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私たちの毎日
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「ママー! 幼稚園の時間来ちゃうよー!」
大声で呼びかけられ、ハッと目を覚ます。睡眠を欲する体とは裏腹に、脳だけが冴えた。
「もうそんな時間!?」
慌ててスマホを確認する。そこには、8:20の数字があった。家を出る時間まで、残り十分だ。
「わー! また寝過ごした! お昼作らなきゃ!」
高速で飛び起き、慌ててキッチンへ――とは言え、アパートの二階住みゆえ早歩きに留める。
キッチンに着き次第、冷凍白飯を電子レンジへ放った。流れ作業で作り置きおかずも出す。次に二人分の弁当箱を、水切り籠から出して並べた。
「ママのご飯温めるー?」
アルミカップを手にした瞬間、後ろから追ってきた娘――マコが尋ねてきた。冷凍庫を開く音が聞こえる。
「ありがと! でも食べてられないかも! マコちゃんは食べたね? 持ち物の用意は?」
「ばっちり! あ、お弁当の袋持ってくる!」
声だけの遣り取りを終えると、マコはキッチンを素早く出て行った。私を真似てか、上手な早歩きだ。
そうして、マコの力も借りて、怒涛の十分間を何とか遣り切った。
*
幼稚園へは送りバスが出る。だから見送ってしまえば朝の仕事は終わりだ。しかし、親の努めはまだ終わらない。
私は今、パートとして働いている。訳あって、一年ほど前から始めた。その訳と言うのは、夫が家を出て行ったからだ。
俗に言う、蒸発と言う奴である。ある日、通帳や共通の車を含む、貴重品の全てを持って消えた。突然の出来事だった。
その日から、私達の生活は変わった。
元々、お金の管理は夫に任せていた為、家にはほとんど貯金が残されていなかった。残っているのは、結婚前に貯めていた僅かな資金くらいだ。
加えて、私には頼れる親族がおらず、結果自分で対処するしかなかった。
との理由で、今はパートのフルタイムで働いている。土日除く週に五日、九時から十七時までの仕事だ。本来、園は十五時までだが、預かってもらい直接迎えに行っている。
給料は、正直かなり安い。だが、徒歩圏内である事と、急な休みも取得しやすいとの理由で決めた。幼い子どもがいると、こう言う所で融通が利かなかったりするから大変だ。
だが、娘に罪はない。だから、苦労を悟らせないよう何とか頑張った。
*
「ママ、今日は金曜日です! 何の日でしょー!」
家計簿を付けながら欠伸をしていると、マコが本を抱えて横に座った。腕と腕の隙間から、金の髪をした天使の絵が見える。
「天使さんの日だ」
翌日が休日である金曜に限り、好きなだけ読み聞かせする約束をしていた。平日は家事が目白押しで、時間がないからと短編を一冊だけと約束しているのだ。
大人しい性格のマコは幼い頃から本好きで、いつも金曜日を楽しみにしている。
「当ったりー!」
そんなマコのお気に入りは〝天使さん ありがとう〟と言う本で、児童書の中では長編だった。だからか、金曜日は天使の本を読むと決めているようだ。
美しい天使が、病死した悲しげな少女を天国へ連れてゆく、と言う内容である。
大人が読むとただの悲話だが、マコにとっては違うらしい。少女が、悲しい顔から笑顔になってゆく様子に魅力を感じるのだそうだ。
加えて、金の髪がお姫様みたいで可愛いとのことだった。
その二点が、お気に入りポイントらしい。
私は、張り付く眠気に抗いながら、演技交じりに朗読した。ニコニコと絵本を見るマコは、本当に可愛かった。
大声で呼びかけられ、ハッと目を覚ます。睡眠を欲する体とは裏腹に、脳だけが冴えた。
「もうそんな時間!?」
慌ててスマホを確認する。そこには、8:20の数字があった。家を出る時間まで、残り十分だ。
「わー! また寝過ごした! お昼作らなきゃ!」
高速で飛び起き、慌ててキッチンへ――とは言え、アパートの二階住みゆえ早歩きに留める。
キッチンに着き次第、冷凍白飯を電子レンジへ放った。流れ作業で作り置きおかずも出す。次に二人分の弁当箱を、水切り籠から出して並べた。
「ママのご飯温めるー?」
アルミカップを手にした瞬間、後ろから追ってきた娘――マコが尋ねてきた。冷凍庫を開く音が聞こえる。
「ありがと! でも食べてられないかも! マコちゃんは食べたね? 持ち物の用意は?」
「ばっちり! あ、お弁当の袋持ってくる!」
声だけの遣り取りを終えると、マコはキッチンを素早く出て行った。私を真似てか、上手な早歩きだ。
そうして、マコの力も借りて、怒涛の十分間を何とか遣り切った。
*
幼稚園へは送りバスが出る。だから見送ってしまえば朝の仕事は終わりだ。しかし、親の努めはまだ終わらない。
私は今、パートとして働いている。訳あって、一年ほど前から始めた。その訳と言うのは、夫が家を出て行ったからだ。
俗に言う、蒸発と言う奴である。ある日、通帳や共通の車を含む、貴重品の全てを持って消えた。突然の出来事だった。
その日から、私達の生活は変わった。
元々、お金の管理は夫に任せていた為、家にはほとんど貯金が残されていなかった。残っているのは、結婚前に貯めていた僅かな資金くらいだ。
加えて、私には頼れる親族がおらず、結果自分で対処するしかなかった。
との理由で、今はパートのフルタイムで働いている。土日除く週に五日、九時から十七時までの仕事だ。本来、園は十五時までだが、預かってもらい直接迎えに行っている。
給料は、正直かなり安い。だが、徒歩圏内である事と、急な休みも取得しやすいとの理由で決めた。幼い子どもがいると、こう言う所で融通が利かなかったりするから大変だ。
だが、娘に罪はない。だから、苦労を悟らせないよう何とか頑張った。
*
「ママ、今日は金曜日です! 何の日でしょー!」
家計簿を付けながら欠伸をしていると、マコが本を抱えて横に座った。腕と腕の隙間から、金の髪をした天使の絵が見える。
「天使さんの日だ」
翌日が休日である金曜に限り、好きなだけ読み聞かせする約束をしていた。平日は家事が目白押しで、時間がないからと短編を一冊だけと約束しているのだ。
大人しい性格のマコは幼い頃から本好きで、いつも金曜日を楽しみにしている。
「当ったりー!」
そんなマコのお気に入りは〝天使さん ありがとう〟と言う本で、児童書の中では長編だった。だからか、金曜日は天使の本を読むと決めているようだ。
美しい天使が、病死した悲しげな少女を天国へ連れてゆく、と言う内容である。
大人が読むとただの悲話だが、マコにとっては違うらしい。少女が、悲しい顔から笑顔になってゆく様子に魅力を感じるのだそうだ。
加えて、金の髪がお姫様みたいで可愛いとのことだった。
その二点が、お気に入りポイントらしい。
私は、張り付く眠気に抗いながら、演技交じりに朗読した。ニコニコと絵本を見るマコは、本当に可愛かった。
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