87 / 466
第六章(十月理事会)
第六章第八節(幣原外相)
しおりを挟む
八
「国際協調主義者」と称される幣原喜重郎外相だが、どうも国際聯盟は彼のお眼鏡にかなわなかったようである。
九月の理事会に際して「五人委員会」から提起され、ドラモンド事務総長からも「上海に駐在するウォルタースに現地を視察させたい」と依頼された満洲への調査員派遣の要請を一刀両断しておきながら、幣原外相は九月二十八日、スチムソン国務長官から「ハルビンのハンソン総領事と東京のソウルズベリー書記生を、南満州の視察に向かわせたい」と請われて二つ返事で承諾した。果たしてその違いがどこにあったのか?--を問うと、「各国からの視察の要望に応えているのだから、それで十分ではないか。国際機関である聯盟からの視察は、国民輿論を硬化させる恐れがある」と返事してきた。
芳澤も沢田も、何度も回訓を読み返したが、ついぞその意味を理解できなかった。
これではあまりに聯盟を軽視していると言わざるを得ない。そもそも満洲への視察員派遣を最初に提案したのは、ドラモンド総長である。善意を踏みにじられた思いの事務総長は、次席の杉村陽太郎公使を通して露骨に不快の意を表してきて、日本代表部をヤキモキさせた。
日本には日本の事情もあろうが、色々と理屈を並べては撤兵を遷延し、視察員の受け入れも拒絶しながら対案は一切示さない--。
そうした日本政府のやり方は、次第に聯盟内の不信感を高めていった。次の理事会が迫るなか、ジュネーブの風向きの変わりようを肌身に感じ取っていた日本代表部は、聯盟より先に東京を説得しなければならないと頭を抱えた。
性急に満洲事変から聯盟を遠ざけようとする外相へ、芳澤はこう送る。
「いやしくも聯盟の一員、ことに常任理事国としての義務を負う立場で、漫然と理事会の干与を拒否することはできない。理事会からの提案をことごとく退けながら何の対案をも示さないようでは、いたずらに理事会の反感を買って民国側を調子づかせる結果となる」
確かにもとはと言えば、満洲事変からできるだけ聯盟を切り離そうというのは、芳澤自身の考えである。ただ芳澤の真意は決して聯盟と対決しようなどというところにはない。むしろ、「できるだけ聯盟の顔を立て、我が方への好感を維持しながら交渉を進めるべき」という点にあった。東京との食い違いはその一点だけだ。
だが不幸にして、ほんのそれだけの“ズレ”がいろいろと行違って、もともと意固地な性格の幣原外相を、さらに頑迷にしてしまった。
九月の理事会では東京からの回訓の遅延に苦慮した日本代表部だったが、今度はこの頑迷さと対峙せねばならなくなる。
「国際協調主義者」と称される幣原喜重郎外相だが、どうも国際聯盟は彼のお眼鏡にかなわなかったようである。
九月の理事会に際して「五人委員会」から提起され、ドラモンド事務総長からも「上海に駐在するウォルタースに現地を視察させたい」と依頼された満洲への調査員派遣の要請を一刀両断しておきながら、幣原外相は九月二十八日、スチムソン国務長官から「ハルビンのハンソン総領事と東京のソウルズベリー書記生を、南満州の視察に向かわせたい」と請われて二つ返事で承諾した。果たしてその違いがどこにあったのか?--を問うと、「各国からの視察の要望に応えているのだから、それで十分ではないか。国際機関である聯盟からの視察は、国民輿論を硬化させる恐れがある」と返事してきた。
芳澤も沢田も、何度も回訓を読み返したが、ついぞその意味を理解できなかった。
これではあまりに聯盟を軽視していると言わざるを得ない。そもそも満洲への視察員派遣を最初に提案したのは、ドラモンド総長である。善意を踏みにじられた思いの事務総長は、次席の杉村陽太郎公使を通して露骨に不快の意を表してきて、日本代表部をヤキモキさせた。
日本には日本の事情もあろうが、色々と理屈を並べては撤兵を遷延し、視察員の受け入れも拒絶しながら対案は一切示さない--。
そうした日本政府のやり方は、次第に聯盟内の不信感を高めていった。次の理事会が迫るなか、ジュネーブの風向きの変わりようを肌身に感じ取っていた日本代表部は、聯盟より先に東京を説得しなければならないと頭を抱えた。
性急に満洲事変から聯盟を遠ざけようとする外相へ、芳澤はこう送る。
「いやしくも聯盟の一員、ことに常任理事国としての義務を負う立場で、漫然と理事会の干与を拒否することはできない。理事会からの提案をことごとく退けながら何の対案をも示さないようでは、いたずらに理事会の反感を買って民国側を調子づかせる結果となる」
確かにもとはと言えば、満洲事変からできるだけ聯盟を切り離そうというのは、芳澤自身の考えである。ただ芳澤の真意は決して聯盟と対決しようなどというところにはない。むしろ、「できるだけ聯盟の顔を立て、我が方への好感を維持しながら交渉を進めるべき」という点にあった。東京との食い違いはその一点だけだ。
だが不幸にして、ほんのそれだけの“ズレ”がいろいろと行違って、もともと意固地な性格の幣原外相を、さらに頑迷にしてしまった。
九月の理事会では東京からの回訓の遅延に苦慮した日本代表部だったが、今度はこの頑迷さと対峙せねばならなくなる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
電子の帝国
Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか
明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる