4 / 5
頑張るほどに
しおりを挟む
それからと言うもの、私は懸命に頑張った。
睡眠時間を削ってお弁当を用意し、行事にも精力的に参加した。その分、職場で肩身の狭い思いをしたが、マコの為だと思って耐えた。
「ねぇママ、金色のクレヨン買って来てくれた?」
「……ごめん、買い忘れちゃったことに帰りの電車で気付いたの」
実は、出費を減らす為、買い物に一人で行くようになった。もちろん一緒に出掛けなくなった分、近場で遊ぶようにはしている。
「えっ、前も言ったのに!」
実は今日、うっかり買い物メモを忘れた上、頼まれごとまで忘れてしまっていた。
抜けているにも程がある――己の不甲斐なさに、深い溜息が零れた。
「金色のクレヨン、塗れると思ったのに……」
マコは相当欲しかったのだろう。泣きそうな顔で私を見た。その表情に、なぜだか苛立つ。
「ごめんって。今度はちゃんと買ってくるから」
だが、悪いのは自分だ。笑顔を崩さないよう言い聞かせ、逃げるように背を向ける。
そこまでは良かったのに。
「ずっと欲しいと思ってたのにー!」
背中に叩きつけられた感情が、心に食い込む。それは一気に心を包み、自分でも理解出来ない速度で怒りになった。
「うるさいな! ママも頑張って色々我慢してるんだからマコももう少し我慢してよ!」
声が消えた。背中越しでも、唖然としているのが分かる。
駄目だ、これ以上は言っちゃ駄目だ。
頭では思っているのに、心にまで届かない。
「何で私ばっかり頑張らなきゃいけないの……どこまで頑張れば良いの……こうやって無理するのが親の務めなの? それが普通なの? もう分かんない……!」
近隣への配慮など忘れ、大声で叫んだ。涙が溢れ出し、嗚咽まで鳴らしてしまう。
限界だった。頑張ることに疲れてしまった。
誰も褒めてくれない。それなのに、際限なく求められる。
もう、何もかも嫌だ。
*
翌日、何とか会社に連絡を入れ欠勤した。マコの行事があると嘘を吐いて。駄目な人間だと思われそうで、本当のことは言えなかった。
マコは今日、一人でおにぎりを作り一人で出て行った。一応朝の挨拶はしたが、ぎこちなくなってしまった。マコは悲しい顔のままだった。
ただただ憂鬱だ。押し潰されそうな罪悪感と、得体の知れない何かとが入り混じっている。その言い表せない感情が、悲しい涙を誘発する。
マコも、クレヨン一つ与えられない親なんか嫌いだろう。いない方が幸せかもしれない。
私は、どうすれば良いんだろう。
不図、置き去りにされた本が目に留まった。マコが大好きな天使の本だ。
ああ、そうだ。もう一緒に逃げちゃおうか。
*
本日に限り、幼稚園バスで送り届けてもらった。時刻はまだ四時前だが、外は随分暗い。電気も点けずに本を読んでいたからか、帰宅したマコは驚いていた。
「ママ、どうしたの……?」
マコは背伸びし、スイッチに手をかける。そして、恐る恐る横に近づいてきた。覗き込むように同じ場面を見る。最終ページ、二人が笑っているシーンだ。
「天使さんの本読んでたの?」
「そうだよ。マコちゃん、天使さんになりたい?」
目も見ずに問う。違和感を察せないのか、素直な声で答えた。
「うん。可愛いから良いなーって思う。ママあのね」
マコは何かを言いかけると、柔和な笑みのまま幼稚園鞄のジッパーを引く。今日の出来事でも話そうとしているのかもしれない。
「じゃあ、ママと一緒になろう」
もう、そんなの意味無いけど。
ごめんね、マコちゃん。こんなお母さんで。許されないだろうけど、許してね。
私はマコを押し倒し、震える手を細い首にかけた。
睡眠時間を削ってお弁当を用意し、行事にも精力的に参加した。その分、職場で肩身の狭い思いをしたが、マコの為だと思って耐えた。
「ねぇママ、金色のクレヨン買って来てくれた?」
「……ごめん、買い忘れちゃったことに帰りの電車で気付いたの」
実は、出費を減らす為、買い物に一人で行くようになった。もちろん一緒に出掛けなくなった分、近場で遊ぶようにはしている。
「えっ、前も言ったのに!」
実は今日、うっかり買い物メモを忘れた上、頼まれごとまで忘れてしまっていた。
抜けているにも程がある――己の不甲斐なさに、深い溜息が零れた。
「金色のクレヨン、塗れると思ったのに……」
マコは相当欲しかったのだろう。泣きそうな顔で私を見た。その表情に、なぜだか苛立つ。
「ごめんって。今度はちゃんと買ってくるから」
だが、悪いのは自分だ。笑顔を崩さないよう言い聞かせ、逃げるように背を向ける。
そこまでは良かったのに。
「ずっと欲しいと思ってたのにー!」
背中に叩きつけられた感情が、心に食い込む。それは一気に心を包み、自分でも理解出来ない速度で怒りになった。
「うるさいな! ママも頑張って色々我慢してるんだからマコももう少し我慢してよ!」
声が消えた。背中越しでも、唖然としているのが分かる。
駄目だ、これ以上は言っちゃ駄目だ。
頭では思っているのに、心にまで届かない。
「何で私ばっかり頑張らなきゃいけないの……どこまで頑張れば良いの……こうやって無理するのが親の務めなの? それが普通なの? もう分かんない……!」
近隣への配慮など忘れ、大声で叫んだ。涙が溢れ出し、嗚咽まで鳴らしてしまう。
限界だった。頑張ることに疲れてしまった。
誰も褒めてくれない。それなのに、際限なく求められる。
もう、何もかも嫌だ。
*
翌日、何とか会社に連絡を入れ欠勤した。マコの行事があると嘘を吐いて。駄目な人間だと思われそうで、本当のことは言えなかった。
マコは今日、一人でおにぎりを作り一人で出て行った。一応朝の挨拶はしたが、ぎこちなくなってしまった。マコは悲しい顔のままだった。
ただただ憂鬱だ。押し潰されそうな罪悪感と、得体の知れない何かとが入り混じっている。その言い表せない感情が、悲しい涙を誘発する。
マコも、クレヨン一つ与えられない親なんか嫌いだろう。いない方が幸せかもしれない。
私は、どうすれば良いんだろう。
不図、置き去りにされた本が目に留まった。マコが大好きな天使の本だ。
ああ、そうだ。もう一緒に逃げちゃおうか。
*
本日に限り、幼稚園バスで送り届けてもらった。時刻はまだ四時前だが、外は随分暗い。電気も点けずに本を読んでいたからか、帰宅したマコは驚いていた。
「ママ、どうしたの……?」
マコは背伸びし、スイッチに手をかける。そして、恐る恐る横に近づいてきた。覗き込むように同じ場面を見る。最終ページ、二人が笑っているシーンだ。
「天使さんの本読んでたの?」
「そうだよ。マコちゃん、天使さんになりたい?」
目も見ずに問う。違和感を察せないのか、素直な声で答えた。
「うん。可愛いから良いなーって思う。ママあのね」
マコは何かを言いかけると、柔和な笑みのまま幼稚園鞄のジッパーを引く。今日の出来事でも話そうとしているのかもしれない。
「じゃあ、ママと一緒になろう」
もう、そんなの意味無いけど。
ごめんね、マコちゃん。こんなお母さんで。許されないだろうけど、許してね。
私はマコを押し倒し、震える手を細い首にかけた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる