そのテノヒラは命火を絶つ

有箱

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八日目

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 湊翔と自分と、そしてシズミヤとの空間はどこか不思議で落ち着かない。
 悲しげな湊翔の顔を窺いながらも、反対にどこまでも冷たい目をしたシズミヤの行動を窺っている。

 八日経った今でも、母親は余命の話は勿論、病気に関する話題に一切触れなかった。何日か会ってはいるが、いつも何ら益のない話ばかりしている。
 それが自分の為だと分かりながらも、どうしてもモヤモヤした気持ちは拭えなかった。

「……まだ落ち着かないみたいだね」
「……うん」
「……吐き気の方は大丈夫?」
「……まだ残ってるけど……大丈夫……」

 あの後、母が来ても、二人が帰った後も、そして現在も、不調は少しずつしか改善せず、長々と泉深を悩ませていた。

 嘔吐回数は昨日より格段に減った物の、体力が限界に近く、押し潰されるような倦怠感が圧し掛かっている。
 ベッドから物を取る事さえ、困難だと感じるほど体が重かった。

「……お兄ちゃん、あのさ……」

 静かな湊翔の言葉を遮るように、シズミヤが扉の前に姿を現した。固定体勢になりつつあるのか、出現早々壁に凭れている。

「どうしたの?」
「…………なんでもない」

 まるでシズミヤの存在が留め金になったかのように、湊翔は発言を止めてしまった。
 どこか神妙な顔付きを見せていた湊翔だったが、吹っ切れたと言わんばかりに笑い出し、普段通りの明るさで話をはじめる。

 泉深は、中途半端に終わった台詞について疑問にはなったが、余命の事だろうと深く触れないで置いた。



 一日中寄り添い、元気付け、母親と父親の代わりを懸命に努めようとする湊翔には頭が上がらない。
 そんな彼の優しさが無駄になるとの恐れが、仕切りに泉深の心を揺さ振って、時折臭わせる言葉を吐いたのだが、湊翔は屈しようとしなかった。

 しかし、聞きたくないと言うように話を変えたり、態と行動を始めたりと、逃避を彷彿させる動向が普段より大きい事も否めなかった。

「……今日は帰ろうかな」

 消灯時間前、不意に帰宅を切り出され、泉深は胸の痛みを覚えた。
 いつもならギリギリまで部屋に残る湊翔だ。恐らく頻繁に発される促しに疲れたか、屈したのだろう。

 湊翔が扉の前に移動すると同時に、シズミヤが退く動作を見せた。やはり湊翔は見えていないらしく、全身を黒で包んだそれに全く目もくれていない。

「湊翔」

 これで良いと思いながら泉深は心を押し殺し、彼の為にと幾度と吐いた言葉をもう一度突きつけた。

「…………時間足りないのに無理して来なくても良いから……勉強がんばってね」

 帰宅の為、背を向けていた湊翔が振り返り、また無邪気な笑顔を作り出した。

「そうだ、今日はお母さん来れないって言ってたよ、シフトが夜まで入っちゃったんだって。暫くは遅い時間まで仕事が続くらしくって、寂しい思いさせてないか心配―って言ってたよ」

 拒否とも取れる反応に言葉を失いながらも、顔の横で大きく手を振られ、泉深も小さく振り返した。
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