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サンタヤーナの警句(第三十五話)
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三十五
材料は集まった。徹夜明けでぼぉっとした頭を酷使して、パソコンのキーボードを必死にたたいた。
「インフレ、円安--。その次に来るもの」
◆スタグフレーションの元凶はコスト
2022年の1月下旬、あるニュースに衝撃が走った--。
「うまい棒」が43年ぶりに1本12円へと値上げされることになったからだ。これに象徴されるように、乳製品や油、ペットボトルの水から紙おむつ……。春先からあれよあれよという間に値上げラッシュが本格化した。長く続いたデフレの時代にも、実は値上げは行われた。その犯人は「消費税引き上げ」だった。その度に消費は大きく落ち込んだが、喉元過ぎれば何とやら……で、「税務署には逆らえない」との諦めが織り込まれるにつれて、熱さを忘れた。
しかし今回は別格だ。何せ30年近くも続いた“デフレ”の裏返しとなれば、再び出口の見えない“泥沼”に嵌り兼ねない。
パンデミックからの回復途上で需給バランスが崩れた欧米諸国と異なり、回復が遅れた日本では労働市場のひっ迫感がそれほど高くない。これは不幸中の幸いと言えよう。それでも原材料の輸入依存度が高い分、エネルギーや為替の影響を避けられないのが日本経済の宿命である。
さて図にも示したように、アメリカのインフレは原油価格に先行して2021年3月頃から火が着いた。同年秋には6%、年末には7%を記録して、東欧の地域紛争が勃発した頃にはすでに8%へ迫ろうとしていたのだ。これだけを見てもインフレの発生が原油価格の急騰によるものとする説には無理があるのが分かるだろう。
もっとも、インフレのような得体の知れない現象を、一つの要因に帰すること自体が病気の診断を誤らせるのは間違いない。とは言え筆者は敢えて賃金の動向を照らし合わせてみた。
パンデミックの発生から賃金上昇率が激しく揺さぶられていることが見て取れる。これを以て「元凶」呼ばわりするのはいささか乱暴だが、少なくとも原油よりは因果関係を見出し得るのではなかろうか? その賃金は依然として5%台に留まり、労働市場のひっぱくが続く限りは改善の見込みも立たないのが実情だ。つまり、原油価格が下がったところでインフレの鎮静は望めないということだ。
話は矛盾するようだが、上述の通り我が日本は輸入コスト、なかんずくエネルギー高の影響を強く受ける。それはその通りで、原油、液化天然ガス(LNG)価格の高止まりは以前から川上の企業を苦しめてきた。今年に入って消費者の目に現れたのは、上流での出来ごとがいよいよ下流へと流れ下ってきた姿に他ならない。
だがここで注意が必要だ。モノの値段が上がった以上、収入も増えなければ生活は苦しくなる。だから賃上げを要求するのは生理現象だ。しかし企業側にとって賃金はコストとなり、いずれそれを価格へ転嫁せざるを得ない。そして再び値上げラッシュが起こり、さらなる賃上げが要求される……。これこそいつか来た道の逆バージョン、“インフレスパイラル”に他ならない。生活防衛のために差し詰め賃上げは必要だろう。だがそれがまたぞろ出口の見えないインフレの“泥沼”とならないよう祈るばかりである。
◆介入の効果は出ていた
インフレとの戦いに敢然と臨んだ米国連邦準備(FRB)と、異次元緩和を継続する日本銀行--。政策の方向感が逆向きなのがクローズアップされ、3月頃から円安がはじまった。エネルギー価格の上昇が日本の経常収支を悪化させたことも相まって、夏場にかけてグングン円安を進行させた。すると普段面白く思っていない筋から日銀批判が上がり、その声は日に日にかまびすしくなっていった。
しかし今一度考えなおしてみたい。変動相場制の下で各国の金政策は、各々の国の事情を反映し独立されるべきものである。金利政策とは他国に倣って舵を取るべきものではないのである。しかし為替が実質金利に引き寄せられる以上、実質金利が上がる限りは円安に歯止めをかけることはできないだろう。
その場合、問題視すべきは中央銀行の金利政策だろうか? はたまた無軌道な短資の暴走だろうか? ここで我々は“自由化”に意義を問い直さなければならないのではなかろうか?
