そのテノヒラは命火を絶つ

有箱

文字の大きさ
7 / 18

七日目

しおりを挟む
 全く何も見えない真っ暗な景色の中、自分を呼ぶ声だけが聞こえる。

 目を覚まさなきゃ。
 どうしてか、その思いが強く心を支配し、泉深は薄く目を開いていた。

「お兄ちゃん!」

 ぼんやり霞みがかった視界の中に色が見える。毎日毎日目にしている色だ。

「…………湊翔……?」

 酸素マスクに発声が邪魔され聞こえていたか怪しいが、
湊翔はぎゅっと手の平を握ってくれた。

「良かった……お兄ちゃん丸二日も眠ってたんだよ……もう起きないかと思った……」

 まだ色程度しか認識できない中、頬に突然の雫が伝った。上から降る雫は、数粒頬を滴る。
 泣いているのだと直ぐ分かった。

「……ごめ……」
「……先生呼んだから待っててね……僕はお母さんとお父さんに電話してくるから………」

 手が離れて、色も消えた。

 暫くぼんやりとしていると、医師がやってきて質問や声かけや、処置を施し始めた。
 意識が鮮明になってゆくと同時に気持ち悪さが襲い、その場で吐いてしまった。

 見渡せる範囲で軽く辺りを見回したが、死神は居らず唯の不調だと理解する。
 医師が嘔吐の処理と対処に励む中、不快感は取れず、また何度も吐いた。



 それは湊翔が戻ってからも変わらず、体は不調に従い嘔吐を繰り返し、頭痛や腹痛も伴わせた。

「……湊翔ごめん……」
「……まだ落ち着かない?」
「……うん……」

 呼吸器は一旦外された物の、点滴や心電図等は、まだ体と繋がっている。即効薬も一応棚の上に用意されていて、いつ発作を起こしても対処できる準備が取られている。

「……帰っても大丈夫だよ……折角の休みなんだから……僕はもう直ぐ居なくなるし、こんなの無意味なんだから……」
「……今更何言ってるの、今日も付いてるよ……だからもうそういうの止めてよ……」

 気だるく重い体を、湊翔の支えを借りて横にし休ませるが、直ぐにまた胸の不快感に襲われ、吐けるように起き上がった。
 先程から、これを何度も何度も繰り返している。

 あの日、ノコトが完全に触れきる前に重い発作を起こしてしまい、どこに触ったのか、はたまた触れていたのかさえ確かでは無い。
 しかし、そこが定かにならずとも、死神の恐ろしい力が影響している可能性を高く感じてしまう事に変わりは無かった。

 彼女達はその気になれば、自分を簡単に殺せる。
 それが希望なのか、絶望なのか、よく分からなかった。

 始めに余命を聞いた時と何も変わらないのだ。自分の感情一つさえ理解できないまま、自分は死んでゆくのかもしれない。
 空っぽになった胃も、胸も、そして何でか心も痛くて涙が出そうになったが、自分より先に泣きそうになっている湊翔の手前では弱音を殺した。



 湊翔が去って直ぐ、シズミヤが何食わぬ顔で部屋に入室してきた。
 直ぐに、ノコトが言い残した言葉を連想する。

「……シズミヤ……なんで夏束を殺したの……?」

 そもそも¨死神の務め¨と言うものを自分は知らない。
 ノコトの言うように彼女達が¨死へ導く者¨だとしたら、それなりの何かがありそうだが。

「仕事よ、突然何よ」

 第一声が質問だったからか、シズミヤは不服そうな顔だ。その顔を見た瞬間、泉深の中にも怒りに近い感情が湧いた。

「…………僕は殺さないのに夏束は殺したんだ……あんなに頑張っていた夏束は殺したんだ……」

 彼女が生きていれば、自分も生きようと思えていたかもしれない。
 そんな彼女の命はあっさりと奪い、自分の命は取ってくれないなんて、気持ちを弄んでいるとしか思えない。

「何よ急に怒って、面倒臭いわね、感傷的にでもなってんの?」

 その言葉が図星過ぎて泉深ははっとなり、己の感情をコントロールできていなかった事に恥ずかしさを覚えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

処理中です...