そのテノヒラは命火を絶つ

有箱

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三日目

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 気掛かりは多数存在したが、笑顔を見せる湊翔の前で思案に浸る訳にも行かず、普段通り他愛ない話をした。
 その際、「いつもごめんね」と何度も言いそうになったが堪えた。

 湊翔は受験生だ。学校では受験ムードが漂っており、毎日皆ピリピリとしているという。その空気が苦手だと、彼は笑って話をする。
 近場の高校は偏差値が高く、難関だと以前話していた。しかし、近場に行って両親の経済負担を軽くし、なるべく多くを治療費に宛てたいとも言っていた。

 自分の為に、彼がどれほどの物を犠牲にし、労力を費やしてきたのか、考えれば考えるほど胸が痛くなる。
 そんな彼は、余命の事を知っているのだろうか。

 あの後、両親は自分の元を訪れたが、余命については何も言わず、普段通りの態度を取っていた。
 気持ちが分からない事もないが、もどかしさも感じた。
 いっそ言ってくれたなら繕う事を止められるのに、と怒りさえ感じた。

 しかし、告げられない限り、知らないフリで治療に励まなくてはならない。両親の苦痛を思うと、そうせざるを得なかった。
 自ら知っていると告白する等、自分には出来ないだろう。

 冷たい風が吹き込む。
 ふっと顔を上げると、涼しい顔をした死神が扉の前に立っていた。やはり幻想ではなかったのだ。

「どうしたの?」

 ついつい視線をやってしまい、湊翔が振り返る。
 一瞬焦ったが、湊翔は驚く様子を見せなかった。それどころか、違和感さえ抱かなかったようだ。
 その様子から、湊翔には死神が見えていないのだと悟った。恐らく、死期の近い人間にしか見えないのだろう。

「お母さん今日は来れないって言ってたよ」
「あ、あぁそうなんだ」

 両親は共働きで、朝から晩まで仕事に明け暮れている。
その為あまり時間が取れず、中々見舞いに来られないのをよく謝られる。
 働かざるを得ない原因を作っているのは自分なのに、といつも物憂げになってしまうのだが言える筈もない。



 死神は配慮でもしているのか、その場にいるだけで何も話しかけてこなかった。ただ、湊翔との会話を聞いているだけだった。

 頭痛を我慢しながら、傍らの死神の存在を気にしながらも時間は経ち、消灯時間前、湊翔は帰っていった。

「泉深、弟と仲が良いのね」

 見計っていたのか唐突に話しかけてきた死神は、じっとこちらの目を見ている。泉深は何故か気まずさを覚え、そらしてしまった。

 昨日の一件が蘇る。腕に触れた瞬間、嘔吐し、最終的には気絶してしまったあの件だ。
 死神の力を確信し、湊翔との時間を過ごし、湧き上がる気持ちに恐怖しながらも、泉深は感情を素直に声にしていた。

「…………ねぇ死神さん、僕を殺してくれないかな?」

 しかし、死神は慣れているのか、表情一つ変えず冷静な眼差しを向け続ける。

「死にたいの?」

 直接的な言葉が切り返されて、心臓が音を立てだした。病に犯されている所為か、妙に荒い音だ。

「…………うん」
「嘘つきね」

 死神は、始めから気なんか無かったのか、冷たい言葉だけを残し去っていった。
 当人である泉深には、¨嘘¨に当たる要素が思いつかず、死神に見えている何かに疑問だけ覚えた。
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