9月に入るとドル円相場に跛行性が現れる。実質金利の方向性と異なる動きがちらほら出始めたのだ。円安の水準も許容範囲を超えそうだったとて、9月22日にとうとう“伝家の宝刀”を抜いた。この単独介入を巡って巷では、「無駄玉だった」とか「効果がまるでなかった」かのように言われている。
しかし、上図の赤い丸で示した通り、5年もの実質金利が大きく上下にスイングした9月下旬から10月初旬の12営業日間、ドル円レートは144円台に張り付いた。これを「無駄玉」と呼ぶのは何を引き合いにしてのことなのだろうか? およそ介入には賞味期限がある。短くて2~3日、長くても2~3週間が普通だという。その意味で今回の介入の評価は“まあまあ”が至当だと思うがいかがだろう?
問題は当面の抵抗線と見られていた147円をあっさり突破されたにもかかわらず、当局が以前ほどピリピリしていないことにある。敵を欺くのが介入の醍醐味だから、明日にも介入が行われる可能性を排除できない。しかし筆者は、すでに問題が“円安”から“ドル高”へと移ったからだと見ている。
◆地図をどう見るか
IMFが今年10月に公表した予測値によれば、アメリカのGDPは25兆ドルを超え、前年を大きく上回ることになっている。世界の中心を日本において見るならば、あくまで“円安”にこだわるのも一計であろう。だが日本の一部の人々以外はそう見ない。世界の中心にあるのはアメリカであり、あくまでアメリカドルなのだ。
ここに掲げたのはセントルイス連邦銀行が公表している「実質実効ドル指数」のグラフである。日々取り引きされる為替レートとは別に、物価や貿易量などを加味した通貨の“実力”を示したものだ。同じ指数を「国際決済銀行(BIS)」も公表していて、どちらを選ぶかによって見える世界は異なってくる。
仮にセントルイス連邦のを取った場合、ドル高は過去の歴史的水準を上回って進行していることになる。未来に対してどこが頂上などと予見はできないが、登った山はいずれ下らねばならない。後は時間の問題に過ぎないのだ。
そこで今度はドル高の山が何に支えられているのかを考えてみよう--。
GDPで測った経済規模がダントツ世界一なのは言うまでもない。だがその4分の1は金融や不動産といったセクターで、いま大きく揺れている。世界を席巻したテック業界はGDPの5・5%と政府支出の半分ほどだし、近年喧伝される資源国への転換ストーリーの主役となるシェール業界は、その他を合わせた鉱業全般でも1%に満たないお寒さだ。
一方目を転じて経常収支を見ると21年度で約8770億ドルと史上最高の赤字。財政の負債も31兆ドルを超え、空前の“双子の赤字”を抱えている。そして22年1~3月期の成長率は年率換算で前期比マイナス1・6%、4~6月期も同マイナス0・6%とテクニカルリセッションに相当する状態にある。それをジャネット・イェレン財務長官が「雇用が堅調だからリセッションではない」と言い張っているだけの極めて危うい有様にある。
足下のドル高が輸入コストを押し下げ赤字減らしに寄与したのは、せいぜい9月頃までだろう。何事も“程度問題”である。ドル高によるマネーの流入はインフレと闘う通貨当局を失望させているに違いない。
脆弱な実体経済と高インフレ下でのドル高は、「ビナイン・ネグレクト」と呼びならわされてきた。「強いドル」とか「優雅なる無視」など表面を取り繕っても、この言葉の裏側には常に“困窮するアメリカ”の姿があった。そして「ビナイン・ネグレクト」の後にはドルの暴落が続くのが過去のパターンだ。
止まらない円安を前に“沈黙”が広がり始めたのも、こうした現状を反映してのことだと思う。そして日銀が緩和政策を変えないのは、ドルに“もしも”のことが起これば日本経済は間違いなくデフレへ舞い戻ると予測しているからだというのは、政策委員の発言から明らかに読み取れる。物価高に円安--いずれも耐え難いが、凍てつく冬をじっと籠って春を待つのも懸命な生き方だろう。
