檻から逃げる

有箱

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思い出

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「碧音さんは、してみたいことってあるんですか?」

 横顔に問いかけたのは、謝礼について考えた結果だ。これほどまでに有意義な時間を貰って、返さない訳にはいかないだろう。

「うーん……」

 名越くんは、僅かな間を起き、向こう側へと顔を背けた。

「海を普通に見たい」
「普通に、ですか?」

 表情は見えないが、物寂しそうな気配を感じる。海に思い出でもあるのだろうか。
 考えていると、無邪気な顔が向き直った。

「ほら表からとかあるじゃんね」
「な、なるほど」

 理解していないにも関わらず、条件反射で相槌を打つ。不理解を悟られぬよう、急いで話題を移した。

「どんな海が見たいとかあるんですか?」
「……波瀬海岸みたいな所かな」

 曖昧な答えを想像していただけに、具体例があって一瞬驚く。
 波瀬海岸。聞いたことのある名だ。無論、見たことはないが。

 ふと、斜め向こうに見知った顔を見つけた。クラスメイトだ。肩が跳ね、足が止まってしまう。

「どうしたの?」
「学校の人が……」

 近づいてくる相手に対し、顔を背けた。緊張で手が震える。

「……大丈夫、自然にして」

 だが、その手を取られまたも引かれた。人に紛れ、上手いこと擦れ違う。
 頼もしい背中にドキドキした。これでは本当にデートだ。

「碧音さん。そう言えば、なぜ私に話しかけてくれたんですか……」

 聞こえていないのか、答えはない。だが、追及しようとは思わなかった。ただただ、胸が高鳴った。



 時間は過ぎる。それも、いつもより早く。

 あの後、知人を警戒しつつも楽しく回り、気付けば夕方になっていた。
 帰りたくないのが本音だが、普段通りに家に着く計画を乱してはいけない。
 
 駅に着き、電車が来るまでの間、私達は何も話さなかった。

「今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです」
「俺も! 今日が終わらなきゃ良いのにって思った」
「……私もです」

 扉が開く。特別な一日が終わる。一歩踏み出そうとした時、手を取られ包みを乗せられた。
 包みには、アクセサリー店のロゴがあった。

「それなら家で隠せるかなって」

 あれは、私へのプレゼントだったのだ。

「い、一生大切にします!」
「そんな大袈裟な。でも、そうしてくれると嬉しいよ」

 駅長の放送が鳴る。急いで車内に乗り込む。深く笑う名越くんの前、扉が閉じて行く。どうしてか、泣きそうにも見えた。

「……バイバイあかりさん」

 私と彼を隔て、扉が閉まる。なぜだか、小さな違和感が胸に降りた。



 帰宅してしまったら、もう時間は取れないだろう。
 想定の末、鞄から携帯を出す。名越くんにメールしておくのだ。

"今日は本当にありがとうございました。今度は海へ行きましょう"

 違和感は些細すぎて、気のせいだったと流した。

 想像の中の二人が、笑って海を眺めている。
 そう言えば、彼は名詞を出していた。どんな場所か興味が湧き、検索をかけてみる。

 ――しかし、現れた文字に、私は言葉を失ってしまった。
 
"波瀬海岸の裏側は、自殺スポットとして有名である"
 
 胸がざわつく。海の話が反響する。直後、通知が鳴った。名越くんからの返信だった。

"ごめん、あかりさん。俺のこと忘れないでね"

 ――止めなきゃ。
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