風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第六章(十月理事会)

第六章第八節(幣原外相)

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                 八
 
 「国際協調主義者」と称される幣原喜重郎しではらきじゅうろう外相だが、どうも国際聯盟は彼のお眼鏡めがねにかなわなかったようである。

 九月の理事会に際して「五人委員会」から提起され、ドラモンド事務総長からも「上海に駐在するウォルタースに現地を視察させたい」と依頼された満洲への調査員派遣の要請を一刀両断いっとうりょうだんしておきながら、幣原外相は九月二十八日、スチムソン国務長官から「ハルビンのハンソン総領事と東京のソウルズベリー書記生を、南満州の視察に向かわせたい」とわれて二つ返事で承諾した。果たしてその違いがどこにあったのか?--を問うと、「各国からの視察の要望にこたえているのだから、それで十分ではないか。国際機関である聯盟からの視察は、国民輿論よろんを硬化させる恐れがある」と返事してきた。
 芳澤も沢田も、何度も回訓を読み返したが、ついぞその意味を理解できなかった。

 これではあまりに聯盟を軽視していると言わざるを得ない。そもそも満洲への視察員派遣を最初に提案したのは、ドラモンド総長である。善意を踏みにじられた思いの事務総長は、次席の杉村陽太郎公使を通して露骨に不快の意を表してきて、日本代表部をヤキモキさせた。
 日本には日本の事情もあろうが、色々と理屈を並べては撤兵を遷延せんえんし、視察員の受け入れも拒絶しながら対案は一切示さない--。
 そうした日本政府のやり方は、次第に聯盟内の不信感を高めていった。次の理事会が迫るなか、ジュネーブの風向きの変わりようを肌身はだみに感じ取っていた日本代表部は、聯盟より先に東京を説得しなければならないと頭を抱えた。
 性急に満洲事変から聯盟を遠ざけようとする外相へ、芳澤はこう送る。

 「いやしくも聯盟の一員、ことに常任理事国としての義務を負う立場で、漫然まんぜんと理事会の干与を拒否することはできない。理事会からの提案をことごとく退しりぞけながら何の対案をも示さないようでは、いたずらに理事会の反感を買って民国側を調子づかせる結果となる」

 確かにもとはと言えば、満洲事変からできるだけ聯盟を切り離そうというのは、芳澤自身の考えである。ただ芳澤の真意は決して聯盟と対決しようなどというところにはない。むしろ、「できるだけ聯盟の顔を立て、我がほうへの好感を維持しながら交渉を進めるべき」という点にあった。東京との食い違いはその一点だけだ。
 だが不幸にして、ほんのそれだけの“ズレ”がいろいろと行違って、もともと意固地いこじな性格の幣原外相を、さらに頑迷がんめいにしてしまった。

 九月の理事会では東京からの回訓の遅延ちえんに苦慮した日本代表部だったが、今度はこの頑迷さと対峙たいじせねばならなくなる。
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