◆サンタヤーナの警句
「ドルはもはや、金の役割を有せず、一通貨としての役割しか持っていない以上、世界は新しい事態--すなわち世界的インフレの原因となる過剰ドル、またはデフレの原因となるドル不足--に直面している。このような事態の原因は自然発生的な中立のものではなく、その結果を耐えなければならない人々とは無縁の人為によるものである」
これはニクソン政権がドルと金の兌換を停止したのを受けて仏蔵相のジスカール・デスタンが憤りのあまり書いたものだ。第二次大戦後の国際通貨制度は金と交換できる唯一の通貨であるアメリカドルを“基軸通貨”とし、他の諸国はアメリカの国民通貨であるドルを裏付けに自国通貨を発行する「金為替本位制」と取ることとなった。その場合、各国はあくまでドルを通じて「金」とつながっていたのであり、金との交換性こそがドルの“信認”を支えていた。
過ぎ去った過去を嘆いても仕方がないが、金という絶対的な“アンカー”を失ったドルは、仮想通貨と何ら変わるところがない。ただ現状は、膨大なドル残高が存在するから過去からの慣習としてドルを使っているだけのことであり、強いてドルを使わねばならないと強制する規則はどこにもなくなった。
それゆえ、地政学的な対立が深まるにつれて“ドル離れ”は不可避的に進むであろう。その契機となったのが、「国際銀行間通信ネットワーク(SWIFT)」からのルーブルの排除だったことを忘れてはならない。この措置を取った軽率な人物は、現状の決済網から排除してしまえばすぎに音を上げると高を括ったに違いない。この一報が流れた時には歓喜した人間たちも少なからずいたのをこの目で見たゾ!
だがことは却ってややこしくなった。ユーラシアの権威主義国が人民元決済網と結託し、冷戦期のコメコンのような陣営をなしてしまったからだ。筆者は間違ってもこの動きを面白がったり支持したりするものではない。だがこれは間違いなく“ドル離れ”を促進し、世界の通貨体制を再びカオスへ落とし込むことになりのを恐れているばかりである。
アメリカのような特定国の経常赤字が恒常化し、黒字も特定国に偏る世界を「グローバル・インバランス」と言い、世界の不安定要因となっている。いつの頃からか、「ビナイン・ネグレクト」のアメリカは経常赤字の責任が輸入過多の自国側にあるのではなく、輸出過多の黒字国側にあると唱え、日本との貿易摩擦を激化させた。つい先ごろノーベル経済学賞を受賞したFRBのベン・バーナンキ元議長は2005年に「過剰貯蓄仮説」を唱え、「ビナイン・ネグレクト」を理論的に正当化してみせたが、問題はそうしてアメリカ人が黒字国を敵視するところにある。
上に示した「グローバル・インバランス」の黒字国はいずれもアメリカと密接な関係を持つ。同盟国もしくは敵国だ。直近2022年の一番上の茶色い棒の大半はサウジアラビアである。この度ワシントンの高官が「サウジとの関係を見直さねばならない」と威嚇してみせたが、火遊びはほどほどにしないと大やけどを被る。今後、中東で何かが起これば原油価格は確実に上昇する。それを機にOPECが“ドル離れ”につながる何かを声明すれば、ドルを支える三つの柱--金融・石油・軍事--のうち2つが危うくなることになる。のこる「軍事」で西側をつなぎとめようというのであれば、それはもはや「自由主義」とは無縁の旧ソ連と同じことをすることになる。それでは自由主義そのものが持たない。
かつて規律を失った通貨がめいめい勝手に振舞いだして、無秩序な「近隣窮乏化政策」が国際間の対立を深め、第二次世界大戦の悲劇へとつながったという歴史観を支持するのであれば、このままズルズルと通貨のカオスを座視する訳にはいかない。いったい我々は何を信じ何を拠りどころに、何を守ろうとしているのだろうか--?
