ママだいすきだよ

有箱

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気付かない内に

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「ママー、幼稚園遅れちゃうよー」
「また!?」

 掛け声に飛び起きると、外出五分前である事が発覚した。最近、スヌーズ機能に世話になりっぱなしで溜息が出る。

 五分で弁当を拵える為、立ちながら順序を汲み上げた。だが、移動しようとする足を、マコの声が止めた。

「ママ、マコお弁当やったよ」
「えっ?」
「おにぎり作った」

 差し出された手には、ラップに包まれた米の塊があった。歪な丸が、努力を滲ませている。
 手元なんて、全く見ていなかった。

「幼稚園でやったのー」

 新たな知識を得ていたことはもちろん、ラップの在り処を知っていたことにも驚く。
 知らない間の成長に、二つの感情が込み上げた。

「す、凄いね……!」
「ママみたい?」
「ママより凄いかも。じゃあ、袋に入れてバスいこっか……?」
「うん!」

 子どもの成長は、素直に嬉しいものだ。だが。

 私、マコが幼稚園でしていること、そう言えばあんまり知らないかも。

 そんな現実に気付いた事で、密かな悲しみも湧いた。



 仕事が忙しいと、家事にまで手が回らなくなる。しかし、疎かにする訳にもいかず、最低ラインを何とかこなしている状態だ。

「マコちゃん、ごめんね。美味しいもの食べさせてあげられなくて」

 私達の食事は、いつも質素だ。栄養価を重視した結果、子どもメニューをあまり作ってあげられていない。

 長時間勤務と言えど、お金が足りない所為だ。水道光熱費や家賃など、勝手に発生する出費は数多くある。結果、自由に使える分は残らなかった。

「ママのご飯、美味しいよー」
「ありがとう、マコちゃんは優しいね。頑張ってもっとお金が稼げるようになったら、ちゃんと良いもの食べさせてあげるからね」

 勤務中の職場には、昇進制度が用意されておりパートも対象になる。能力に応じて基本給が上がる制度だ。
 それに乗ずることさえ出来れば、この貧困から抜け出せるだろう。

「あ、明日は土曜だし、久しぶりに食べ物のないお店行こうか? 電車でだけど」
「うん! あ、ねぇママ、今度のお遊戯会来れる?」
「行けるよ。もうお休み貰ったからね。じゃあ明日はお店ね」

 そう考えていた。
 現実が甘くない事を忘れて。



「申し訳有りませんでした」 

 頭を下げた先、上司が唸り声を上げている。怒りとも呆れともつかない目線で睨まれ、再び謝罪した。

「いや、良いんだよ。けどね、用事がある度に休まれるとね、こっちも大変って言うか……」

 あれから、約三ヶ月が経過した。生活スタイルが何とか形になってきた頃、職場の本性が見えてきた。

 取りやすいと謳われていた休暇取得は、実際の所、取り辛さしかなかった。表面上では許されていたものの、内部の圧力が大きかったのだ。

 だが、頼るべき親族のいない私は、園の行事を誰かに任せる訳にも行かず、休まざるを得なかった。

 もちろん、全ての行事に参加しているわけではない。しかし、不参加続きでは可哀想だと、何度か取っただけでこれだ。

 正直、この職場で続けられる気がしなかった。
 だが、簡単に転職出来ないのが現実だ。



 遣り繰りが上手く行かず、家計簿の前で唸る。すると、少し控え目な足音が近付いてきた。

「ママ、天使さんの本読んで?」

 腕に本を抱えたマコが、窺うようにこちらを見ている。心が回答に迷ったが、体の感覚が答えを押し出した。

「ごめんね、今日はママ疲れてるからお休みしていい?」
「良いよ。マコ一人で読むね」

 マコは寂しげに笑うと、その場で屈み来む。声を出さないと理解出来ないのか、音読し始めた。

 不器用な音読が、どうしてか心を刺激する。声が耳を通過する度、不快感に似た感情が積もった。

「……マコ、ごめんだけど静かにしてくれない?」

 だからか、冷たい口調でそう言ってしまった。直後に後悔したけれど。

「あっ、ごめんね。怒ってるわけじゃないの。ママちょっと疲れててね。ごめんね」

 慌てて謝罪するも空しく、マコは落胆し背中を向けた。そして、そのまま続きを読み出した。

「……マコもごめんね」

 側にあるはずの愛しく小さな背中が、どこか遠くへ行ってしまうような気がした。
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