存在抹消ボタン

有箱

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第十九話

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 意識が落ちるか、痛みが襲う物とばかり思っていた。しかし、気付けばそこは見慣れた場所だった。
 目の前には、自宅のリビングが広がっている。今の家に引っ越す前、住んでいた家だ。

 自分が置かれている状況を把握する為、両手を掲げてみるが違和感は無い。夢かを確認する方法として、よく漫画であるように頬を抓った瞬間、痛みが無い事に気付いた。

 もしかして、存在が抹消されても意識は残るのか? との底知れぬ恐怖に襲われたところで、先程確認を仰いできた音声と同型の声が聞こえた。

〈最期、に、抹消後の世界が、シュミレーション、されます〉

 一発で状況を掴まされる。開発者の意図が分からないまま、シュミレーションと題して作られた世界が動き出した。

 まず見えたのは母親だった。記憶にあるより随分若い。三歳くらいの子どもを、優しい瞳であやしている。呼ぶ名からも女児だと分かった。
 僕がいなければ、あの子が母親の子になっていた。そういう設定なのだろう。

 二人とも、こちらには気付かない模様だ。どうやら世界に干渉出来ないようになっているらしい。物に触ったら擦り抜けてしまったし。

 それからも、幾多の有り触れた出来事が、他人の物へとすり変えられていた。

 小学生の時、かけっこで偶然取った一番は、クラスで足の2番目に速かった人間の物になっていた。中学生の時、初めてもらった作文の賞は、見知らぬ誰かの物になり、高校生の時、受賞したコンテストも、同じように他者が受け取っていた。そしてその他者は鮮烈デビューし、名を世間に轟かせる――――。

 頭が痛かった。やはり自分の存在は何の影響も及ぼしてはいなかった。シュミレーションだと理解しつつも、居なくなった場合の世界を見るのは酷く胸が苦しくなる。

 物語は進み、舞台は本屋になった。プログラミングされた世界だと思えないほど、作りや配置が精密だ。恐らく、あの時の大量のアンケートが反映されているのだろう。

 ここはあの日、葉月と出会った場所だ。本来なら、今目の前にあるポジションに僕の本が置いてある筈だった。3冊目の本を手に取った時、後ろを振り向くと彼女が居た。あの時の事は鮮明に覚えている。

 懐かしい思い出を手繰り、振り向いてみたが葉月は居なかった。人気の本を求める人間だけが群がっている。
 葉月の絶えない笑顔と幾多の褒め言葉が、突如走馬灯のように駆け巡った。

「………葉月はどうしてるんだろう……」

 僕は自然と走っていた。孤児院に居たとの情報だけを頼りに、唯一記憶にある孤児院へと急ぐ。
 記憶が正確だったのかシュミレーションシステムが辿り着かせたのか、目的として定めた場所には小さめの施設が佇んでいた。存在消去できる技術があるのだ、もしかすると記憶が具現化されているのかもしれない。そのくらい精密だった。

 玄関を潜り、楽しげな声々がリビングから聞こえてくるのを無視し、本能のまま二階に上がる。すると、とある一室に〈はづき〉と書いた可愛らしい札が掛けてあった。
 学習を生かし扉を潜ると、衝撃的な光景がそこにはあった。
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