欲が高まっていたから、“需要過多”の状況が生まれるのは時間の問題だった。実際にはこの山の前にももう一個山があるのだと思うが、ここで言えば67年の暮れ頃から物価の上昇が鮮明に表れるようになった」
 隆三は手許のグラフを見やり、井坂の話との整合性を確認した。
「物価上昇に先行して、賃金も上昇しているね」
「そうだね。ここはきれいに表れているね」
 井坂は満足そうに隆三の合いの手を受けると、さらに解説を続けた。

「65年の後半から66年にかけて、金融政策はかなりの引き締めをしたのだが、他方の財政は拡大の一途だったものだから一時は『クレジット・クランチ』と呼ばれる金融ひっ迫が起こって短期的な景気後退を引き起こした。すると景気が後退したから、金融当局はほどなくして金融政策を“緩和”へ転じた。このことがこのグラフの最初の山をつくる原因となった」
「へぇ~、そうだったのか」
「この時期の金融政策は猫の目のようにコロコロ変わった。67年末になるとインフレ圧力はかなり強力なものになっていたので、年明けとともに再びFRBが引き締め策を取るとともに政府も歳出の削減や増税といった財政政策に手を付ける。しかし……、すでに時は遅かった……」
「失業率が上がっているね」
「そう。財政と金融の両面から強力な引き締め策を行った結果、景気は失速して不況に陥った。普通ならばそこで物価は下降に転じるはずなのだが、このときばかりは不況とインフレが併存するという新たな現象を見ることとなった」
「スタグフレーション?」
 隆三の口から聞き覚えのあるフレーズが飛び出した。
「うん。スタグフレーションという言葉自体はこれより前にイギリスで生まれたのだが、それがアメリカでも起こった訳だ」
「ふ~ん、もっと後のことかと思ってた」
「うん、レーガン政権の頃が最も有名だからね……」
 話はほんの半世紀ほど前の出来ごとで、新聞やテレビ、雑誌やラジオのようなメディアが十分に発達した時代のことでもある。ところが世の中はもうそんなことはすっかり忘れている。ただ抜け殻になったフレーズだけが今も上っ面だけで飛び交っている。
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