サンタヤーナの警句

宗像紫雲

文字の大きさ
20 / 46

サンタヤーナの警句(第二十話)

しおりを挟む
                                               二十

「もうっ、今までどこへ行ってたんですかぁっ! 探したんですよっ!」
 隆三が戻ったのを見るや、鉾田ななみが凄い剣幕で駆け寄ってきた。時計の針はもう6時半を回っていた。「働き方改革」で以前ほど残業ができなくなったから、時間管理も厳しくなった。

「何度も何度も携帯へ連絡入れたのに、見なかったんですかぁ?」
 その語気に押されて慌てて携帯を取り出した。プッシュ通知の大半は身に覚えのない先からの怪しい売り込みだの、以前登録した通販サイトからのお知らせといった類だから、ろくに見もせず片っ端からゴミ箱へ放り込んできた。そんなのが習慣化して、メールの受信に“不感症”になっていた。
 画面をスクロールすると、確かに鉾田から繰り返しメールが送られていた。それに不在着信も複数回残っている。喫茶店で井坂と話しながらネットを検索したとき、事前にメールをチェックすべきだったが、まさか自分宛ての連絡なんて予期していなかったのが仇となった。
「スマン、スマン。つい話し込んでいたものだから……」
 そんな言い訳など今どき通じないと知りながら、ついつい逃げ口上を打った。

「編集長が吉川さんを別の企画へ引っ張って行っちゃったんですっ!」
 女々しい言い訳に対する鉾田の宣告は、あまりに残酷だった。
「ええええっ、なっ、何で」--?
 まさに寝耳に水の話である。
「羽柴さんが自分ばっかり勝手気ままに行動して、吉川さんのこと、放ったらかしにしてたでしょ?」
 そう言われると誠に耳が痛い。まったく返す言葉もない。
「だけどアイツ、自分でいい資料つくってきたじゃないか」
 隆三の指示を受けるまでもなく、吉川幸一が原油価格とインフレ率の関係をグラフ化して、このインフレが原油高とは別の要因から起こっている可能性を探って見せたのは、ほんの数日前のことである。隆三はそこに“賃金”という要素をはめ込んで、一つの仮説を立てた。ところが彼は、そのネタを自分で抱えたまま吉川を置き去りにしてしまった。
 こういうところが彼の管理能力の欠如として、上層部の不興を買った。それにあの事件が重なって降格の憂き目に遭ったにもかかわらず、三つ子の魂何とやらでまた同じことを繰り返した。

「吉川さん、あのグラフつくったはいいけど、羽柴さんがあれをどう使おうとしているのか、自分はこの先どっちへ行ったらいいのか分からないって、頭かかえていたんですよっ。それなのに、羽柴さんたら、自分ばっかり飛び回ってばかりじゃないですか!」
「……」
 入社二年目の鉾田ななみに説教を食らわされ、まったく面目ないとしか返せない。そんな自分がつくづく嫌になった。
「それで手持ち無沙汰そうにしているところへ編集長がやってきて、『おう、何だ手が空いているなら手伝ってくれ』って、こっちもこっちで吉川さんの話なんか聞かないで、連れて行っちゃったんです。もうっ、ワタシ辞めようかな、この会社……」
 これは参った。隆三はその一言を思い浮かべるのが精いっぱいだった。もちろんそんなことは口にできない。彼に許された言葉はただひとつ--。
「スマン。本当にすみませんでした」

 編集長の木戸康夫は隆三より三コ先輩で、会社の常務取締役でもある。編集部の中で唯一頭の上がらない相手と言えば、木戸しかいない。その木戸の許へ行って、果たして吉川を連れて帰ってこられるだろうか……? イヤーっ、どう考えてもそれは無理そうだ。第一、吉川自身がそれを望まないだろう。せっかく特集を任されたというのに、部下をつけてくれたというのに、早々に三行半を突き付けられたかたちになった。
「僕がもっと早くに言えばよかったんでしょうがね……」
 腫れ物を触るような物腰で、副編集長の種村が気を回してくれた。その心配りが自分のダメさ加減を一層浮き上がらせた。

「しかし、企画はもう変更できません。鉾田さんと二人でお願いします」
 奥ゆかしい口調で種村が容赦なくそう言った。自業自得なのだから、自分が吉川の穴を埋めるのは当然である。問題は鉾田がこのまま付いてきてくれるか否かだろう。そんな気配を感じ取ったのか、鉾田はこちらが聞くまでもなくこういった。
「もう、嫌んなっちゃった」
「分かった。自分のツケは自分で払うよ」
 それは隆三の何気ないひとことだった。すると鉾田ななみが声を荒げた。

「羽柴さんのそういうところがワタシ、大嫌いですっ!」
 意表を突かれたのは種村も一緒だった。二人のオジサンを前に、鉾田は泣き叫ばんばかりにこう続けた。
「どうしていつも自分ばかりなんですかっ? なんで独りなんですかっ? みんなでやろうとしないんですかっ? そんなのチームじゃないっ! 吉川さんを取り上げられて当然ですっ! そんなんだったらワタシっ、辞めるっ!!」
 そういうが早いか、鉾田はワッと泣き出した。窓の外はすっかり暗がりになっていた。蛍光灯の光が窓ガラスに浮いて見えた。それ以外は何も見えなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

 【最新版】  日月神示

蔵屋
歴史・時代
 最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。  何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」 「今に生きよ!」  「善一筋で生きよ!」  「身魂磨きをせよ!」  「人間の正しい生き方」  「人間の正しい食生活」  「人間の正しい夫婦のあり方」  「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」  たったのこれだけを守れば良いということだ。  根拠のない書籍や情報源等に惑わされてはダメだ。  日月神示も出口王仁三郎もそのようなことは一切言っていない。  これらの書籍や情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが出てくるから気をつけよ!」 という言葉に注目して欲しい。  今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示を分かりやすく解説していくことにしました。  どうか、最後までお読み下さい。  日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。    

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

処理中です...