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有箱

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第十話

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「お父さんはサラリーマンで、お母さんは専業主婦。お婆ちゃんも一緒に住んでて、お爺ちゃんは物心付いた時には居なかったの」

 極々普通の家族像が浮かぶ。どのような物語が始まるのか、何パターンかの想像が頭を駆け巡った。

「私も至って普通の子で、普通に学校にも行ってたよ」

 連呼される¨普通¨から、この先普通と呼べない状況が発生するのだと汲み取った。それが何時来るのか、内心ドキドキしてしまう。

「けど、小学校4年生の時くらいかなぁ……。私、苛められるようになったの。ちゃんとした原因は分からないけど、多分一人でいる事が多かったからちょうど良いターゲットに見えちゃったんじゃないかな?」

 発生した問題が意外にも有り触れていて、正直気が抜けた。いや、当事者からすれば些細な問題では無いのだろうが。
 当時を回顧しているのか、葉月の表情は暗く切なげだ。
 虐めと一つの枠で括っても、世の中には壮絶な虐めと小さなイジメが存在する。恐らくは前者だったのだろう。

「無視もされたし、体を傷つけられたりもした。数ヶ月間は一人で耐えてたんだけど、堪え切れなくなってお母さんに話しちゃった」

 話してしまったとの言い回しに、深い意味が込められていると悟った。しかし訊ねられず、黙って耳を傾け続ける。

「お母さんは親身になって聞いてくれたよ。解決してくれようと努めてもくれた、けどね」

 恐らく解決しなかったのだろう。葉月の視線は真反対を向き、悲しげに床を見詰めている。

「虐めは無くならなかった。先生の注意があっても、親の呼びかけがあっても、影で繰り返されるだけだった。私はその度にお母さんに話をして、どうにかして欲しいって泣いてた……それでそんな時にね、お婆ちゃんが倒れたの」

 決して特殊な話では無いだろう。よくある、とまで行かなくとも、一都道府県に何件かは同じような状況が存在するかもしれない。

「一命は取り留めたんだけど、寝たきりになっちゃってね」

 介護生活が始まった、との言葉を区切りに、続けざまに語られていた経験談が制止した。顔色を窺い、言葉が詰まっている所為なのだと解釈した。

 予想した通りなら、この先悲劇が起こるのだろう。家族の崩壊かもしれない。両親の精神が瓦解するのかもしれない。はたまた、時々ニュースで報道されるような凄惨な出来事が――――。

「そっからは早かったなぁ。いや、期間的には長かった筈なんだけどね……」

 気付けば、葉月の頬には雫が伝っていた。初めてでは無いが、滅多に遭遇しない涙に内心ぎょっとしてしまう。

「介護と虐め問題を苦にしたお母さんが自殺しちゃった……」

 言いながら、両手を顔面に添える葉月は震えている。しかし、女性の体に安易に触れる事に抵抗があった僕は、肩を叩き慰める事も、体を抱いて落ち着かせる事も出来なかった。

「お婆ちゃんはその後直ぐに亡くなって、お父さんも何考えてたのか分からないまま居なくなっちゃって、必然的に私は孤児院に入る事になったよ」

 会話が途絶えた。一くさり終えたのか、その後暫くしても言葉は紡がれなかった。葉月は体操座りして体を丸め、膝部分に顔を埋めてしまった。

「…………な、何かごめん。思い出したくないこと話させちゃって」

 選んだ言葉は陳腐な謝罪だった。幾つか候補を挙げ、選抜した末の謝罪だ。経験の無い事に共感は出来ないし、想像だけで分かった積もりになるのも、嘘を吐くようで好きではない。
 いつものように、明るい返事は返らない。当然と言えば当然だが、後悔ばかりが頭をもたげた。

「……えっと……あの……」

 本来の目的である¨救われたの意味合いについて¨まで、まだ到達していないが十分だ。それを伝えようと言葉を選ぶも、適切な語句が見つからない。

「……そんな時にね、司佐くんの小説に出会ったんだ」

 しかし、唐突に続きが切り出され、僕は思わず声を飲み込んだ。
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