存在抹消ボタン

有箱

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第十八話

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 まるで最期の日だ。世界滅亡を目の前にしたら、このような気持ちになるのだろうか。

 玄関から直接見える部屋内は、相変わらず紙と本、筆記具で溢れている。狭い空間で暮らしてきた年月は、果たして意味のあるものだったのだろうか。いや、意味なんて求めてももう――――。

「もう行くの? 随分と早いね」

 扉が閉まると同時に聞こえてきて、視線を傾けると踊り場から駆け足で向かってくる葉月が見えた。あっという間に距離は詰まり、普段と変わらぬ間隔を作り上げる。

「まぁ、集合場所結構遠いから。もしかして見送り……って偶然だよな」
「うん偶然だよー。入って帰り待ってても良い?」

 承諾の代わりに扉を開き、通り道を用意すると葉月はまた微笑んだ。そして潜って玄関へと入る。

「良いよ。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい、待ってるね」

 ヒラヒラと手を振る葉月の姿が、扉の向こうに消え去るまで、僕は一切視線を逸らさなかった。

 電車を乗り継ぎ辿り着いた集合場所には、あらゆる年代の人間が居た。10代の人間から70代のご老人まで、老若男女問わず入り乱れている。
 これら全ての人が消去を希う人間なのだと思うと、途端にこの世の世知辛さが身に染みて来た。もう十分知ってはいるつもりだが。

 迷いが無いと言ったら嘘になる。正直な話、まだ迷っている部分はある。しかしそれは、絶望する前イメージした内容と何ら変わらない迷いだ。

 ¨努力も、苦労して積み上げた関係も、何もかも無になってしまう¨¨誰の記憶からも消え失せて、今までの努力や苦しみも無かった事になってしまう¨ それは少し、勿体無いかもしれない。

 そして、その時もこう考えたはずだ。シュミレーション済みなのだ、迷いを払拭する回答は容易い。
 ¨しかしそれでも〈そう考えている自分ごと全て消去される〉そう思えば怖くない¨と。

「では次、高羽司佐さんどうぞ」

 まるで診察を待っていた患者のように部屋に招かれると、部屋の中にはテレビで見ていた博士がいた。そして部屋の真ん中には、コード類が小忙しい機械が置いてある。形を簡単に例えるなら椅子だ。いや、肘掛があるからソファかもしれない。

「…………これが¨存在消去ボタン¨ですか?」

 ボタンと形容するより、マシンと例えた方が似合っている。それくらいボタンの存在は薄い。

「いかにも。さぁ早速座りたまえ」

 恐る恐る腰掛けると、博士が椅子の後ろに立った。椅子の後ろにも何か付属品があるのだろう。ガシャガシャと音を立て、何かを用意しているのが音で窺える。

「本当に止める気は無いんだね?」
「…………はい。もう良いんです、きっとこの先も葛藤繰り返すだけだから……」

 博士は頭に機械を被せてきた。実験でもされるかのような感覚に陥る。目の前は真っ暗なゴーグルに遮られ、音も、不思議な事に匂いも遮断された。

「右の手元にあるのがボタンだ。よく考えて押したまえ」

 博士の説明を受け指先を動かすと、直ぐにボタンらしき突起を見つけた。
 これを押せば存在消去が開始される。完全消去までの感覚に恐怖はあるが、全て済めば楽になれると自分を落ち着かせる。

 ふわり、脳裏に笑顔が浮かんだが、僕は見ない振りをした。
 ――――そうして、ボタンをゆっくり押した。

 耳に、機械の音声が落ちてきた。

〈存在消去、ボタン、押されました〉

 さよなら葉月。今までありがとう。君に出会えて良かったよ。
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