ママだいすきだよ

有箱

文字の大きさ
1 / 5

私たちの毎日

しおりを挟む
「ママー! 幼稚園の時間来ちゃうよー!」

 大声で呼びかけられ、ハッと目を覚ます。睡眠を欲する体とは裏腹に、脳だけが冴えた。

「もうそんな時間!?」

 慌ててスマホを確認する。そこには、8:20の数字があった。家を出る時間まで、残り十分だ。

「わー! また寝過ごした! お昼作らなきゃ!」

 高速で飛び起き、慌ててキッチンへ――とは言え、アパートの二階住みゆえ早歩きに留める。

 キッチンに着き次第、冷凍白飯を電子レンジへ放った。流れ作業で作り置きおかずも出す。次に二人分の弁当箱を、水切り籠から出して並べた。

「ママのご飯温めるー?」

 アルミカップを手にした瞬間、後ろから追ってきた娘――マコが尋ねてきた。冷凍庫を開く音が聞こえる。

「ありがと! でも食べてられないかも! マコちゃんは食べたね? 持ち物の用意は?」
「ばっちり! あ、お弁当の袋持ってくる!」

 声だけの遣り取りを終えると、マコはキッチンを素早く出て行った。私を真似てか、上手な早歩きだ。

 そうして、マコの力も借りて、怒涛の十分間を何とか遣り切った。



 幼稚園へは送りバスが出る。だから見送ってしまえば朝の仕事は終わりだ。しかし、親の努めはまだ終わらない。

 私は今、パートとして働いている。訳あって、一年ほど前から始めた。その訳と言うのは、夫が家を出て行ったからだ。

 俗に言う、蒸発と言う奴である。ある日、通帳や共通の車を含む、貴重品の全てを持って消えた。突然の出来事だった。

 その日から、私達の生活は変わった。

 元々、お金の管理は夫に任せていた為、家にはほとんど貯金が残されていなかった。残っているのは、結婚前に貯めていた僅かな資金くらいだ。
 加えて、私には頼れる親族がおらず、結果自分で対処するしかなかった。

 との理由で、今はパートのフルタイムで働いている。土日除く週に五日、九時から十七時までの仕事だ。本来、園は十五時までだが、預かってもらい直接迎えに行っている。

 給料は、正直かなり安い。だが、徒歩圏内である事と、急な休みも取得しやすいとの理由で決めた。幼い子どもがいると、こう言う所で融通が利かなかったりするから大変だ。

 だが、娘に罪はない。だから、苦労を悟らせないよう何とか頑張った。



「ママ、今日は金曜日です! 何の日でしょー!」

 家計簿を付けながら欠伸をしていると、マコが本を抱えて横に座った。腕と腕の隙間から、金の髪をした天使の絵が見える。

「天使さんの日だ」

 翌日が休日である金曜に限り、好きなだけ読み聞かせする約束をしていた。平日は家事が目白押しで、時間がないからと短編を一冊だけと約束しているのだ。

 大人しい性格のマコは幼い頃から本好きで、いつも金曜日を楽しみにしている。

「当ったりー!」

 そんなマコのお気に入りは〝天使さん ありがとう〟と言う本で、児童書の中では長編だった。だからか、金曜日は天使の本を読むと決めているようだ。
 美しい天使が、病死した悲しげな少女を天国へ連れてゆく、と言う内容である。

 大人が読むとただの悲話だが、マコにとっては違うらしい。少女が、悲しい顔から笑顔になってゆく様子に魅力を感じるのだそうだ。
 加えて、金の髪がお姫様みたいで可愛いとのことだった。
 その二点が、お気に入りポイントらしい。

 私は、張り付く眠気に抗いながら、演技交じりに朗読した。ニコニコと絵本を見るマコは、本当に可愛かった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...