殺人兄弟は死を知らない

有箱

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僕と弟の日常

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 十五才《おとな》になるまで家の外に出てはいけない。僕達の国には、そんな掟がある。

「メーア、面白いか?」

 リビングの机にて、絵を描きながら向かいへ声をかける。堂々と広げられた本には、人体の図と名称が書かれていた。
 ただでさえ読み辛そうな上、破れや字の掠れが難度をあげている。ただ、メーアの瞳はいつも通り輝いていたが。

「面白いよー! 骨の配置が前のより分かりやすい!」
「本当、よくそんな難しいの読むよな。僕は勉強の時間だけで十分だ」

 色鉛筆の操作を再開しかけ、気配に手が止まる。顔をあげると、スケッチブックが覗き込まれていた。部屋を切り取った絵に、輝きが倍になる。

「兄さん、やっぱり上手!」
「ありがと。でもやっぱ、そろそろ違うものが描きたいな……。あと二年かー」

 見知らぬ世界に意識を飛ばしかけ、玄関からの音で戻った。父親の、騒々しい帰宅音に立ち上がる。

「ただいま、帰ったぞー」
「おかえり、今行くよー!」

 父親は大抵、僕達《こども》の為の仕事を持ち帰った。それは必ず、裏口横の小部屋で行われた。

 靴を履きかえ、茶色の染みと匂いの満ちた部屋に入る。今日はそこにグレーヘアの男がいた。
 いつも通り、目と口、手足を紐で縛られている。何かを訴えながら体を踊らせていた。

「今日は手早く頼む」
「はーい」

 父親の指示を飲み込み、メーアが素早く動く。角の小さな棚の中、錆びたナイフを取り出した。

「今日兄さんの番だね。はい」
「ん。手早くならここ一択だよな」

 男の首をロックオンし、目も向けずナイフを受けとる。そして、流れるように掻き切った。

 血液が命を持ちだし飛び回る。いつもより少し味が薄い気がした。
 隣で屈んで眺めていたメーアも、栄養足りてなかったのかなと言った。
 
 数秒して、部屋から動きが途絶える。メーアがそっと、うつ伏せの背中に耳を宛てた。絵を見た時と同じ煌めきが宿る。
 それを父親の方に向けると、声にまで乗せて報告した。

「ちゃんと死んでるよ!」
「さすがシエル、確実だな」
「メーアの知識のお陰だよ」

 絶賛に、毎度ながら照れてしまう。隣を見ると、メーアが代わりに笑ってくれていた。

「じゃあ次はパパの番だな。シャワーを浴びたらリビングで待っていなさい」

 僕とメーアの、色の違う返事が重なる。シャワーの後は、勉強の時間だ。

 父親の仕事場は、この部屋の奥にある。大事な場所らしく、大人になるまでは立入禁止らしい。
 父親は瞬時に数桁の数を合わせ、ロックを解いた。男を抱え、秘密の空間に消えていく。

「早く見たいね、父さんが人を直すとこ!」
「ああ。やっぱ二年は長いなぁ……」
「僕なんか四年だよ! でも兄さんが教えてくれるなら二年か!」
「それっていいのか……? でもまぁ、駄目でも秘密で教えてやるよ。特別な」
 
 外の世界には嘘が多くあると言う。それを見極め、また吐く方にもならないよう、正しさを構築する期間が十五年なのだ。

 そしてその間、僕達子どもには仕事が与えられる。それこそが"悪事を働いた人間を殺すこと"だった。
 それを引き継ぎ、直すのが父親の仕事だ。その行程を経ると、正しい人間に戻れるらしい。
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