風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第六章(十月理事会)

第六章第七節(レディング外相)

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                 七

 同じ頃、ロンドンでは松平恒雄まつだいらつねお大使ともう一人の“老外相”が会談していた。

「新聞には外相ご自身が理事会へおもむかれるとありましたが、ご決断されたのですか?」
「自分が行ってどうなるものでもありませんが、満洲での出来ごとをこのまま放置する訳にもいきませんから……」
 ルーファス・アイザックス・レディング外相は法律家の出身である。世の中を“白か黒か”できっちり分けなければ気が済まないのだろう。
「どうなるものではないものの、自分が赴けば恐らくブリアンも動くでしょう。グランジが出席するのはほぼ確定です」
 事態の悪化がなければ見送られるはずだった臨時理事会は、思いのほか重要な会合になるやもしれない。しかも関東軍の錦州きんしゅう爆撃以来、各国の目はすでに日本に対して厳しい。本来、こうした場面には不向きな芳澤大使がこれにどう対処するだろうか。九月の理事会はある意味“運よく”切り抜けられたが、先行きには一抹いちまつの不安を感じざるを得ない。いずれ何かの手助けが必要になるだろう。
 松平は掛け値なしに三年次先輩のことを思いやった。

施肇基しちょうき代表は日本が軍事行動を起こしたにもかかわらず、自国側は努めて自重じちょうしていると主張しますが、満洲には敗残兵や馬賊らが跳梁跋扈ちょうりょうばっこし、日鮮人の殺害事件が多数発生しているのが実情です。揚子江一帯における排日運動はなお熾烈しれつで、内陸地の領事館を閉鎖して居留民たちを引き揚げさせなくてはならない状況なのです」
 そういって、東京から受け取った現地の情勢に関する電報の写しを手渡した。

「実は……」
 外相は少し言いよどんだ。今回のことを巡っては英国政府内にも明らかな逡巡しゅんじゅんがある。
「問題の背景には極めて機微きびで複雑な事情があります。聯盟に行ったところで、本件をどのように処理したらいいのか苦慮しているところなのです」
 英国法曹界ほうそうかいの重鎮は、壮年の東洋人を前に胸襟きょうきんを開いて見せた。それは間違いなく老外相の本心だったのだろう。それでも今回の理事会は、聯盟の威信にかけても何らかのを見つけない訳にはいかない。それが果たしてどこなのかは、今の二人に分かるすべもなかった。

「結局民国側は、この件に聯盟を引きずり込んで処理させようという腹なのでしょうね」
 溜息たんそく交じりに印象で語ると、老外相も微笑ほほえみ返してうなずいた。
「まったくその通りです」
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