そうならないよう、スペインの詩人ジョージ・サンタヤーナが残した鋭い警句を引用して筆を置くことにする。
「過去を思わぬ人々はそれを繰り返す罰を受けるであろう」
材料は集まった。徹夜明けでぼぉっとした頭を酷使して、パソコンのキーボードを必死にたたいた。
「インフレ、円安--。その次に来るもの」
◆スタグフレーションの元凶はコスト
2022年の1月下旬、あるニュースに衝撃が走った--。
「うまい棒」が43年ぶりに1本12円へと値上げされることになったからだ。これに象徴されるように、乳製品や油、ペットボトルの水から紙おむつ……。春先からあれよあれよという間に値上げラッシュが本格化した。長く続いたデフレの時代にも、実は値上げは行われた。その犯人は「消費税引き上げ」だった。その度に消費は大きく落ち込んだが、喉元過ぎれば何とやら……で、「税務署には逆らえない」との諦めが織り込まれるにつれて、熱さを忘れた。
しかし今回は別格だ。何せ30年近くも続いた“デフレ”の裏返しとなれば、再び出口の見えない“泥沼”に嵌り兼ねない。
パンデミックからの回復途上で需給バランスが崩れた欧米諸国と異なり、回復が遅れた日本では労働市場のひっ迫感がそれほど高くない。これは不幸中の幸いと言えよう。それでも原材料の輸入依存度が高い分、エネルギーや為替の影響を避けられないのが日本経済の宿命である。
さて図にも示したように、アメリカのインフレは原油価格に先行して2021年3月頃から火が着いた。同年秋には6%、年末には7%を記録して、東欧の地域紛争が勃発した頃にはすでに8%へ迫ろうとしていたのだ。これだけを見てもインフレの発生が原油価格の急騰によるものとする説には無理があるのが分かるだろう。
もっとも、インフレのような得体の知れない現象を、一つの要因に帰すること自体が病気の診断を誤らせるのは間違いない。とは言え筆者は敢えて賃金の動向を照らし合わせてみた。
パンデミックの発生から賃金上昇率が激しく揺さぶられていることが見て取れる。これを以て「元凶」呼ばわりするのはいささか乱暴だが、少なくとも原油よりは因果関係を見出し得るのではなかろうか? その賃金は依然として5%台に留まり、労働市場のひっぱくが続く限りは改善の見込みも立たないのが実情だ。つまり、原油価格が下がったところでインフレの鎮静は望めないということだ。
話は矛盾するようだが、上述の通り我が日本は輸入コスト、なかんずくエネルギー高の影響を強く受ける。それはその通りで、原油、液化天然ガス(LNG)価格の高止まりは以前から川上の企業を苦しめてきた。今年に入って消費者の目に現れたのは、上流での出来ごとがいよいよ下流へと流れ下ってきた姿に他ならない。
だがここで注意が必要だ。モノの値段が上がった以上、収入も増えなければ生活は苦しくなる。だから賃上げを要求するのは生理現象だ。しかし企業側にとって賃金はコストとなり、いずれそれを価格へ転嫁せざるを得ない。そして再び値上げラッシュが起こり、さらなる賃上げが要求される……。これこそいつか来た道の逆バージョン、“インフレスパイラル”に他ならない。生活防衛のために差し詰め賃上げは必要だろう。だがそれがまたぞろ出口の見えないインフレの“泥沼”とならないよう祈るばかりである。
◆介入の効果は出ていた
インフレとの戦いに敢然と臨んだ米国連邦準備(FRB)と、異次元緩和を継続する日本銀行--。政策の方向感が逆向きなのがクローズアップされ、3月頃から円安がはじまった。エネルギー価格の上昇が日本の経常収支を悪化させたことも相まって、夏場にかけてグングン円安を進行させた。すると普段面白く思っていない筋から日銀批判が上がり、その声は日に日にかまびすしくなっていった。
しかし今一度考えなおしてみたい。変動相場制の下で各国の金政策は、各々の国の事情を反映し独立されるべきものである。金利政策とは他国に倣って舵を取るべきものではないのである。しかし為替が実質金利に引き寄せられる以上、実質金利が上がる限りは円安に歯止めをかけることはできないだろう。
その場合、問題視すべきは中央銀行の金利政策だろうか? はたまた無軌道な短資の暴走だろうか? ここで我々は“自由化”に意義を問い直さなければならないのではなかろうか?
