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最終話ハッピーエンドバージョン
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目の前には、見慣れた白い世界がある。しかし、泉深はそこが天国だと解釈した。
それほどに、自分が今意識を保有している事に違和感を覚えている。
確かに自分は死んだはずだ。シズミヤの冷たい手の平から伝う、死の感覚を鮮明に覚えているのだから。
夏束の笑顔を見たはずなのだから。
「泉深! 良かった! 本当に良かった……!」
自然と耳に馴染んだ声に我に帰り、目前の景色を意識すると、母親の顔が視界にある事に気付いた。
「…………母……さ……ん……」
酸素マスクが呼気で満ち、口元がほんのりと温かい。耳に、甲高い機械の音が入ってくる。
そこでやっと、今いる場所が現実であると把握できた。自分が一命を取り留めた事も理解した。
「先生を呼ぶから待っててね」
母親が立ち上がると同時に、眼球だけで見渡せる範囲の景色を目に映してみる。
目的はひとつ、死神の姿を捉えるためだ。
しかし、ノコトは愚かシズミヤの姿さえ捉えることは出来なかった。
◇
医師がやってきて、診察を受けた。診察中も診察後も、医師の顔は普段通りで、表情から体の状態を読み取ることはできなかった。
「にしても、奇跡としか言えないねぇ」
医師が母親へ投げ掛けた言葉は、最後に味わった苦しみが、経験が本物であると実感させた。
やはり、あの発作は現実に存在していたのだ。
「泉深くん、君はね、一週間も眠っていたんだよ」
「………………えっ……」
純粋な気持ちで驚いてから、シズミヤの予言を思い出した。2日後に死ぬ、と言い放った言葉は、真っ赤な嘘だったのだ。
それか、予言が外れたのか。いや、それは無いだろう。
「……きっと天使様が助けてくれたのよね」
嬉しそうな母親の口から出た名称は、泉深にとって違和感とはならなかった。死神という存在を知らなければ、ただの空想だと皮肉を込めて片付けていただろう。
脳裏に、最後に見た笑顔が蘇った。
黒髪を揺らし幼顔で笑う彼女は、もしかしたら天使だったのかもしれない。
まだこちらに来てはいけないと、追い返してくれたのかもしれない。
死神が存在する世界だ。天使がいたって可笑しくは無い。
いつかにシズミヤは、死んだら何者にもならないと言っていたけれど――――。
「…………お……母……さん……」
「どうしたの?」
「…………がんばる……僕……がんばる……」
母親は丸い目をしている。声を失っているのだろう、言葉は返らない。
生きていたい、死にたくない。
この気持ちははっきりとこの胸に刻まれている。刻まれた上に、認めてしまっている。
僕は、本当の死が訪れるその日まで、もがいてもがいて、生きてやると決めたから。
「……泉深……ありがとう、お母さんも一緒にがんばるからね。生きててくれてありがとう……」
言葉を受け容れたのか、母親が目を細め笑った。涙が頬に滴って,喜びの強さを協調する。
―――死の恐怖は、まだ拭えない。それでも僕は。
鼓動の音が聞こえ、自然と溢れた涙が頬を伝った。
それほどに、自分が今意識を保有している事に違和感を覚えている。
確かに自分は死んだはずだ。シズミヤの冷たい手の平から伝う、死の感覚を鮮明に覚えているのだから。
夏束の笑顔を見たはずなのだから。
「泉深! 良かった! 本当に良かった……!」
自然と耳に馴染んだ声に我に帰り、目前の景色を意識すると、母親の顔が視界にある事に気付いた。
「…………母……さ……ん……」
酸素マスクが呼気で満ち、口元がほんのりと温かい。耳に、甲高い機械の音が入ってくる。
そこでやっと、今いる場所が現実であると把握できた。自分が一命を取り留めた事も理解した。
「先生を呼ぶから待っててね」
母親が立ち上がると同時に、眼球だけで見渡せる範囲の景色を目に映してみる。
目的はひとつ、死神の姿を捉えるためだ。
しかし、ノコトは愚かシズミヤの姿さえ捉えることは出来なかった。
◇
医師がやってきて、診察を受けた。診察中も診察後も、医師の顔は普段通りで、表情から体の状態を読み取ることはできなかった。
「にしても、奇跡としか言えないねぇ」
医師が母親へ投げ掛けた言葉は、最後に味わった苦しみが、経験が本物であると実感させた。
やはり、あの発作は現実に存在していたのだ。
「泉深くん、君はね、一週間も眠っていたんだよ」
「………………えっ……」
純粋な気持ちで驚いてから、シズミヤの予言を思い出した。2日後に死ぬ、と言い放った言葉は、真っ赤な嘘だったのだ。
それか、予言が外れたのか。いや、それは無いだろう。
「……きっと天使様が助けてくれたのよね」
嬉しそうな母親の口から出た名称は、泉深にとって違和感とはならなかった。死神という存在を知らなければ、ただの空想だと皮肉を込めて片付けていただろう。
脳裏に、最後に見た笑顔が蘇った。
黒髪を揺らし幼顔で笑う彼女は、もしかしたら天使だったのかもしれない。
まだこちらに来てはいけないと、追い返してくれたのかもしれない。
死神が存在する世界だ。天使がいたって可笑しくは無い。
いつかにシズミヤは、死んだら何者にもならないと言っていたけれど――――。
「…………お……母……さん……」
「どうしたの?」
「…………がんばる……僕……がんばる……」
母親は丸い目をしている。声を失っているのだろう、言葉は返らない。
生きていたい、死にたくない。
この気持ちははっきりとこの胸に刻まれている。刻まれた上に、認めてしまっている。
僕は、本当の死が訪れるその日まで、もがいてもがいて、生きてやると決めたから。
「……泉深……ありがとう、お母さんも一緒にがんばるからね。生きててくれてありがとう……」
言葉を受け容れたのか、母親が目を細め笑った。涙が頬に滴って,喜びの強さを協調する。
―――死の恐怖は、まだ拭えない。それでも僕は。
鼓動の音が聞こえ、自然と溢れた涙が頬を伝った。
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