サンタヤーナの警句

宗像紫雲

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サンタヤーナの警句(第三十七話)

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                 三十七

 かくして隆三の記事を一部削った「インフレ特集」は仕上がり、雑誌は発行された。いつものことだが、読者の反応は皆無だった。
 作り手と受けての関係が大きく変わり、情報を上から下へと下ろすマスメディアの時代は風前の灯となっている。新聞世論が“突き上げ”を食らうのも珍しくなくなり、“承認欲求”を満たすSNSやユーチューバーが隆盛を誇っている。例外的に、テレビのモーニングショーやワイドショーにだけは、相変わらず一方的な情報の“押し付け”がまかり通っている。
 隆三のところのような弱小メディアは、行く先のないまま浮き草のように漂っている。このままでいいのだろうか……?

 掲載誌と借りた書籍を持って、春日の事務所を訪ねた。昭和の場末のキャバレーのオンナのように、暗がりで見てもみすぼらしく見えた雑居ビルは、白日の下にさらされ救いようのないほどしおれていた。
 事前にアポイントを取ったはずなのに先客がいて、それにも関わらず受付の女の娘は隆三を奥へと招き入れた。
「あれっ--」。
「おおっ」
 そこにいたのは井坂忠雄だった。
「お知り合いですか?」
 どちらへともなく春日が訪ねた。口火を切ったのは井坂の方だった。
「コイツ、昔の職場の同期でしてね。今度インフレを特集するからって、いろいろレクチャーしてやったんですよ」
 井坂はそこまで聞かれてもいないのに、自慢げに自己をアピールした。ネタはすでに上がっていたから、隆三にはもはや白々しいとしか聞こえなかった。いつの間にやら世渡り上手になった本人もその辺は重々心得ていたようで、ネタ元へのリップサービスを忘れなかった。
「もちろん、先生の受け売りですがね。へへっ……」

「そんじゃあ、私はこの辺で……」
 隆三がまだ何も言わないうちに、井坂はいそいそ帰り支度をした。春日は何も言わずにそれを見送った。
「羽柴さんも、また今度ね」--。
 もしかしたら二度と来ない「今度」を言い残して、旧友は去って行った。

 井坂が出て行くのと入れ替えに席についた隆三は、先ず礼を言って借りた書籍と資料を返却した。
「お役に立ちましたかな?」
 春日は好々爺こうこうやの笑みを浮かべてそれらを引き取った。
「ありがとうございました。自分も若い頃は多少のことかじったつもりでしたが、あらためて学ぶことが多々ありました。大変勉強になりました」
 謝意としては上出来だったと。問題は、そうして学んだことを記事に盛り込めなかったことである。しかしこの仕事をしていれば、しばしばそういう場面に行き当たる。だからてらいもなく事情を伝え、理解してもらうつもりだった。

「実は……、せっかくのご教示でしたが、諸般の事情からほとんど記事に盛り込めませんでした」
 そう言って今度は掲載誌を取り出した。すると春日は、冷静さこそ失わなかったが露骨に顔をゆがめ、受け取った雑誌の隆三の記事のみを斜め読みした。それは広報担当者がよくやる仕草で、記事そのものへの関心ではなく、自分が提供した情報がどこにどの程度反映されているかを品定めする態度であった。そして先日話したことがごくわずかしか使われていないのを確認すると、「ふぅ~っ」と深いため息を漏らした。
「まあ、あなたにもお立場というものがおありでしょうから……」
 遠回しに怒りの感情を伝える、慇懃無礼な決めゼリフを食らった。

 新聞でも雑誌でも、取材したことをすべて載せる訳ではない。その辺の事情は大抵の場合、相手方も汲んでくれて「気にしないでください」と諦めてくれる。だが相手が相当な格上の場合は事情が異なる。扱いによってはプライドを傷つけることになり、関係がギクシャクもする。
 銀行から紹介されたというだけの流れでこの人物に会ってみたが、今さらながらに春日哲也という人物の素性が気になった。実は今回、その辺を聞いてみようとおもっていたのだが、この雰囲気ではとても切り出せなかった。

 このまま居座っていてもお互いに気まずくなるだけだから、あらためて詫びを言って事務所を後にした。再びここへ来ることはあるだろうか--? 振り返った視線の先に、古ぼけたビルが侘しくポツンと立っていた。
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