9月に入るとドル円相場に跛行性が現れる。実質金利の方向性と異なる動きがちらほら出始めたのだ。円安の水準も許容範囲を超えそうだったとて、9月22日にとうとう“伝家の宝刀”を抜いた。この単独介入を巡って巷では、「無駄玉だった」とか「効果がまるでなかった」かのように言われている。
しかし、上図の赤い丸で示した通り、5年もの実質金利が大きく上下にスイングした9月下旬から10月初旬の12営業日間、ドル円レートは144円台に張り付いた。これを「無駄玉」と呼ぶのは何を引き合いにしてのことなのだろうか? およそ介入には賞味期限がある。短くて2~3日、長くても2~3週間が普通だという。その意味で今回の介入の評価は“まあまあ”が至当だと思うがいかがだろう?
問題は当面の抵抗線と見られていた147円をあっさり突破されたにもかかわらず、当局が以前ほどピリピリしていないことにある。敵を欺くのが介入の醍醐味だから、明日にも介入が行われる可能性を排除できない。しかし筆者は、すでに問題が“円安”から“ドル高”へと移ったからだと見ている。
◆地図をどう見るか
IMFが今年10月に公表した予測値によれば、アメリカのGDPは25兆ドルを超え、前年を大きく上回ることになっている。世界の中心を日本において見るならば、あくまで“円安”にこだわるのも一計であろう。だが日本の一部の人々以外はそう見ない。世界の中心にあるのはアメリカであり、あくまでアメリカドルなのだ。
ここに掲げたのはセントルイス連邦銀行が公表している「実質実効ドル指数」のグラフである。日々取り引きされる為替レートとは別に、物価や貿易量などを加味した通貨の“実力”を示したものだ。同じ指数を「国際決済銀行(BIS)」も公表していて、どちらを選ぶかによって見える世界は異なってくる。
仮にセントルイス連邦のを取った場合、ドル高は過去の歴史的水準を上回って進行していることになる。未来に対してどこが頂上などと予見はできないが、登った山はいずれ下らねばならない。後は時間の問題に過ぎないのだ。
そこで今度はドル高の山が何に支えられているのかを考えてみよう--。
GDPで測った経済規模がダントツ世界一なのは言うまでもない。だがその4分の1は金融や不動産といったセクターで、いま大きく揺れている。世界を席巻したテック業界はGDPの5・5%と政府支出の半分ほどだし、近年喧伝される資源国への転換ストーリーの主役となるシェール業界は、その他を合わせた鉱業全般でも1%に満たないお寒さだ。
一方目を転じて経常収支を見ると21年度で約8770億ドルと史上最高の赤字。財政の負債も31兆ドルを超え、空前の“双子の赤字”を抱えている。そして22年1~3月期の成長率は年率換算で前期比マイナス1・6%、4~6月期も同マイナス0・6%とテクニカルリセッションに相当する状態にある。それをジャネット・イェレン財務長官が「雇用が堅調だからリセッションではない」と言い張っているだけの極めて危うい有様にある。
足下のドル高が輸入コストを押し下げ赤字減らしに寄与したのは、せいぜい9月頃までだろう。何事も“程度問題”である。ドル高によるマネーの流入はインフレと闘う通貨当局を失望させているに違いない。
脆弱な実体経済と高インフレ下でのドル高は、「ビナイン・ネグレクト」と呼びならわされてきた。「強いドル」とか「優雅なる無視」など表面を取り繕っても、この言葉の裏側には常に“困窮するアメリカ”の姿があった。そして「ビナイン・ネグレクト」の後にはドルの暴落が続くのが過去のパターンだ。
止まらない円安を前に“沈黙”が広がり始めたのも、こうした現状を反映してのことだと思う。そして日銀が緩和政策を変えないのは、ドルに“もしも”のことが起これば日本経済は間違いなくデフレへ舞い戻ると予測しているからだというのは、政策委員の発言から明らかに読み取れる。物価高に円安--いずれも耐え難いが、凍てつく冬をじっと籠って春を待つのも懸命な生き方だろう。
◆サンタヤーナの警句
「ドルはもはや、金の役割を有せず、一通貨としての役割しか持っていない以上、世界は新しい事態--すなわち世界的インフレの原因となる過剰ドル、またはデフレの原因となるドル不足--に直面している。このような事態の原因は自然発生的な中立のものではなく、その結果を耐えなければならない人々とは無縁の人為によるものである」
これはニクソン政権がドルと金の兌換を停止したのを受けて仏蔵相のジスカール・デスタンが憤りのあまり書いたものだ。第二次大戦後の国際通貨制度は金と交換できる唯一の通貨であるアメリカドルを“基軸通貨”とし、他の諸国はアメリカの国民通貨であるドルを裏付けに自国通貨を発行する「金為替本位制」と取ることとなった。その場合、各国はあくまでドルを通じて「金」とつながっていたのであり、金との交換性こそがドルの“信認”を支えていた。
過ぎ去った過去を嘆いても仕方がないが、金という絶対的な“アンカー”を失ったドルは、仮想通貨と何ら変わるところがない。ただ現状は、膨大なドル残高が存在するから過去からの慣習としてドルを使っているだけのことであり、強いてドルを使わねばならないと強制する規則はどこにもなくなった。
それゆえ、地政学的な対立が深まるにつれて“ドル離れ”は不可避的に進むであろう。その契機となったのが、「国際銀行間通信ネットワーク(SWIFT)」からのルーブルの排除だったことを忘れてはならない。この措置を取った軽率な人物は、現状の決済網から排除してしまえばすぎに音を上げると高を括ったに違いない。この一報が流れた時には歓喜した人間たちも少なからずいたのをこの目で見たゾ!
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アメリカのような特定国の経常赤字が恒常化し、黒字も特定国に偏る世界を「グローバル・インバランス」と言い、世界の不安定要因となっている。いつの頃からか、「ビナイン・ネグレクト」のアメリカは経常赤字の責任が輸入過多の自国側にあるのではなく、輸出過多の黒字国側にあると唱え、日本との貿易摩擦を激化させた。つい先ごろノーベル経済学賞を受賞したFRBのベン・バーナンキ元議長は2005年に「過剰貯蓄仮説」を唱え、「ビナイン・ネグレクト」を理論的に正当化してみせたが、問題はそうしてアメリカ人が黒字国を敵視するところにある。
上に示した「グローバル・インバランス」の黒字国はいずれもアメリカと密接な関係を持つ。同盟国もしくは敵国だ。直近2022年の一番上の茶色い棒の大半はサウジアラビアである。この度ワシントンの高官が「サウジとの関係を見直さねばならない」と威嚇してみせたが、火遊びはほどほどにしないと大やけどを被る。今後、中東で何かが起これば原油価格は確実に上昇する。それを機にOPECが“ドル離れ”につながる何かを声明すれば、ドルを支える三つの柱--金融・石油・軍事--のうち2つが危うくなることになる。のこる「軍事」で西側をつなぎとめようというのであれば、それはもはや「自由主義」とは無縁の旧ソ連と同じことをすることになる。それでは自由主義そのものが持たない。
かつて規律を失った通貨がめいめい勝手に振舞いだして、無秩序な「近隣窮乏化政策」が国際間の対立を深め、第二次世界大戦の悲劇へとつながったという歴史観を支持するのであれば、このままズルズルと通貨のカオスを座視する訳にはいかない。いったい我々は何を信じ何を拠りどころに、何を守ろうとしているのだろうか--?
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